いまだに語り継がれる衝撃のチェーンソー・シーン
『スカーフェイス』が、黒人やヒスパニック系、そしてアジア系などのマイノリティの男性に人気があるのは、このシーンの存在ゆえでしょう。人間らしい感情が腐りおち、虐げられてきたた男の剥き出しの暴力性が、ここまで見事に描かれた例はあまりありません。
ただリアルに描くのではなく、映画としての様式美を決して失うことなく、さらにアル・パチーノ(1940-)という役者を私達の脳裏から忘れ去らせ、トニー・モンタナを見ている気分にさせらせる明確なスイッチがこのシーンには存在するのでした。
あまりにも生々しい描写に、試写会でスティーヴン・バウアーの隣に座っていたマーティン・スコセッシは、「君たちはまったく素晴らしい。でも、ハリウッドでは嫌われるから覚悟しなよ」と言い放った程でした。
凶器は美しくなくてはならない。拳銃は撃たれたものが胸を押さえて倒れるだけで終わり。ケースバイケースで意味のある凶器を選ばなくてはいけないね。
キスシーンを撮影するのと同じで、彼女のどこを持って、どういう方向から顔を近づけるかは、斬新なアイデアが必要だ。
暴力は映画に向いたテーマで、動的な部分を素材として扱うことのできる、数少ない芸術形式のひとつだと思う。
そういえば、チェーンソーを使うのを思いついたのは、脚本を書いたオリバー・ストーンだったな。
ブライアン・デ・パルマ
わざわざ、正面に回り込んで眉間を打ち抜く!
チェーンソーで仲間を目の前で生きたままバラバラにされ、「次はお前の番だ!」と脅されるも、何とか窮地を逃れるトニー・モンタナ。逃げようとするチェーンソー男を執拗に追いかけ、後ろから背中を撃たずに、わざわざ正面に回りこんで、「次はお前の番だぜ!」と捨て台詞を残し、眉間を打ち抜いたその瞬間、世界中の男たちは、ハートを鷲掴みされたのでした。
そして、このシーンを最後にトニーはスーツスタイルへと移行するのです。『スカーフェイス』とは、ファッションがその男のステイタスを明確に示す作品なのです。
もう彼は二度とアロハシャツを着ることはありません。トニーは、トニーの望んだ、金と女を暴力で勝ち取る人生を全速力で疾走していくのでした。
トニー・モンタナのファッション3
モード・アロハ
- ヴィヴィッド・オレンジのアールデコ調の椰子の木とサーファーとタイガーが描かれた赤色のアロハシャツ
- ベージュのトラウザー
- 黒のショートブーツ
消えた美少女
このシーンで、マニー(スティーヴン・バウアー)がポカをやらかす原因となったブルービキニの女性を演じたタミー・リン・レパート(1965-?)は、1983年3月のマイアミロケ撮影に参加しました。
しかし、4日目の彼女自身の撮影中に、血の飛び散るシーンを見て、ヒステリックに叫び声をあげ、降板になりました。そして、同年7月6日、当時18歳の彼女は、フロリダ州にて男友達とドライブに出かけて行方不明になりました。
撮影に参加する前のパーティーで、麻薬組織関係の見てはいけない何かを見てしまい脅えていたという事実から、麻薬組織に暗殺された説と、当時、連続強姦殺人魔がフロリダ州に何人か存在したことから彼らのうちの一人の犠牲者になった説まで挙げられているのですが、今だに謎に包まれています。
ラテン系の小男にはジレが似合う
最後までトニーを守る盟友チチ。スペイン語でおっぱいを意味する愛称を持つこの男のファッションはどれも気障で派手なスタイルです。特にこの初登場シーンのファッションが印象的です。
オレンジ色のフェドーラと、赤茶色のスラックスとジレに、タツノオトシゴがプリントされた黒の半袖シャツというアンバランスなアンバランス。
いかにもすぎるチンピラルック!
1980年代前半にコカイン中毒になり、ジャンキーとして、どん底の日々を送っていたオリバー・ストーン(1946-)が本作の脚本を担当しました。
『暗黒街の顔役』(1932)の設定をキューバ難民に変え、さらにコロンビアに乗り込み徹底的に命がけの取材をしたオリバーは、自身のコカイン中毒を克服するために当時の奥さんとパリのアパートにこもりっきりで脚本を仕上げました。この脚本は、オリバーのコカインに対する復讐心が生み出した結晶とも言えます。
しかし、当初監督に決まっていたシドニー・ルメットは、その脚本のあまりの毒々しさに降板しました。そして、この脚本が気に入ったブライアン・デ・パルマが、『フラッシュダンス』(1983)の監督をわざわざ降板して、やって来たのでした。
さてオリバーは、まず小金を得たチンピラが何を買い求めるか考えました。その時に思い浮かんだのが、見栄え重視でサイジングは無視した派手なスーツの三つ揃えでした。
つまりこの作品は、とことんまで無教養・悪趣味な男の成り上がる様を描いた作品であり、到底、後世に影響を与えるようなファッション・センスなど存在するはずもない作品でした。であるにもかかわらず、リミッターを振り切った男トニー・モンタナと妻エルヴィラのスタイルは、なんとタイムレスなファッション・アイコンになったのでした。
『スカーフェイス』のファッション史における、特異性は、決してモードではない成り上がりファッションに対して、黒人、ヒスパニック系、アジア系の若者たちがアンチ・ファッションとして敏感に反応し、それがストリート・ファッションへと昇華していったところにあるのです。
トニー・モンタナのファッション4
ディスコ・シャツ
- ピンストライプのブルースーツ、ストロングショルダー、3ピース、ノッチドラペル、オーバーサイズ
- 白地に70年代風の長い襟のディスコシャツ
- 黒のヒールブーツ
作品データ
作品名:スカーフェイス Scarface (1983)
監督:ブライアン・デ・パルマ
衣装:パトリシア・ノリス
出演者:アル・パチーノ/ミシェル・ファイファー/スティーヴン・バウアー/ポール・シェナー
- 【スカーフェイス】トニー・モンタナ帝国とアル・パチーノ
- 『スカーフェイス』Vol.1|アル・パチーノとアル・カポネ
- 『スカーフェイス』Vol.2|アル・パチーノとアロハシャツとチェーンソー
- 『スカーフェイス』Vol.3|トニー・モンタナと世界で最も薄い高級時計
- 『スカーフェイス』Vol.4|トニー・モンタナと『白と赤の美学』
- 『スカーフェイス』Vol.5|アル・パチーノ=トニー・モンタナ愛用香水
- 『スカーフェイス』Vol.6|アル・パチーノのトニー・モンタナ伝説
- 『スカーフェイス』Vol.7|ミシェル・ファイファーのショートボブ
- 『スカーフェイス』Vol.8|ミシェル・ファイファーのディスコ・ドレス
- 『スカーフェイス』Vol.9|ミシェル・ファイファーの元祖ウェイフルック