メンズ・ファッションに革命をもたらした作品
前評判で、不安視されていたダニエル・クレイグ(1968-)のジェームズ・ボンドが、『007 カジノ・ロワイヤル』(2006)の大成功により、手のひらを返したような賞賛の嵐が巻き起こる中、2008年に製作されたダニエル=ボンド第二弾が『007 慰めの報酬』でした。
007シリーズ22作目となる本作は、英国、パナマ、チリ、イタリア、メキシコ、オーストリアといったシリーズ最多の世界6カ国で撮影されました(マチュ・ピチュで撮る予定もあった)。
しかし、残念なことに、どの国の印象も大して記憶に残りませんでした。それはボンドムービー特有のその国の風土を生かしたアクション・シーンが、細切れの編集によって、観客の記憶もろともズタズタにされてしまったためです。
蓋を開けてみると、お色気の要素、ウィットに富んだ会話、ボンドを助ける秘密兵器、マネーペニーとQ、そういったものすべての欠如が、本作を致命的につまらないものにしてしまいました。
そんな欠陥だらけの本作の唯一の救いは、ダニエル・クレイグとトム・フォードの初コラボレーションによるボンドスーツ&ボンドスタイルのシリーズ屈指の格好良さでした。この作品により、ダニエル・クレイグは、ブラッド・ピットを飛び越え、21世紀のメンズ・ファッションのスタイル・アイコンになったのでした。
トム・フォード=ボンドスーツのお披露目。
これ以上ないシチュエーションの中で、ボンドスーツはお披露目されました。ここにシリーズの常識を覆すボンドスーツのシルエットが明らかになります。それは一流のファッション・デザイナーによる本格的なモードスーツをボンドが史上初めて着た瞬間です。
この作品からボンドムービーは、ファッション・モデルのランウェイのような役割も担うことになるのです。ただし、このランウェイはただ歩くのではなく、カーチェイスを繰り広げ、銃を撃つ新時代のランウェイなのです。
ボンドスーツをデザインしたトム・フォードに直接依頼したのが、ダニエル・クレイグ自身だというのが非常に興味深い事実です。
ダニエル・クレイグとコスチューム・デザイナーであるルイーズ・フログリーは、新しいボンドスーツに、モード色と同時にイタリアのスーツのような滑らかで貴族的なカットと、初期のショーン・コネリーのボンドスーツの美しいエレガンスを求めました。
そして、60年代の生地であり、入手が困難なドメールのトニックのモヘア生地の使用をトム・フォードに提案しました。それは本当の生活の中で、スーツに使用するには、奇妙な生地なのですが、フィルムを通して見ると、とんでもなく美しい生命力を生み出すことが出来ます。
ジェームズ・ボンドのファッション1
『カジノ・ロワイヤル』スーツ
- トム・フォードのリージェンシー・モデルの2ピースのネイビーのピンストライプ・スーツ(ブリオーニは白、しかし、こちらはライトブルーのピンストライプ)
- トム・フォードのライトブルー・コットンポプリン・シャツ、ダブルカフス
- トム・フォードのブルーとブラックの正方形のパターンのネクタイ
- チャーチのフィリップ、カップ・トウ・オックスフォード(前作ではジョン・ロブのルフィールド)
- オメガのシーマスター・プラネットオーシャン・600mコーアクシャル・クロノメーター
ボンドムービー史上最低の主題歌
主題歌はボンドムービーにおいて非常に重要なファクターです。しかし、シリーズ初のデュエットでお披露目されたアリシア・キーズとジャック・ホワイトによる主題歌は、男と女がただ吼え合うだけの品のない展開の曲調で、多くの人々がこれは違うだろ?と感じたのでした。
ジャック・ホワイトは論外として、アリシア・キーズの使い方が間違っています。細切れながらも激しさだけは理解させるオープニング・アクションの後に必要なのは、「サンダーボ~~~ル」と歌うトム・ジョーンズ並みの壮大なスケールのタイトル・ソングなのです。
1960年代のマット・モンロー、シャーリー・バッシー、トム・ジョーンズ、ルイ・アームストロング。そして、1970年代のポール・マッカートニー、カーリー・サイモンに比べると、この主題歌は全く洗練されていない子供じみた痴話喧嘩のようなムードに包まれています。
アルバート・ブロッコリが生きていたときの、気に入るまで歌手をすげ替えてでも何回もレコーディングさせる、あの姿勢がボンドムービーから失われてしまったことを実感させます(当初、ポール・マッカートニーにもオファーは出せれていた)。
トム・フォードのリージェンシー・モデルとは?
ここで、本作のスーツ全てに適応されているトム・フォードのリージェンシー・モデルの特徴について説明させて頂きます。
- 段返りの3つボタン
- パゴダショルダー
- サイドベンツ
- ピックステッチ(襟やポケット周辺のハンド・ステッチ)
- ストレート・フラップ・ポケット
- チケット・ポケット
- 本切羽の5つボタン
- トラウザーのサイドアジャスター
- ハイウエストで細身のプリーツなし
トム・フォードは、本作のために420点の衣装アイテムを製作しました。そして、ジェームズ・ボンドは11種類の衣装チェンジをすることになります。それぞれのスーツは9つづつ作られました。そのうちの3つはノーマルな撮影用、そして、3つは、戦闘シーンで血や埃を浴びる用、最後の3つは、血と埃だらけという風に、スタントマンにも同じように支給されました。
ジェームズ・ボンドのファッション2
チェスターフィールド・コート
- トム・フォードのネイビー・ウールのチェスターフィールド・コート、フラップポケットとチケット・ポケット、シングル、膝丈、パゴダショルダー、3つのボタンはかなり低めの位置に設定されている。エレガントなワイドラペル、5つのカフスボタン(ダニエルは最後の一個を空けている)
- トム・フォードのホワイト・ドレスシャツ
- トム・フォードの茄子色のネクタイ
- 白のリネンのポケットチーフ
- トム・フォードのリージェンシー・モデルのダーク・チャコールグレー・スーツ、モヘア・トニック、パゴダショルダー、段返りの三つボタン
- オメガのシーマスター・プラネット・オーシャン・600mコーアクシャル・クロノメーター
作品データ
作品名:007 慰めの報酬 Quantum of Solace(2008)
監督:マーク・フォースター
衣装:ルイーズ・フログリー
出演者:ダニエル・クレイグ/オルガ・キュリレンコ/ジェマ・アータートン/マチュー・アマルリック