N°5(No.5) ロー
原名:N°5 L’Eau
種類:オード・トワレ
ブランド:シャネル
調香師:オリヴィエ・ポルジュ
発表年:2016年
対象性別:女性
価格:50ml/16,500円、100ml/23,100円
公式ホームページ:シャネル
21世紀のシャネル・モードの香り=『シン・N°5』
シャネルの香水の歴史は約100年です。そして、この歴史は、私がシャネルのために香りを生み出すための大いなる遺産です。歴史を重要視しないブランドのために香りを作る作業ほど退屈な作業はありません。
オリヴィエ・ポルジュ
1918年に、女性がもっと美しくなるための新兵器が開発されました。この新兵器は、女性が身だしなみを整える最後に身につける魔法の液体であり、〝あなたの存在を知る前に、相手を魅了する〟夢のような兵器でした。
の戦死者を出した第一次世界大戦(1914年7月28日-1918年11月11日)が終了し、アメリカ合衆国で〝狂騒の20年代〟が始まろうとしている1921年に、その兵器の名を「N°5」申します。それは花の香りではなく、女性の香りを調香して欲しいというガブリエル・ココ・シャネルの要望に応える形で、シャネルの初代専属調香師エルネスト・ボーにより生み出されました。その成り立ちについて、詳しくは「N°5シリーズの全て」をお読み頂ければ幸いです。
1986年に「N°5」のニューヴァージョンとして「N°5 オードゥ パルファム」が、三代目調香師ジャック・ポルジュにより発表され、さらに2007年にはじめての本格的なフランカー「N°5 オー プルミエール」が発売されました。
「N°5」が〝女性のための永遠の存在〟に成り得た理由は、自然が決して生み出すことの出来ない、女性をメイクアップするような感覚で、アルデハイドを中心としたきわめて人工的な香りが、女性にきらめく香りのオーラを与えてくれるところにあります。
人工香料ととびきりの天然香料で生み出すこの香りの〝魔力〟は、まさに人工的な化粧品が、磨き上げられた女性の肌に溶け込み、女性に輝きを与えていく過程とよく似ています。
その「N°5」の決して滅びることのない〝永遠の美しさ〟に、雪のようなピュアで崇高な透明感=〝永遠の若さ〟を、四代目調香師、オリヴィエ・ポルジュが与えたのが、2016年に発売された「シャネルN°5 ロー」でした。日本流に呼ぶと『シン・N°5』でしょう。
21世紀最高峰のフレグランスのひとつ
この香りは、オリジナルのN°5が、もはや古臭いと言いたいのではありません。「N°5への道」とでも言うべきでしょうか?N°5の類まれなる香りの魅力を探し出してもらうためのドアとしてこの香りを調香したのです。
オリヴィエ・ポルジュ
〝ミレニアム世代のためのNo.5〟という言葉で片付けて欲しくない素晴らしさがこの香りにはあります。そう!この香りほど過小評価されている香りはありません。もし「21世紀の名香BEST20」という企画があれば、間違いなく選ばれるべき〝外せない〟香りです。
まさに「超ファッション主義」という言葉がぴったりな、内実が伴わずストーリーばかり先走りしているあまたのニッチ・フレグランスを、あっさりと駆逐させていく、華麗なるファッション・フレグランスの頂点に君臨する香りなのです。
歴史上最も偉大なるフレグランスのひとつである「N°5」の〝永遠の美しさ〟に、〝永遠の若さ〟を付け加え、21世紀に転生させるという大いなる挑戦は、2013年10月からはじまりました。そう、それはオリヴィエ・ポルジュが4代目シャネルの専属調香師に就任したその時から始まったのでした。
N°5を代表する3つのフローラルは、ローズ・ドゥメ、ジャスミン、イランイランです。特にローズとジャスミンはグラースのムル家という最高の土壌を持つ生産者と1987年より独占契約を結んでいます。
