アルページュ
原名:Arpège
種類:オード・パルファム
ブランド:ランバン
調香師:アンドレ・フレイス、ポール・ヴァシェ
発表年:1927年
対象性別:女性
価格:50ml/12,650円
ジャンヌ・ランバンと愛娘マリー=ブランシュ・ド・ポリニャック

ジャンヌ・ランバン、1935年 ©LANVIN

1907年に娘がお揃いの服を着て舞踏会で踊っているジャンヌ・ランバンの写真。そして1923年に「母と子」のロゴが生まれました。©LANVIN

ジャンヌ・ランバンの娘マリー=ブランシュ・ド・ポリニャック、1946年 ©LANVIN
クチュリエという職業を変えたのはマドレーヌ・ヴィオネとジャンヌ・ランバンだった。なぜなら二人は、コレクションのドレスを自らの手とハサミで仕上げたからだ。
そのことによりモデルは一体となり、ついにスカートとボディスが同じ原理で裁断されるようになった。1900年のトリミングやポワレの装飾的なモチーフから解放されたドレスは、今や完全にカッティングに依存するようになった。
クリスチャン・ディオール
1889年に弱冠22歳のジャンヌ・ランバン(1867-1946)により帽子店からスタートしたランバン。愛娘のマルグリットに着せていたお手製の子供服が顧客の評判を呼び、1908年に世界で初めて子供服ラインを立ち上げ、大成功を収めました。
1897年8月31日にパリで生まれたマルグリット(1897-1958)は、ジャンヌ・ランバンの最初のミューズでした。そんな彼女の成長に合わせて、1909年に、パリ・オートクチュール組合に加入し、クチュリエとして若い女性やその母親のためのドレスを作るようになりました。この頃、フラ・アンジェリコの絵画からインスピレーションを得た、名高いランバンブルーが誕生しました。
アールデコのイラストレーター、ポール・イリブによって、1923年に作成されたブランドの象徴的なロゴは、母と娘が手を取り合っている姿です。それはジャンヌにとって永遠のミューズである愛娘マルグリットへの深い母と娘の絆を表したものです。
ランバン最初のフレグランス「マイ シン」は、謎めいたロシアの伯爵夫人マリー・ゼードにより1924年に発売されました。そしてジャンヌは1925年に、結婚し、マリー=ブランシュ・ド・ポリニャックとなっていた愛娘の30歳の誕生日プレゼントとして、純粋な自然の花で作られた壮麗な香水のブーケで祝おうと決めたのでした。
1924年に設立されていたランバン・パルファン社に、入社していたアンドレ・フレイス(1902-1984)が主任調香師となり、ポール・ヴァシェ(1902-1975)と共に「アルページュ」が作られました。二人とも当時まだ20代でした(1935年にヴァシェは去りル ガリオンのオーナー兼主任調香師に就任します)。
かくして愛娘の30歳の誕生日である1927年8月31日に発売されました。ブルガリアンローズ、グラースジャスミン、ハニーサックル、スズランをブレンドしたこのフレグランスの名が「アルページュ」であるのは、若手ピアニストでありソプラノ歌手でもある愛娘がピアノの練習中に演奏したアルペッジョ(arpeggios)にちなんだものです。
ランバンのロゴが描かれた、アールデコ様式の球形のボトルデザインは、フランスのデザイナー、アルマン・アルベール・ラトゥー(1882-1938、1925年のアール・デコ博覧会でランバンのブースの装飾を担当した)によるものです。古代エジプト調で統一されており、フランボワーズ形のストッパーは、金でエナメル加工されたガラス製でした。
〝自然が提供できる最高のものすべてを結集した、新しい花の香り〟

©LANVIN

©LANVIN
ジャンヌは私たちにこのように指示を出しました。〝私が娘のためにドレスを作る時、最も美しい生地を買う。毛皮のコートを作る時、最も美しい毛皮を買う。だから、香水も同じようにしてください。誰もが買うことのできない、最も美しいものを買ってください〟。彼女は一瞬にして、真の香水の意味を理解したのだった。
アンドレ・フレイス
愛娘の30歳を祝福する、枯れない花束を生み出すためにジャンヌ・ランバンは、二人の若き調香師に、超一流のフレンチのように、最高の素材を使用して〝自然そのものを超越し、自然が提供できる最高のものすべてを結集した、新しい花の香り〟を作って下さいと指示をだしました。
二人は、その若き情熱を迸らせ、無制限の予算の中、最終的に、ジャンヌに請求書を見せるのが怖くなるほどに、62種類の花の天然香料のブーケを生み出したのでした。ジャンヌは、試作品を確認することなく、完全に二人にすべてを任せました。
最終的に、マリー=ブランシュの肌の上で最終版を試した時、肌の上で花が開き、香りが滝の流れのようにほとばしる感覚に、マリー=ブランシュは「まるでアルページュのようだ」と自然に反応しました。アルページュ=アルペッジョとは、音が一緒に打ち鳴らされるのではなく、順番にひとつつずつ鳴る意味なのです。
つまりアルページュの真骨頂は、生き生きと進化し、2秒後に同じ香りになることは決してありません。天然香料の繊細さから生まれる繊細さがあります。
『モナリザ』に謎めいた微笑みが存在するように…謎めく母性の香り

