ネクスト・マリリン・モンロー
社交界の絶世の美女エレンを演じたアニタ・エクバーグ(1931-2015)は、本作の4年後に出演したフェデリコ・フェリーニの『甘い生活』で、パーティ・ピープルにとっての〝永遠のシンボル〟となりました。
そんな彼女のキャリアは、1951年にミス・スウェーデンに選ばれたことから始まりました。そして、すぐにハリウッドに渡り、ハワード・ヒューズと懇意になりました。そんな彼女の処世術は実に単純なものでした。それは全く同じ時期に生きていたノーマ・ジーン(1926-1962、のちのマリリン・モンロー)と同じやり方でした。
その圧倒的な美貌と肉体を使い映画スターになるという戦略により、最高に美味しい役柄で本作に出演したアニタは、「パラマウント版マリリン・モンロー=ネクスト・モンロー」と喧伝されました。
しかし、残念ながら、彼女には演技力がなく、芝居の幅もありませんでした。そして、彼女自身も演技と向き合うことはしませんでした。ここが彼女とマリリン・モンローの決定的な違いでした。
本作出演により、ローマ・チネチッタの活況を目にしたアニタは、フェデリコ・フェリーニという男と懇意になります。そして、彼が監督した『甘い生活』(1960)で世界的な名声を勝ち取ることになるのでした。
エレンのファッション1
ターバンスタイル
- シャイニーグレーのターバン、タッセル付き
- ジャガード織りのジャケット、スパンコール付き
- サテンのロングドレス
- 黒のハイヒールパンプス
- ブラックのレースグローブ
- イヤリングとネックレスとバングル
オードリー・ヘプバーン(1929-1993)が演じたナターシャとは対極に位置する女性像を演じたアニタ・エクバーグ。演技力のない美人女優に対して、賢明な監督が指示する一言「芝居はせずに、そこに立っているだけで十分」を地でいくような素直な芝居。
しかし、アニタという女優には、『甘い生活』があるのです。どれほど大根女優であろうとも、時代のタイミングと、天才的な監督によって、時代のシンボルになり得るのです。
そうです。彼女こそ、永遠の〝享楽の都=ローマのシンボル〟なのです。そんなアニタ・エクバーグの完成形前夜が見られるこの作品の彼女は、やはりかなり貴重なのです。
悪魔は必ずピンクと黒を着てやって来る。
もしあなたが美しく生まれたならば、速く成功するでしょう。しかし、やがて美しいということが、とてつもないハンデキャップになるのです。
アニタ・エクバーグ
アニタは、1960年から10年間ローマに住み、キャリアを積み上げていこうと考えました。しかし、結果的に、20代最後の『甘い生活』の圧倒的な美貌が仇となり、年を取るにつれ、急激に美しさが衰えつつあるというイメージに付きまとわれるようになりました。
〝マリリン・モンロー〟を超えるセックス・シンボルになるかもしれないという周囲の期待にうんざりしていたアニタの最大のライバルは、1960年に自分自身が演じた『甘い生活』のシルヴィアでした。そして、結果的に彼女は自分自身に押しつぶされることになりました。
しかし、今でも、トレビの泉にイブニングドレスを着たまま入っていったあの1960年のアニタ・エクバーグは、〝ローマが輝いていたころの栄光の女神〟なのです。
エレンのファッション2
ピンクドレス
- ピンクのエンパイア・ドレス
- タートルシルエットのハンドバッグ、タッセル付き
- 黒のシャンティーレースとシルクサテンの日傘
- ブリムのついたドレッシーなブラックハット、沢山の花飾り
- 黒のロンググローブ
- 豪奢なネックレスとイヤリング
エレンのファッション3 女豹
ネグリジェ
男殺すにゃ刃物はいらぬ。ネグリジェ姿でただベッドに横たわればよい。これこそ男にとって「断われない条件」なのです。
アニタ・エクバーグは、まるで自分の分身であるかのようにエレンを演じています。そこには、演技力とかそういったものは全く存在せず、アニタ自身の生き様が反映されていて、それがまた〝滅びの美学〟のようなものを感じさせてくれて、実に歯切れが良いのです。
実際に、孤独と貧困の中で、苦しんだ晩年に残したアニタ・エクバーグの言葉があります。「私は自分の人生に後悔はしていない。なぜなら、かつては成功を勝ち取ったからだ!」。絶世の美女の悲劇。それは年を取ることなのです。
作品データ
作品名:戦争と平和 War and Peace (1956)
監督:キング・ヴィダー
衣装:マリア・デ・マッテイス
出演者:オードリー・ヘプバーン/アニタ・エクバーグ/ヘンリー・フォンダ/メル・ファーラー/ヴィットリオ・ガスマン/ハーバート・ロム/ジェレミー・ブレット