オープニング・タイトルからとてもお洒落な『シャレード』
『ティファニーで朝食を』(1961年)に続く、オードリー・ヘプバーンのファッション・ムービーとして生み出されたのが『シャレード』でした。
モーリス・ビンダーによるポップでハイセンスなオープニング・タイトル。彼は同時期に007のタイトルも手がけていました。音楽は『ティファニーで朝食を』と同じくヘンリー・マンシーニでした。更にオードリーの衣装は、ユベール・ド・ジバンシィによるものでした。
ファッション・ムービーの五大要素とは何か?
- 一人のファッション・デザイナー
- 一人のファッション・アイコン
- オシャレなロケーション
- オシャレなバックミュージック
- 大人の男性
オードリーが最も洗練されていた30代前半に、その全ての要素が揃ったのが『シャレード』です。その上、ファッション・ムービーとしては奇跡的なことに、魅力的な脇役と、ストーリーというおまけつきです。これほど贅沢な映画はありません。
3回は見たい映画です。1度目は何も考えずに、2度目は60年代を意識して、3度目はただオードリーだけを見る。そして、何かするときに、ただ流しているだけで心が休まる〝環境ムービー〟として、音楽のように、映像が目に届かなくても、ただそのサウンドを感じるだけで良い映画。
非の打ち所のないメイクアップ、髪型、ジバンシィの衣装が冒険の間じゅう一切乱れない、そんなオードリー・ヘプバーンに包まれる2時間。メイクをするときでも、バスタイムにでも、ただ流れているだけで、安らぐ映画。それが、ファッション・ムービーなのです。
耳を出さないのが「シャレード・グラス」
とにかく洗練されている『シャレード』のオードリー。30代から40代の女性にとって、60年代当時でも今でも、たとえいつの時代であっても定番の〝うつくしさの教科書〟と言えます。
オードリーが登場するファースト・ルックは、スキー・ルックです。オードリーという存在の面白いところ、それは常にファッションを超えてしまうところにあります。
オードリー・ヘプバーンとファッションと言えば、必ず出てくるのが、サングラスです。彼女はプライベートにおいても、100個以上のサングラスをコレクトしていました。この作品で使用されたサングラスは、オリバー・ゴールドスミスの「HEP」です。これは当時「シャレード・グラス」と呼ばれました。
オードリーは、オリバーのサングラスを、耳を出さずにつけています。それは後のトレンチコートとオリバーの組み合わせにおいても同じです。彼女のスタイリングの面白さは、『ローマの休日』から一貫しているのですが、小技を利かせるところにあります。そして、その数々の小技が、ファッション・デザイナーやファッション・モデルが憧れるファッション・アイコンへと彼女を押し上げたのでした。
レジーナ・ランパートのファッション1
スキー・ルック
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ジバンシィのオールイン・ワンのフード付きジャンプスーツ。ブラウンのつやのあるニット地。シルバーメタルのベルト。同素材のグローブ
- ジバンシィのミンクのプルオーバー(コーヒーブラウン)、ボトルネック
- ジバンシィのスキー帽。プルオーバーと同じミンク
- ジバンシィ・バイ・レネ・マンシーニのコーヒーブラウンのスエードブーツ。62/63AW
- サングラスはオリバー・ゴールドスミスのHEP(1962年8月デザイン)
バッグはルイ・ヴィトンとエルメス
アルプスで優雅な休暇を過ごし、パリに戻ってきたオードリーが持っているバッグが、ルイ・ヴィトンのスティーマー・バッグです。そして、手にはエルメスのハンドバッグを持っています。
ニューヨークの五番街であろうともパリであろうとも、オードリーらしさとはラグジュアリー・ブランドで武装しているようなスタイルに見えない所にあります。彼女がブランドミックスしても、これ見よがしなところはありません。
