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フレデリック・マル

【フレデリック マル】イリス プードゥル(ピエール・ブルドン)

フレデリック・マル
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イリス プードゥル

【特別監修】Le Chercheur de Parfum様

原名:Iris Poudre
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ピエール・ブルドン
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/10,890円、30ml/21,780円、50ml/37,290円、100ml/53,130円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム

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「フレデリック・マル」という梁山泊に集結した最初の香り

ピエール・ブルドン

私が一番嫌いな香水用語が、〝Nose〟と〝Juice〟だ。私は〝鼻〟ではなく〝調香師、もしくは香水の作曲家〟であり、〝ジュース〟ではなく〝パフューム〟を作っている。

ピエール・ブルドン

2000年にフレデリック・マルが創業したとき、9種類の香りが同時に発売されました。それぞれの香りは、別々のタイミングで、梁山泊に仲間が集まるように、フレデリック・マルの手元に集結したのでした。そして、一番最初にマルの手元に到着したのがこの「イリス プードゥル」でした。

つまりは、この香りにこそ、フレデリック・マル自身が、実力派調香師と共に生み出したいと願っていた想いが全て詰まっていると言っても過言ではありません。

調香師にスポットライトを当てるというテーマでフレグランス・ブランドを立ち上げるにあたり、一番の理解者になってくれた調香師がいました。彼の名をピエール・ブルドンと申します。そして、彼こそがこの香りの調香師でした。

1988年にダビドフの「クールウォーター」を生み出したこの天才調香師は、本当に天才児でした。彼は、ミッテラン大統領やシラク大統領などのフランスの歴代政治家の大半と、マルセル・プルーストやクリスチャン・ディオール、エディ・スリマンなどが卒業生であるパリ政治学院を出たエリート中のエリートでした。

そんな彼が、在学中の25歳のとき、エドモン・ルドニツカに会ったことが、彼の人生をジャーナリストへの道から、調香師への道へと軌道修正させることになったのでした。

卒業後すぐ(1971年)にグラースの調香師養成学校(ルール社、現ジボダン)に行き、フランソワーズ・ キャロン(後の妻であり、オリヴィエ・クレスプの姉)やエドゥアール・フレシェと一緒に学びながら、エドモン・ルドニツカの唯一の弟子となりました。

ピエールの父ルネ・ブルドンは、マルの祖父でありパルファン・クリスチャン・ディオールのCEOであるセルジュ・エフトレー=ルイシュの部下であり、1960年代から70年代にかけてディオールの香水開発部門のディレクターでした。つまり、アーティスティック・ディレクターだったマルの母親と同僚でした。

両親がパルファン・クリスチャン・ディオールの同僚だった二人は、幼少期に会うことはなかったのですが、育った環境や学んだ環境が良く似ていたため、1996年に、マルがマーク・バーリーのフレグランスをディレクトした時、初めてコラボした二人はすぐに意気投合したのでした。

だからこそ、創業のアイデアをマルはピエールにはじめて打ち明けたのでした。当時ピエールは、香水業界にほとほと落胆しており、変革を求めていました。そして、渡りに船と、即座にマルに協力を約束し、マルのために色々動いてくれたのでした(ルドニツカ一族とモーリス・ルーセルの紹介等)。

彼は今まで「クールウォーター」を筆頭に数多くの香りを他の調香師にコピーされてきたので、最もコピーすることが難しいとされる特別な香料で香りを生み出したいと願っていました。その香料とは、並外れて高価であるイリスフロレンティーナ(イリスパリダよりも高級な最高級のアイリス)のイリスコンクリートを大量に使用することでした。

かくして、ここにフレデリック・マル・ヴァージョンのシャネルN°5(No.5)の誕生へと相成るわけなのでした。

アイリスは、根茎を手作業で採取し、約3年間石ころの中に埋め、その後、皮をむいて洗浄&乾燥(この時点では何も香らない)、さらに3年間木箱に入れて乾燥させます。そして、最後にその根茎を粉状にし、水蒸気蒸留で抽出することで(バイオレットかつウッディ調の)パウダリーな香りがするワックス状のペーストができあがります(収率約0.02%=1kgで0.2g)。

