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作品データ
作品名:女が階段を上る時 (1960)
監督:成瀬巳喜男
衣装:高峰秀子
出演者:高峰秀子/森雅之/仲代達矢/淡路恵子/団令子
女性が最も美しい瞬間。それは女性が階段を上る時。
ビジネスガールが帰る頃、銀座へプロが出勤してくる。・・・そして夜が来る。私は階段を上がる時が一番イヤだった。
矢代圭子(高峰秀子)
今の日本人女性の美しさに、ある要素を足していったならば、もう怖いものはないと思わせるもの、それは着物を知ることです。たとえ着物を着る事がなくても、その和色や和柄の独特なコーディネート、乱れてもなお美しいドレープが生み出す〝世界中の女性をうっとりとさせる衣〟=着物を着用している昭和の女優の映画を見ていると、その要素は磨きこまれていきます。
フランス人は、浮世絵に描かれた女性画を見て、その画の中の今まで見たことのなかった女性美にひきつけられました。着物とは、正確にファッション定義すると洋装で言うところのドレスです。このことを忘れた日本人女性から失われたものは何だったのでしょうか?
今、日本に世界中の人々が訪れています。特に京都において、着物を着た日本人女性や外国人女性が増えています。それはそれで良いことなのですが、ただ「見せかけキモノ」を着た人々が目につきます。着物とは、衣です。生地です。そして、姿勢と所作です。これらが三位一体となり、女性の美しさを演出する装いなのです。そんな着物の持つ真実の力を容易に私たちに伝えてくれる作品、それが本作『女性が階段を上る時』なのです。
衣裳担当:高峰秀子様。
ママのその着物素敵。ママって本当によく縞が似合うのね。
純子(団令子)最後にママを出し抜き、ママの常連客の愛人となり店を持つ。
銀座のママ・ルック1
- 江戸好みの縞模様の着物
- 黒レースのショール
- 黒レースの手袋
- ガマ口の黒バッグ
- 変わった柄の帯
女優さんにしても、かつての高峰秀子さんや原節子さんは、プロ意識が高かった。何よりまず台詞がしっかりしている。基礎訓練をちゃんと積んでいるわけです。そしていちばん大事なことですが、自分の美意識を持っている。
仲代達矢
昔の日本映画を見る歓びの一つに、着物を着る事が特別ではなかった時代の女性の〝粋〟を感じ取れる歓びがあります。画面から感じ取る空気感。とくにその台詞の歯切れのよさ。そこには「失われつつある日本女性の美」があります。新しいものをスマホをいじくりながら自分に取り入れていくことはオシャレかもしれませんが、〝粋〟ではありません。〝粋〟な女に必要な要素。それは「昔の女性の魅力」を自分の中に取り入れていくことなのです。
共演者でマネージャー小松を演じた仲代達矢が「美しいだけじゃない、きれいだけじゃない、それから、かわいらしいという要素を削いだ女優」と称え挙げる女優・高峰秀子様。ちなみにこの作品の衣裳を担当したのは、秀子様自身でした。一人の女優がそこまで本気で着物と向き合った作品が他にどれだけ存在することでしょう。そういった意味においても、この作品は、〝日本人女性の着物の着こなし〟を知るためのバイブルと言っても過言ではない作品なのです。
本作を象徴する着物=バイカラー・キモノ。
私は新しい店に移った。スズカケの葉は残り少なくなっていた。
矢代圭子(高峰秀子)
銀座のママ・ルック2
- 無地と縞を片身替わりのように仕立てた着物
- 金糸の帯
11時半から12時、この界隈で働く1万5~6000の女性がドッと家路に就く。車で帰るのが一流。電車で帰るのが二流。客とどこかへしけこむのが最低だ。
矢代圭子(高峰秀子)
銀座のママ・ルック3
- へちま衿(ショールカラー)のコート
- ボーダーの着物
アパートへ帰ると、殺して飲んでいた酒の酔いがいっぺんに出る。
矢代圭子(高峰秀子)
本作の高峰秀子様が最も魅力的だと思われるシーンが以下のセリフの時です。「ぎゅっと奥歯を噛み締めてね。だからほら長い間にこんなに減っちゃったわ。」といって、団令子様に向かって口をあ~ンとあける時の秀子様のかわいらしさ。桃井かおり様や秋吉久美子様の先駆けとも言えるけだるさを表現させたらぴか一なその存在感が一転するアイドル級のかわいらしさのギャップ。秀子様の魅力とは、どんな役柄さえも自分のものにしてしまう魅力があるのです。