『香水のまとい方』究極版 LESSON 3
『香水のまとい方』究極版 LESSON 1では、香水が香るために必ず必要な「蒸発」という現象を解説致しました。そして『香水のまとい方』究極版 LESSON 2では、世界的名香の作者である調香師が語る、香水のつけ方、パルスポイント(脈拍点)につけることについてのコメントを、「蒸発」の切り口から読み解いてゆきました。
さて、いよいよこれが『香水のまとい方』の最終章となります。
ここでは、香水を愛するためには、香水に愛されなくてはならない、つまりは香水に選ばれる人になるために、“できれば避けたい、香りのまとい方”、“まとう香水の選び方”、“やってはいけないこと”、“保管のしかた”を解説してゆきます。
香水のつけ方には「絶対の間違いも正解も無い」とLESSON 1で述べさせて頂きました。ですが実際のところ、「香水をつけてみたら失敗した」や、「ほかの人のつけている香水を不快に感じた」という経験は少なからずあることでしょう。
だからこそ、あらかじめ知っていれば避けることができる事故事例を知っておくと、自分がまとう香水のまとい方に、より一層の自信が持てるはずです。
この記事の共著者:香りの科学解説者 Yayoiさん(@SciTechHubLLC)
物質分析と社会をつなぐ技術情報ハブ_サイテックハブ合同会社代表
https://scitech-hub-llc.com/
博士(化学)、調香師。香水の科学な側面をXでつぶやく。幼少期より香りの不思議に憑りつかれ、2000年代初頭に出会った「コートダムール|ラルチザンパフューム」の香りが、記憶には無いはずの“秋の南仏の誰もいない海岸風景”を鮮明に想起させた、という衝撃から、7年間調香師に師事し調香を学びDIPROMA取得。ひとに創造力と想像力をもたらす映画・音楽・香水を愛す。20世紀末のファッション雑誌記事を読むことが趣味。
1.できれば避けたい「香水のまとい方」とは?
Y(Yayoiさん) ―― エレガントな香水のまとい方として、前回、実際に私が出会った方の一例を紹介させて頂きました。それは『香水をまとう』のではなく『香水の香りをまとう』には、「蒸発」という現象の理解が助けになるということです。
つまり服や肌の表面に付いた香水の香料の「蒸発」には、調香師が設計した香水そのものの性質に加えて、香水をつけた表面の状態も「蒸発」に関わってくるのです。
風、熱、面積、水分、油分などの表面の要素を自分でコントロールできれば香り立ちを自在にコントロールできます。では逆に、私自身の失敗経験を含め、出来れば避けたい香水のまとい方を検証してみましょう。
Q(カイエデモード) ―― すごく興味深いです!実際にどのような香水のつけ方、香水のまとい方で失敗されたことがおありでしょうか?
Y ―― 一言で言えば「意図しなかった香り立ち」をしてしまった失敗です。
つまり、「蒸発」という現象を思い通りにコントロールできず、期待したように香りが立たない、または予期せず香りが強くたちすぎる、といったまとい方です。
たとえば、多くの人が集まるシチュエーションで、広い空間を颯爽と歩き回るような時は、周りの人々に自分の存在を印象付けるために、香水の香りをしっかりと立たせたいものです。それは感じてもらいたいあなたのイメージを伝える役割を果たしてくれます。
一方、香水をつけて向かった先が、複数人が一日中座ったままデスクワークをする比較的狭い室内だとしたら、強すぎる香り立ちは、その香りがあまり好みではない人がその中にいると問題になります。香りがあなたの味方どころか、あなたの印象を損なう原因になりかねません。
つまり、香り立ちの強弱を、香水をまとう状況と目的に合わせて自在にコントロールできたなら、香水はいつもあなたの味方でいてくれます。
表面からの香料の「蒸発」に影響する要因を、自在に変えながら、望まない香り立ちが起こらないような「香水のつけ方」をめざしましょう。それではより細かく解説していきましょう。

図 香料の「蒸発」と香り立ちのイメージ。同じ香水でも表面からの「蒸発」を促すか、抑えるかによって香り
立ちとその時間による変化が大きく変わる。香りの印象がトップ、ミドル、ラストノートのように分け
られない、ひとつの香りの印象で構成されたシングルノートの香水でも、表面からの「蒸発」が促進される
と、強く香り立ち早く香りが消える。
まずは【香りを強く立たせたい場面】についてです。
体温の熱がある体の部位に、広い面積で細かい霧をスプレーしましょう。特に、産毛などが生えていればより効果的です。比較的短い時間で、香りが重なり合い、複雑でふくよかな香り立ちが得られます。図のAの状態です。