©LANVIN

©LANVIN

©LANVIN
すべてが同時に香るのではなく、ひとつひとつがハーモニーを持って順番に香る「アルページュ」は、さざなみのように煌めくアルデハイドと弾けるベルガモット×ピーチの祝福を受けたブルガリアンローズが、幸せを広がらせていくようにしてはじまります。幸せを勝ち取るのではなく、幸せを受け止める香りのはじまりです。
だんだんと素肌を魅了していくのではなく、オープニングからラストまで素肌を温かく魅了するように作られているこの香りは、ムスクとサンダルウッドの香りに乗り、ローズを祝福するように、ジャスミン、イランイラン、スズラン、オレンジフラワー、チューベローズ、アイリス、ゼラニウムといった花々が、インドールを解き放ちながら、透き通り、響き渡るように、無邪気に、順不同に、軽やかに、ときに芳醇に、立ち上り、消えてゆきます。
何よりも素晴らしいのは、酔わせる甘やかなジャスミンを中心にそれぞれの花の香りが単体で豊かな響きを感じ取ることが出来、とても美しいところです。
『モナリザ』に謎めいた微笑みが存在するように、フレッシュな花々の祭典ではなく、スパイシーなクローブ、コリアンダー、ペッパー、ナツメグ、そしてグリーン×アーシィーなベチバーとパチョリが、満開の花々が、咲いて散り、咲いて散り、それぞれの花の魅力が素肌の上に、謎めかし、バトンタッチしてゆくように、今が盛りの花々が、リッチな深みで、穏やかに円やかに素肌を翻弄していく所にあります。
やがて、アンバーとバニラ、ベンゾインが、それぞれの花々の最も高貴で美しい姿を受け止めた素肌に、優しく抱擁するような花々の残り香の余韻で満たしてくれるのです。
スプレーを吹きかけた瞬間、シャネルの「No.5」を連想させるのですが、ブランドの精神を反映した、全く違う香り立ちとなるのが、実に興味深いです。
「マダム ロシャス」(1960)「カランドル」(1969)「リヴ ゴーシュ」(1971)「ホワイト リネン」(1978)といった香りの創造に多大なる影響を与えているこの香りは、1993年にユベール・フレイスにより、オリジナルに忠実にモダンに再調香されました。
名作映画の中の「アルページュ」

『イヴの総て』(1950)のベティ・デイヴィスの鏡台の上にアルページュが。

『百万長者と結婚する方法』(1953)でマリリン・モンローの前に並ぶアルページュ。

名探偵ポワロの『ナイル殺人事件』(1978)のミア・ファローとロイス・チャイルズの前に鎮座するアルベージュ。

フランソワ・トリュフォー監督の『終電車』(1980)。カトリーヌ・ドヌーヴの鏡台の上にアルページュが。
トム・フォードが監督デビューした『シングルマン』(2009)のシーンもとても印象的です。ちなみにリタ・ヘイワースが愛用していた香りとしても有名です。
フランスの作家シドニー=ガブリエル・コレットは、この香りについて「申し分なくモダン」と呼びました。アンドレ・マルローやサン=テグジュペリを夢中にさせたファム・ファタールな小説家・詩人のルイーズ・ドゥ・ヴィルモラン(1902-1969)は、「幸福な歌を静かに歌う音楽的な香水、洗練された贅沢、妖精たちが薦める優雅さの奇跡」と評しました。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「アルページュ」を「典型的なユニセックス」と呼び、「ずっと思っているのだが、人は年をとるほど、香水の場合、ときとともにしだいに男性的になるようだ。これはほとんどのクラシックの女性用香水が、バストのサイズダウンのような感じのリフォームをくり返しているせいかもしれない。」
「それに最近の女性用香水によくある、怪しからぬ品の悪い女っぽさが、古き時代のレディらしいクラシックな傑作をすっかり男性的に見せてしまうようなところもある。 また、近ごろの男性用香水が、はっきりしないフレッシュウッディか、ケミカルのどら声のどちらかにわかれてしまっている現状で、違いのわかる男が祖母の戸棚をあさるのも無理からぬことといえる。」
「アルページュもそんな香水のひとつだ。何度ものリフォームを経て、 オリジナルとほとんど変わらないといっているが。今日のものはエレガントでナッツのようなウッディフローラルだ。全体に漂うベージュのカシミヤのような雰囲気はいかにも野暮だが、男性用としてはいい。断然おすすめする。」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:アルページュ
原名:Arpège
種類:オード・パルファム
ブランド:ランバン
調香師:アンドレ・フレイス、ポール・ヴァシェ
発表年:1927年
対象性別:女性
価格:50ml/12,650円
トップノート:アルデハイド、ネロリ、ベルガモット、スズラン、ピーチ、ハニーサックル
ミドルノート:ジャスミン、イランイラン、スズラン、チューベローズ、アイリス、クローブ、コリアンダー、ローズ、百合、ゼラニウム、カメリア
ラストノート:サンダルウッド、アンバー、ベチバー、ムスク、ベンゾイン、バニラ、パチョリ、スティラックス