常温で固体のため、これをオリスバター(オリスコンクリート)と呼びます。ここからアルコールで洗うことによってワックスを取り除くとアブソリュートができあがります(収率は原料に対して0.002%=1kgで0.02g)。最高級のものは1kgで1000万円を超え、金塊の数倍するのはこのためです。

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カトリーヌ・ドヌーヴの『昼顔』の香り


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ずっとゲランのルール ブルーだけを愛していた私が、フレデリック・マルに出会い、不貞を犯すようになりました。

カトリーヌ・ドヌーヴ(彼女はマルの著書の序文さえも書いているほどの友人)

「イリス プードゥル」とは、フランス語で「パウダリーなアイリス」という意味です。フレデリック・マルが最初に試作品を嗅いだとき、カトリーヌ・ドヌーヴの名作『昼顔』(1967)で、ドヌーヴが、パリの市内にある〝秘密クラブ〟があるアパルトマンの階段を上がるシーンを連想しました。

そして、二人はこの映画の主人公をイメージして、パリの婦人の中に秘められた激しい官能性を連想させる香りを突き詰めていくことにしたのでした。

さらにもうひとつカシミアセーターのような役割をこの香りに与えたいとマルは念願しました。それはクラシックでありながら、どこでも着ることが出来、飽きることのない〝香りのアイテム〟という概念でした。

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氷の下に存在する炎の香り

メイ・ウエスト、1936年。

メイ・ウエスト、1936年。

この香りは、氷の下に存在する炎です。それは氷のような美しさの奥に炎のような情熱を秘めたアルフレッド・ヒッチコックの映画のヒロインのようです。

つまりは温かさと冷たさのコントラストが生み出す香りなのです。

フレデリック・マル

最も神聖なる一夜を過ごした翌日に、呪はしいほどに享楽と肉慾に満ちた一夜を過ごすイリスフロレンティーナ(イリスパリダよりも高級な最高級のアイリス)がこの香りの主演女優です。

オレンジとベルガモットのシトラスの薄靄が晴れると、「動物の中で人間だけが天に顔を向けるように作られた!」というオウィディウスの『変身物語』の内容を反芻するようにアルデハイドが現れます。このアルデハイドは、古すぎて、未知なるもののように感じさせる斬新さをもって、スパイシーなカーネーションの閃光と共に人々の心に入り込んでゆきます。

このアルデハイドは、シャネルの「N°5」やランバンの「アルページュ」、ロシャスの「マダム ロシャス」といった古典に慣れ親しんできた(もしくはこの魔物を飼い慣らしてきた)人々にとっては、親しみを覚えさせるソーピィーさを持っています。

そこにクリーミーなイランイランとマグノリア、ローズ、ジャスミンといったフローラルが花を咲かせるのではなく、大理石の上に、それぞれの花の装飾が施されていくように、静かに厳かさをもって、アルデハイドの石面に装飾を刻み込んでゆきます。

やがて、タルカムパウダーのようなムスノンが香り全体を包みこんでゆきます。そして、実に不思議なことなのですが、共に現れしアイリスが、マラブーのガウンを着た1930年代のハリウッド・ディーバのような存在感を示しはじめるのです。

それはまるで、雨上がりの湖の畔に咲くアイリスのように、アンニュイなふわふわした孤高のフローラルの生命感を漂わせています。アルデハイドに溶け込んだ花々は凛としたアイリスに導かれ、黄泉の世界から、現実世界に取って返すように、生気を取り戻し、いきいきと香りはじめます。

ローズウッドの微妙に温かいウッディなニュアンスが、アルデハイドとアイリスの涼しげなニュアンスと見事なコントラストを生み出し、この香りに、性的欲求を押し隠そうとする貴婦人の独特なエレガンスを与えています。