香り立ちのピークを早めた分だけ、香りは比較的短時間で弱まります。香水をつけた後、すぐに上からシャツなどを羽織れば、香る空気が一旦肌のまわりに閉じ込められ、その後、からだの動きとともに周囲に放たれてゆきます。
パーティーなどの場面で、もし香りが完全に無くなってしまったと感じたら、化粧直しの際に香水を同じ部位に付け足すのも良いでしょう。折角、自分をアピールしたいのに、図のCのような弱い香り立ちでは、せっかくつけた香水の香りが生かされないですから。
次に【香りを強く立たせたくない場面】についてです。
時と場所によっては強い香りで周囲に印象付けることを控え、微かに自分自身や近づいた人にだけ香る程度にしたい場面もあります。その際は、体温が届かない服の上、肩や脚のあたりに少なめにスプレーし、少し時間をおいてから家を出るのが良いでしょう。
ここで【予想外の香り立ちが起こるケース】について挙げてゆきます。
1.汗ばむ季節に、歩いたりして、体に風が当たるうちは、よく蒸発していた汗も、満員の電車やエレベーター内などで動きを止めたとたん、皮膚の上に湿り気としてとどまりやすくなります。これが体温の熱と相まって、水となじむ香料の「蒸発」を強く促すことになります。
換気がなく空気がこもる空間では、想像以上に香水が強く香る可能性があります。そのような場にいく事を、朝のうちに、あらかじめ想定される場合は、香水をつける量を減らすなど配慮すると良いでしょう。
2.洗髪した直後は、髪も頭皮も濡れています。頭皮の体温からの熱、髪の面積、そして水分という要素が重なります。そこについた香水は、乾いた髪よりも蒸発が促され、望む以上に香水が強く周囲に香る可能性があります。
頭部は周辺の人の鼻の位置に近くなりやすいので、強すぎる香り立ちには配慮が必要です。
フランスで悪臭を例える表現として「濡れた犬の匂い」というフレーズがあります。犬を洗ったり、雨の中散歩させたご経験のある方はご存じかもしれませんが、体温と面積(毛)が犬の体臭の蒸発を促進し、獣臭さが普段よりも強烈に臭い立ちます。同じく、頭皮につけてしまうと皮脂のにおいも立ってしまうので注意が必要です。
つまり、最近、推奨しておられる方もちらほら見受けられる、お風呂場に香水を振りかけるという行為も、タイミングを間違うと、とんでもない効果を生み出してしまうことがあるので、要注意です。
3.香水をまとった直後の数分間はどうしても、表面についた香水以外にも、香水の霧があなたのまわりを取り巻いています。そこでは空中で舞っている香水の蒸発で、空中にスプレーをした際と似た特徴的な強い香り立ちが起きます。
パウダールームで香水をつけた直後、あるいは、空港の免税店で香水を試した直後、本人が望んでいなくても「私はたった今、香水をつけました」という饒舌な香りのアピールがあります。それが目的なのであれば問題ありませんが、人に会う場合は香水をつけた後、少し時間をおいてからの方が、悪印象を与えずに済むでしょう。
Q ―― フランク・フォルクル氏は、「香りを長持ちさせるには、髪にスプレーするのが良い方法です」と推奨されていますが、それは直接香水を髪に向かってスプレーするということでしょうか?
Y ―― はい。頭皮ではなく、髪の毛のことかと思います。どうしても髪の毛を香らせたいのであれば、完全にブローし終えてヘアセットした後、つまり頭皮が完全に乾いているタイミングがよいでしょう。アルコールが髪の毛を痛めるようであれば、香水よりも、香水の香りのヘア専用オイルを使う方が良いでしょう。
Q ―― 多くの調香師の方々が、「慌てて家を出る直前に香水をつけるのは絶対に避けましょう」とおっしゃられます。この部分について解説お願いできますでしょうか?
Y ―― たとえば、ジャケットの肘あたりの限られた場所、つまり衣服の生地に慌ててスプレーすると、体温の熱は届きにくく、香りが長時間残りますが図のCのように香料の蒸発が不完全で、香る空気が生まれにくくなるということです。
また、残留しやすい香料のみが衣類や肌に残り続けることになるので、調香師が意図した香り立ちにならない可能性が、極めて高くなります。
2.「まとう香水を選ぶ」際の注意
Q ―― 使いたい香水を店頭で選ぶ際に気を付けることはありますか?また、オンラインストアでの販売も盛んになり、必ずしも購入前に香水を試香紙や肌で試して選ばないケースもあります。このことは、買った香水を実際に日常でつける際にどんな問題になるでしょうか?