それらの花々から抽出した最高級の香料を使用し、いかにシャネルらしく、「花の香りではなく、女性の香り」を生み出すかというオリジナルのN°5の基本理念からぶれずに、現代風に調香していくことは大変なことでした。
21世紀のシャネル・モードの香り
『シン・N°5』は、心の汚れをさっぱりと洗い流すような輝きに満ちたアルデハイドが、爽やかなシトラスと自然に優しく溶け込んでいくようにしてはじまります。まるで、朝の光の到来を告げる小鳥の囀りのように、心地よく素肌に降り注ぎます。
オリヴィエは、トップノートのために魔法のような調香技術を駆使しています。それはアルデハイドを少なめに使用しつつも、オレンジとベルガモットの果皮に含まれている天然のアルデハイドをひとまとめにすることにより、〝ナチュラルな人工美〟を生み出すことに成功しています。
この香りの稀有さは、まさにこのかぎりなく透明に近い人工美にあります。そして、美しいナチュラルメイクが施された素肌を祝福するかのように、咲き誇る3種類の花々のきらめくオーラが満ち広がり、交わり合い、新しい〝美〟を生み出していく過程を全身で味わっていくのです。
もう若者だけの香りにしておくのは勿体ないほどに〝人工的にナチュラルなエレガンスを生み出す〟という、30代から50代の女性の中に眠る〝若さと気高さ〟をすべて目覚めさせるような覚醒効果を感じることが出来ます。
つまり、たしかに、この香りがN°5であることが、誰に対しても明らかである上に、最新のシャネルモードを感じさせる、ファッショナブルな要素まで組み込まれているのです。
より単純にこの香りを表現するならば、「(晩年を迎えていた)カール・ラガーフェルドにより21世紀モードに進化したシャネルのN°5」なのです。
さて、この香りのラストがまた圧巻です。そこにはN°5で使用されていたサンダルウッドとベチバーはなく、その代わりに、ホワイトムスクとシダーのような側面を強調したサンダルウッド、更にニオイイリスの根茎(アイリスパリダ)をバニラに溶け込ませ、甘ったるさを排した、柔らかさと若さに満ちたパウダリー&ソーピーな余韻を広がらせてゆきます。
まるで、あなたの乱れた素肌と心に上陸した『シン・N°5』が、無駄なものを破壊しつくし、新たなる世界の美しさで満たしてくれるような、一掃感も感じさせる香りなのです。
オリヴィエ・ポルジュのN°5
ジョニー・デップとヴァネッサ・パラディ(1991年に「ココ」をはじめとするシャネルのミューズをつとめる)の17歳の愛娘リリー=ローズ・デップ(海外ではインスタグラマー・スターとも呼ばれる)がミューズをつとめています。
スウェーデン出身のヨハン・レンクが監督を務めたキャンペーン・フィルムは、とても魅力的なのですが、シャネルというハイブランドをミレニアム世代とミックスさせると、どうしても、親の財力で、遊ぶバカ息子&娘達というイメージが突出してしまい、薄っぺらな印象が与えられてしまいます。
とにかく、親の金で買ってくれ!と感じさせるようなシャネルのこの戦略が、この香りの過小評価につながり、売り上げを犠牲にして、シャネルのフレグランスの価値を落としていく結果を生み出しているのかもしれません。
で、あるにも関わらず、このフレグランスが素晴らしいのは、ただただ、オリヴィエ・ポルジュの力量によるものです。はからずも、彼はミレニアム世代のためのN°5ではなく、日常生活の中のN°5という恐ろしいフレグランスを生み出したのでした。
香水データ
香水名:N°5(No.5) ロー
原名:N°5 L’Eau
種類:オード・トワレ
ブランド:シャネル
調香師:オリヴィエ・ポルジュ
発表年:2016年
対象性別:女性
価格:50ml/16,500円、100ml/23,100円
公式ホームページ:シャネル
トップノート:レモン、マンダリン・オレンジ、オレンジ、ネロリ、アルデヒド、ベルガモット、ライム
ミドルノート:ローズ・ドゥメ、ジャスミン、イランイラン
ラストノート:シダー、ホワイトムスク、バニラ、ニオイイリスの根茎