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とろけるクールビューティーを身にまとう香り

コンスタンティン・カカーニアスがこの香りをイメージして描いたイラスト。

どんなに新しい音楽が生み出されようとも、人々にとって、ブラームスやブルックナー、マーラーやチャイコフスキーといったクラシック音楽の王道は、心の中に眠る何かを目覚めさせる力があります。そして、この香りのフローラルアルデヒドもまた同じくです。

そこには、第一次世界大戦後から第二次世界大戦前夜にかけてのフランス香水に含まれているアイリスベースのひとつ〝コンクレトリド〟が再現されており、そこに現代的な合成香料であるジヒドロミルセノール(ラベンダー様のシトラスノート)やムスノン(パウダームスク)が加えられています。

コンクレトリドとは、ルール社が開発したベースの香り。アイリス、ベチバー、サンダルウッド、ムスクノートを混ぜ合わせた香りで、パコ・ラバンヌの「カランドル」(1969)、イヴ・サンローランの「リヴゴーシュ」(1971)などにも使われていたベース。

最後にドライダウンするに従い、主演女優のアイリスの終わりのはじまりへと物語は突入してゆきます。アニマリックなムスクによりアイリスはその本能を呼び覚まされます。さらにトンカビーン、バニラによる温かい甘さが抑えつけようとする覚醒する本能を、もうどうにも止まらない状況にまで追い詰めてゆきます。

この香りの恐ろしさは、すべてが極めて静かに行われるところにあります。

かくして透明感のあるエレガンスに香り全体が支配されていく中で、クリーミーなサンダルウッドとグリーン・ベチバーが追加され、もはやアイリスは完全に諦めの境地に達し、そのすべてをさらけ出すのです。

使用すれば、使用するほど、身も心も任せて、流されたくなる香りです。そして、完全に磨き上げられたクールビューティーがとろけていく瞬間を自分の肌と心で感じ取ることが出来るようになるのです。

この香りは、エレガントで洗練された成熟した女性だけがつけることができる香りです。であるが、エレガンスに目覚めたばかりの若い女性がつけてもとてもいいと思います。結局のところ、本物を知る女性のための香水が「イリス プードゥル」なのです。

ピエール・ブルドン

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「イリス プードゥル」を「パウダリーフルーツ」と呼び、「ピエール・ブルドンが、イリス グリスのテーマを再び取り上げている。アイリス様の香りの問題点とは ー ノスタルジックでロマンティックなグレーの粉っぽさは誰からも好まれるが、香水となるとはっきりいって、かぎりなく葬式にふさわしくなる。名調香師のビンセント・ルバートは1947年にジャック・ファスのイリス グリスでこの問題を解決した。ラクトンのピーチベースであるペルシコールを加え、アイリスのグレーにピンクのきらめきをもたせた。ブルドンのほうが精妙さに欠ける。」

「一貫して快活なフルーツ様の構成を追求する彼の熟練技は、アイリスの涙をあっという間に乾かす。葬式にふさわしい抑えられた厳粛さが漂った後は、幸せな路線へと方向転換する。ブルドン作のドルチェ ヴィータが思い浮かぶ。だがそれなら誰もが知っている。葬式に参列すると、生きていてよかったと感じるものだ。よい香水だが、名前と原料に忠実ではない。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:イリス プードゥル
原名:Iris Poudre
種類:オード・パルファム
ブランド:フレデリック・マル
調香師:ピエール・ブルドン
発表年:2000年
対象性別:ユニセックス
価格:10ml/10,890円、30ml/21,780円、50ml/37,290円、100ml/53,130円
販売代理店ホームページ:ラトリエ デ パルファム


トップノート:ベルガモット、オレンジ、ローズウッド、イランイラン、カーネーション
ミドルノート:マグノリア、ジャスミン、リリー、ヴァイオレット、ローズ、アルデハイド
ラストノート:アイリス、ムスク、アンバー、バニラ、サンダルウッド、エボニーツリー、ベチバー