Y ―― 香水売り場で香水を選ぶ際には、販売員の方から直接、香水についての説明や注意を伺うことができます。また、香水を実際に空中にスプレーしたり、試香紙や肌につけてみて、時間を経る過程の香りの印象の移ろいも確認できます。
私自身も以前は何も知らずによくやっていたのですが、テスター香水のキャップを手に取り、そのキャップの裏の香りを嗅いで香りを試す、ことをしてしまいがちです。
しかし、キャップの裏には表面で液体が「蒸発」したあとの香料が多く付着し、時間が経過しています。つまり「蒸発」が遅い香料が濃く残っています。その香りを気に入って香水を選んでしまうと、実際に使う際に、その気に入った香りはさほど香らず、別の印象の香りが強く感じられ、思っていたことと違う、ということが起こりえます。
わざわざ店頭まで来たからには、一度スプレーをしてフレッシュな香水の香りを試すことをお勧めします。
また、オンラインショップで〝香水の実物を試さずに選んだ〟場合には、まず一度はご自宅でも試香紙や肌で香りの印象の移ろいを試すことと良いと思います。
試香紙からの香りの変化は、服の上に香水をまとった際の香りの移ろいの良いシミュレーションにもなります。もし、試香紙に香水をつけて長時間が経った後にうっすらと着色が残るようであれば、衣類につけた際も同じく残留し、香水が原因の染み汚れになる可能性が高いことが分かります。
Q ―― 衣服に香水をつけるにあたって、ほかに気を付けることはありますか?
Y ―― 衣服では、綿(コットン)の生地なら、試香紙と似た香水の香り立ちや変化をしてゆきます。両方とも同じ植物の繊維でできているためです。
一方、ナイロンやポリエステルなどの合成繊維に直接香水をつけるのは、香水に含まれる成分との相性次第で予測が難しいこともあり、少し心配です。香水をつける前に、目につきにくい生地の裏側などで少し試した方がいいかもしれません。
シルクもまたデリケートな素材です。香水の成分で繊維を傷めたり、色褪せ、色移り、シミになる可能性もあります。できれば直接つけるのは避けた方がよいでしょう。
秋から冬にかけて着る、防寒用のコートやスカーフなど、ウール、カシミヤの動物性素材の場合、香料が比較的長い時間繊維の表面にとどまります。ウッディー系やアンバー系などのラストノートの印象がお好みであれば、スカーフやストールにつけるのはいいと思います。晩秋の風景とともに温かな香りの記憶がのこるでしょう。
過去に衣服にスプレーした香りをよく覚えておくようにしましょう。なぜなら生地には香りが残りやすい分だけ、前回と違う香水をつけてしまうと、意図せずに香りを重ねてしまうことになるからです。
フランク・フォルクル
香水は、時間が経てば香料が完全に表面から蒸発し、何も香りが残らないのが理想です。
衣類につけた場合、時間が経ってそこから完全に香りが消えれば、また香水をつけることができます。しかし、ラストノートだけが蒸発しきれずに残った衣服に再度同じ香水をつける、または別の香水をつけてしまうと、フランク・フォルクル氏の指摘のとおり、予期しない香りの重ねつけをすることになってしまいますので、注意しなければならないです。
3.「香水をつけるとき」にしてはならないこと。
Q ―― 香水をつけてはならない身体の部分はどこでしょうか?
Y ―― 安全性の問題として、顔や目、口の粘膜近くにはつけないようにしましょう。また、傷のある肌、剃りたての肌、炎症を起こした肌にはつけない方が賢明です。
香水の液体部分はアルコール・水ですが、肌に傷があるとそれ自体が刺激になることもあります。また、香水を日光が当たる箇所につけるのもできれば避けた方が無難です。香水に含まれる香料によっては、光や紫外線のはたらきによって刺激物へと変化するものもあるからです。
刺激物は肌に炎症を引き起こす場合があります。肌に腫れや赤み、痛みやかゆみが見られたら直接肌につけるのを控えましょう。肌の炎症は長期的にはシミの原因にもなります。
Q ―― 『『香水のまとい方』究極版 LESSON 2』で紹介したパルスポイント(脈拍点)のいくつかは露出部なので、日光があたりそうです。陽射しが当たる肌に直接香水をつけるのは良くないということでしょうか?