〝ジバンシィをオードリーが着ているのではなく、オードリーが着ている服がジバンシィだった〟という言葉こそ相応しいでしょう。ラグジュアリー・ブランドで構成された女性=女優の陳腐さとは対極に位置する、〝この人に愛されることによって価値が生まれる〟という格の違いなのかもしれません。
オードリーの映画の中のジバンシィは生きています。やがて、手袋を取り、チョコを食べ、ハットを脱ぎ、ボタンを外し、タバコを吸う。その動作の中でコートが生き生きと呼吸しているようです。
ジャクリーン・ケネディとオレグ・カッシーニとホルストン
『シャレード』のファッションは、1960年代前半に大旋風を巻き起こしていたジョン・F・ケネディ大統領夫人のジャクリーンのファッション=ジャッキースタイルをユベール・ド・ジバンシィが、オードリーに合うようにパリ・モードに寄せたスタイルです。
元々のジャッキースタイルはグレース・ケリーを生み出した男オレグ・カッシーニを、お抱えのファッション・デザイナーにしたことにより生み出されました。特に1961年1月20日のケネディ大統領就任式におけるジャクリーン夫人のピルボックスハットは、一瞬で世界中の女性たちのハートを鷲掴みにしました。
このピルボックスハットは、当時バーグドルフ・グッドマンの帽子部門のデザイナーだったロイ・ホルストン・フローウィックにより制作されたものでした。ホルストンは、後にスタジオ54時代の象徴とも言えるロングドレスを流行させました。
オードリーとジバンシィによるジャッキースタイルはより洗練されています。
ちなみに1963年5月29日に行われたジョン・F・ケネディ大統領の46歳のバースデイパーティがニューヨークのホテルで開催され、オードリーが出席し、前年のマリリン・モンローに引き続いて「ハッピーバースデイ、ディア・ジャック」と歌ったという話がよく出てくるのですが、それは真実ではありません。
実際は、デヴィッド・ニーブンやピーター・ローフォードを招いたごく内輪の大統領専用ヨットで行われたサプライズ・パーティであり、オードリーは出席していませんでした。
レジーナ・ランパートのファッション2
プリンセスコート
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ライトベージュのプリンセスラインのウールコート。シングル。ジバンシィらしい大きめのボタン。3/4スリーブ。ナローカラー。ひざ丈の長さ。ジバンシィ62/63AW
- シルクのスリーブレスドレス。ジュエル・ネックライン。ストレートライン。ジバンシィ62/63AW
- コートと同じ色のフェルト(羊毛)のピルボックスハット。少し大きめ。ジバンシィ62/63AW
- パールのイヤリング
- ホワイトシルクコットン・スカーフ。ジバンシィ62/63AW
- レネ・マンシーニのシューズ。ボウ付き黒レザーキトゥンヒール。61/62AW
- 白のエルメスのレザー手袋
- 1901年から販売されているルイ・ヴィトンのスティーマー・バッグ
- 四つ角がラウンドになっているルイ・ヴィトンのスーツケース。モノグラムで4つ底とフラップを閉じるレザーストラップが、通常より明るい黄土色
- エルメスの黒パテントのクロコダイルレザーのハンドバッグ(ヘプバーンが61年に購入した私物)
レジーナ・ランパートのファッション3
喪服
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- ブラックウールコート。シングル。ブラックレザーでカバーされたボタン。少しスタンドカラー。ラグランスリーブ。ミニマル感覚の縫い目の見えないポケット2つ。長さは膝丈。ジバンシィ62/63AW
- ジャクリーン・ケネディを思わせるブラック・ファーの「コーンハット」。ジバンシィ63/64AW。黒ヴェール
- パールのイヤリング
- ブラックレザー手袋。ジバンシィ62/63AW
- レネ・マンシーニのシューズ。ボウ付き黒レザーキトゥンヒール
作品データ
作品名:シャレード Charade(1963)
監督:スタンリー・ドーネン
衣装:ユベール・ド・ジバンシィ
出演者:オードリー・ヘプバーン/ケーリー・グラント/ウォルター・マッソー/ジェームズ・コバーン/ジョージ・ケネディ