この作品の名は、「夏木八犬伝」。
1983年当時、薬師丸ひろ子(1964-)は、日本映画界で最もお客様を呼べる存在でした。そんな彼女がはじめて角川映画の正月の超大作に出ることになったのです。その作品の名を『里見八犬伝』と申します。それは製作者である角川春樹(1942-)が10年前から「復活の日」と共にいつか映画化したい原作と考えていた、滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』を基にしたものでした。
「『里見八犬伝』は、日本人のロマンである」と春樹イズム特有のブラッフを利かせながら、どの時点から計算したらそうなるのかは謎ではあるが、「角川映画十年の総決算である」とまで言い放ったのでした(角川が映画製作に乗り出したのは、1976年の「犬神家の一族」から)。そして、監督として、4作目の角川映画となる深作欣二(1930-2003)が起用されました(これが最後の角川作品になった)。
脚本は、『戦国自衛隊』(1979)、ドラマ『金曜日の妻たちへ』(1983)で脂の乗り始めていた鎌田敏夫(1937-)です。本作を脚本するにあたり角川春樹が彼に希望したのは、「『南総里見八犬伝』をベースに、『レイダース』『スター・ウォーズ』『アメリカン・グラフィティ』の要素を入れてくれ」という、つまりは今までの日本映画にはない、エンターテイメント大作を作ろうというコンセプトでした。さらに脚本に深作欣二が加わり、「魔界転生」的なおどろおどろしい世界観が加えられたのでした。
さて、問題は薬師丸ひろ子のために創造された、原作にはない静姫でした。この役柄が、明らかに「スター・ウォーズ」のレイア姫のような〝勝気で、自らも戦闘に加わる〟新たなるお姫様像でありたいと、考えられながらも、どこかピントのずれたお姫様像に終始したのは、薬師丸ひろ子の女優としての性格と脚本の幼稚さから生まれた不幸でした。
更に、主題歌を歌わない薬師丸ひろ子は、完全に両翼を奪われた存在となったのでした。そんなヒロインの欠けた超大作から、ダースベイダー的な役割によって、そのヒロインの座を奪い去った30路の女優をここに紹介しましょう。
その名を夏木マリ様と申します。彼女は、物語開始早々に登場する玉梓を演じました。そして、このお方が画面上に現れた瞬間、この作品は、夏木マリ様の妖艶さを堪能する作品となり、里見八犬伝は、夏木八犬伝へと転生したのでした。
玉梓=夏木マリ様=日本の「クレオパトラ」の誕生!
素藤(もとふじ)、これだけは覚えておおき、この世で一番自分が強いと思った時から、もう滅びへの道が始まるのだよ。
玉梓=夏木マリ様の名言。
それは花魁のようでもあり、大奥のようでもあり、『魔界転生』のジュリーのようでもあり、クレオパトラのようでもありました。そんな豪華絢爛な衣裳に負けないことが玉梓(たまずさ)という役柄に生命を与えることの出来る女優の第一関門でした。
更に第二関門として、魑魅魍魎のようでありながら妖しい魅力を放つメイクが施されても違和感のない顔立ち。更に更に、最後の関門として、男たちを率いる一軍の将としてのカリスマ性を生み出す存在感が求められました。
つまりは、女性でありながら、妖怪であり、しかも、圧倒的な美しさを誇り、息子と愛し合い、無敵で、男たちを率いて、酒池肉林と暴虐の限りを尽くしそうな雰囲気を漂わせることの出来る女優でなければ、玉梓に生命を吹き込むことは出来ないのです。そして、夏木マリ様は、そんな時代劇史上最も難しい役柄を見事に演じあげたのでした。
この作品が、里見八犬伝として成立し得たのは、間違いなく夏木マリ様の存在によってです。もし、彼女の存在がなければ、真田広之と千葉真一、志穂美悦子が活躍するジャパン・アクション・クラブ映画に薬師丸ひろ子が出演していたという程度の代物になっていたでしょう。
玉梓ルック1
ジャパニーズ・クレオパトラ
- 炎の形をした黄金の王冠、左右にはビラかんざしのような飾り、英語風に言えばかなり豪奢なヘッドドレス
- 襟巻きのついた黄金の打掛、お引きずり、裏地は真紅
- 黄金の帯
- 紫の長襦袢
- シャンパンゴールド色の大口袴
- 脇差と扇子
- シルバーのヒールパンプス
最も玉梓に近かった女?=犬坂毛野=志穂美悦子
彼女こそが、本作において、玉梓に次ぐ「里見八犬伝」の世界観を体現していた女優です。その人の名を志穂美悦子(1955-)と申します。京都大覚寺の広沢池に浮かぶ嫁入り船のシーンで、志穂美悦子様扮する犬坂毛野が登場します。
抜群の運動神経でキビキビと動く身体を包みこむそのカラフルな和装がとても美しいです。ちなみに毛野という役柄は、男性であり、今でいうトランスジェンダーなのです。だからこそ、「誰からも愛されず、誰も愛さない」という悲しい存在なのです。
印象の薄いサニー千葉=これはこれで正解。
本作における千葉真一(1939-)は、全身を白装束で包み込む山伏の衣装の影響もあり、かなり印象の薄い役柄でした。しかし、その衣裳は、サニー千葉の本当のパワーを制御する役割を果たしていたともいえます。
ここで自分が目立ってしまうと、真田広之が目立てないと言う親心を感じさせるところに、千葉真一という俳優の男っぷりをひしひしと感じます。
1970年代末から1980年代はじめにかけて日本の映画界を引っ張ってきた一人として、千葉真一の存在は、高倉健に匹敵するものがあります。
当時の真田広之なら「ドラゴンボール」が映画化できたはず
この時代の真田広之(1960-)ほど、カムイ服(「カムイ外伝」のカムイが着てる服)の似合う俳優は存在しないでしょう。そして、当時の彼ほどに、ドラゴンボールの孫悟空を演じるとハマりそうな俳優もいませんでした。
今、こういった作品が撮影できないのは、真田広之のような三拍子揃ったスターが存在しないからでしょう。
作品データ
作品名:里見八犬伝 (1983)
監督:深作欣二
衣装:森護/豊中健/山崎武
出演者:薬師丸ひろ子/真田広之/夏木マリ/志穂美悦子/岡田奈々/京本政樹/千葉真一