Y ―― 外国では、 パルスポイントと言われる部分の皮膚、特に耳たぶの下や首のあたりに集中して色素沈着、シミがあるご婦人をお見掛けします。
これは、その部分に香水をつけて、直射日光を浴びていることも原因の一つと考えられています。しかし、文化圏によっては肌のシミは悪いものと捉えず、好きな香水をたっぷりつけて、屋外で陽射しを浴びて日焼けを楽しむのは一種の贅沢とされています。
しかし、肌に炎症やシミができることを極力避けたい、という方は、陽射しを受けそうな露出した肌につけるのは避けたほうが無難です。
Q ―― 乾燥肌であることは、香水にとって有難くない環境でしょうか?
Y ―― そうですね。乾燥した肌は、水になじむ香料の蒸発に味方をしてくれる水分(湿度)が無い点では香り立ちには不利といえます。
しかし、より根本的な問題として、乾燥は皮膚のバリア機能を弱めているので、香水のアルコールが刺激になる可能性があります。そのような場合、香水をスプレーする代わりに、香水に同じ香りのシリーズがあればその練香水やフレグランスオイル、またはボディークリームを使うことも選択肢として考えて見られると良いでしょう。
潤いのある肌は乾燥した肌よりも香りが長持ちするようです。ですから、可能であれば、保湿された肌に香水をつけてください。
ティエリー・ワッサー
ティエリー・ワッサー氏が述べている、潤いのある肌とは、水分と油分のバランスが整った状態のことと考えられます。肌の水分は水となじむ香料の香り立ちを促進させますが、一方、肌の上では油分になじむ香料がよくとどまって、急激に蒸発するのを防ぎ、ゆっくりと香り立たせます。
シャワーを浴びて、汚れや余分な皮脂を取り除かれた清潔な肌が少し温まった状態で、ボディローションなどで肌を潤した上で香水を付けられればティエリー・ワッサー氏のおっしゃる状態になりそうですね。
Q ―― 近年は酷暑の日も多く、気温も高いですが汗もかきます。その場合に、香水をつけるうえでの注意点はありますか?
Y ―― 外気温が体温に近くなっていると、熱せられた衣服の上では香料の蒸発が促進されます。この効果は、真夏と冬で違うため、一年中同じように服の上に香水をつけたとしても、夏は思いのほか香り立ちが強く、冬場はほとんど香らないということがあるかもしれません。
また、服が汗などで湿り気を帯びると、表面の水分は水となじみやすい香料の蒸発と香り立ちを促します。
Q ―― スプレー香水は肌や服の表面からどれくらい離してスプレーするのが適正でしょうか?
Y ―― 香水製品がスプレーヘッドを選択しているということは、ふんわりと霧状の香水が肌や衣服の表面に付くつけ方を勧めていることになります。一般的に肌から約13~18センチ離してスプレーするのが最適と言われています。ただし、出てくる霧の細かさと広がりにはスプレーごとにかなりの差があります。また、ワンプッシュで出る香水の量も違います。
目に見えるほどの香水の雫が表面につく、または服であれば生地が濡れたのが見える、のは、そのスプレーではつける距離が近すぎたか、ワンプッシュで出た香水の量が思いのほか多いので、少し距離を離してスプレーしてみましょう。
4.同じ香水が、ある時、まったく違うように感じるのはなぜ?
Q ―― 同じ香水を長期間使い続けていると、なぜか購入したばかりの頃につけていた感じと違っているように感じるのはなぜでしょうか?
Y ―― 長時間おなじ香りをつけていると香りが感じられなくなるのは、ごく普通のことです。嗅覚順応(olfactory adaptation)といい、香りという刺激に対する感じ方が弱まります。嗅覚は、変化する香りの刺激には敏感なのですが、長時間変化のない香りに晒されると、もはやその匂いの刺激は強く感じられなくなります。
長時間同じ香りをつけていて、香りが薄れてきたと感じた場合、一回目と同じようにたっぷりつけたい衝動を抑えましょう。つけすぎは、本来もとめていた香り立ちよりも、強すぎる香りになってしまう可能性があります。蒸発とは別の嗅覚側の問題ですが、その点は注意が必要ですね。
毎日同じ香水を使用していて、感動が失われてきたと感じた場合、一週間、別の香水を使ってみましょう、そうすれば、嗅覚は慣れてきて、再び同じ香水をつけた時には、きっと素晴らしい再会を実感できることでしょう。
5.香水は、「保管する環境が命」。
Q ―― 「香水は、低温から高温への急激な温度変化を嫌います」とフランシス・クルジャン氏は述べ、そのような温度変化は「天然成分の中で予期せぬ化学反応を引き起こし、その結果、香水の劣化を早めてしまう」と仰っています。では、香水の保管はどのようにするのが理想的なのでしょうか?
Y ―― 保管される香水にとって、温度や光といった環境は、製造出荷直後の香水からの中身の変化をもたらします。開封後短い期間で使いきれればよいのですが、数年以上の保存ではフランシス・クルジャン氏が予期せぬ化学反応と指摘している香料の変化が無視できません。
たとえば、柑橘系の香りは比較的成分が変化を受けやすいことが知られています。熱と蒸気がたびたび立ち込めるバスルームに香水を長期間放置すると、柑橘系の香りが担っていた香水のフレッシュなトップノートの印象が損なわれかねません。ほかにもパチョリなどの繊細な香料の香りは変わってしまうことがあります。さらには、古くなった香水からは元の香りには感じられなかった異臭がしたり、香水の色が濃くなる傾向があります。
香水瓶の中の香水は開封した瞬間から、少しずつ蒸発が起きますが、同時に、空気中の酸素や湿気に触れることになります。香水瓶に残された香水には、さまざまな化学反応や、それ以外の品質の変化がおこるには十分な時間が存在するといえます。
一方、ごく微量の香水をつけた場所の香料については、長くとも数時間程度で完全に蒸発して消えて無くなる前提ですから、そこでの香料の劣化は長期保存の香水瓶の中で起こる問題に比べれば気にするものは多くありません。
空気中の酸素や湿気、光や熱は、数年の長期にわたって棚に置かれた使いかけのボトルの香水には、好ましくない化学変化を引き起こすことが知られています。香水の香料成分を化学的に変化させる要素を列挙してゆきます。
- 『酸素』・・・空気にふれることが酸素にふれることになる。酸素は一部の香料と反応し変化させてしまう。
- 『水』・・・主に空気中の湿気。酸素と同様、一部の香料と反応し変化させてしまう。
- 『熱』・・・人が普段暮らしている温度が適温です。香水を夏の車内に置き去りにするのはもってのほかです。また、意外にも近くの照明から発せられる熱も無視できません。逆に、極端に香水を冷やすと瓶の底に沈殿(ちいさな塊)が生じることもあります。これはスプレーを詰まらせる原因になります。
- 『光』・・・ 特に日光などに含まれる強い紫外線は香料を反応しやすい性質に変えます。
- 『時間』・・・化学変化や品質の変化は時間が経つほど増えます。品質保証期間がある場合、その期間を越えて長期間香水を保存すると、予期しない変化が起こる可能性があります。未開封、かつ上の要素の影響を防いだうえで、の話なのですが、半奇跡的に「香りが良くなる変化」がある場合もあり、香水は興味深いです。さらに時間は、化学変化とは異なる別の面での品質の変化に影響します。
香水を使いかけのまま長期間放置すればスプレーは詰まりやすいです。最近の高品質の香水では、スプレー瓶自体の性能が上がり、保存可能期間は以前よりも長くなっているようです。
とはいえ、スプレー瓶は基本的に長期保存を前提には作られていません。香水は高価なものですが、香りを美しいまま楽しむには、頻繁に使用し、早めに使い切りましょう。
また、長期間、蓋の密閉がゆるい状態で香水をおいておくと、蒸発しやすいエタノール・水とともに、一部の蒸発しやすい香料が蒸発して香水の中から失われていきます。このとき、逆に蒸発しにくい成分は香水の中に残り、もとの製品よりも次第に濃くなります。
香水に使われる香料成分の中には、アレルギーの原因になりうるなど安全性上の観点から、香水に含まれる濃度がある一定以上にならないようにする指針がIFRA(国際香粧品香料協会)に定められているものもあります。保存が悪いと、香水に含まれる香料の構成や濃さが知らないうちに変化している可能性があります。匂いや色が変わってしまった香水をつけようとする際は注意が必要です。
購入した香水をできるだけ状態を変えずに保管するには、購入時の箱の中で光を遮り、20度程度の室温で湿気を遠ざけて保管することです。未開封を前提に、貴重な香水の保存期間を延ばしたい場合は、高級ワインをセラーで保管するように扱うことを検討してみてください。
6.総括
以上、香りの科学解説者 Yayoiさんの説明により、香水のつけ方を3回に分けて取り上げました。「絶対正解のつけ方」を探す代わりに、目指したのは「自信をもって香水をつけられる」裏付けとなる科学的なしくみを知ることでした。
フランスの大女優、カトリーヌ・ドヌーブと、ジェームズ・ボンドとしても有名な英国の俳優ダニエル・クレイグは香水をつける際に全く迷いがないと想像します。
それは、科学的な仕組みを知っているからではなく、経験的な裏付けが圧倒的な自信につながっているのではないでしょうか。仕草や行動に自信がある人の姿は美しいです。このシリーズがみなさまにとっての香水をつける自信につながるヒントになれば幸いです。
