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【シャネル】N°19(No.19)(アンリ・ロベール)

シャネル
©CHANEL
シャネル
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N°19(No.19)

原名:N°19
種類:パルファム
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1970年
対象性別:女性
価格:15ml/40,700円
公式ホームページ:シャネル

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ココ・シャネルのプライベート・フレグランスという伝説

モデル:ジーン・シュリンプトン、フォトグラファー:リチャード・アヴェドン、1974年 ©CHANEL

モデル:Princess Mara Ruspoli、1975年 ©CHANEL

1986年 ©CHANEL

1954年に私がマドモアゼル・シャネルと初めて会ったのは、カンボン通りにある彼女の素晴らしいサロンだった。彼女はいつも帽子をかぶって、ほとんど香水のことしか話さず、No.5をどのように作ったかを説明してくれました。No.5の制作秘話は明らかに作り話だったが、技術的にインスパイアされたふりをしました。

アンリ・ロベール

香水史上グリーンノートの人気はホップステップジャンプの三段階で上がってゆきました。まず最初に、ゲランの「夜間飛行」(1933)がその扉を開き、カルヴェンの「マ グリフ」(1946)とバルマンの「ヴァン ヴェール」(1947)が若い世代に向けて解き放ち、シャネルの「N°19」が決定的なものにしました。

N°19」は、ガブリエル・ココ・シャネル(1883-1971)が存命中に生み出された最後のシャネルのフレグランスです。

シャネルの二代目調香師アンリ・ロベールにプライベート・フレグランスとして調香させたという話は、シャネル自身が「スーパー・シャネルN°5」と呼んだ赤いラベルの違法な香水「マドモアゼル シャネルN°1」の処方を手直ししたものがこの香りであるという伝説から、さらに尾ひれがついて広まった二重の伝説です。

真実は、1939年にクチュールハウスを閉鎖し、15年の沈黙を破り、1954年2月5日にシャネルを復活させた、当時71歳のマドモアゼル・シャネルにとって、『シャネルの凱旋』を飾る新しいフレグランスを誕生させることが宿願でした。

しかし、彼女以外は、誰もが、新作がN°5のブランドイメージに悪影響を与えるのではないかと乗り気ではありませんでした。もしN°5よりも優れた、あるいは現代的な香水が誕生すれば、N°5の人気を奪ってしまうだろうし、人気のない香水が誕生した場合は、ブランド全体のイメージダウンは免れません。

年月が経つ中、アンリ・ロベールは、膨大な試作品を作っていました。1965年にパルファム・シャネルの最高責任者であるピエール・ヴェルテメールが死去し、もはやマドモアゼル・シャネルの新作への情熱を止めることが出来る人は一人もいなくなりました。

一方で、1968年に10年に渡る交渉が実り、1969年にマドモアゼル・シャネルの生涯をブロードウェイ・ミュージカルにした『ココ』が上映され、大成功を収めました。キャサリン・ヘプバーンがココ・シャネルに扮したこのミュージカルにより、シャネルは再びアメリカで一大ブームを巻き起こしたのでした。

ついに時が来たのです!新しいフレグランスの発売が決定しました。

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ガルバナムとアイリスの奇跡の組み合わせ

1981年 ©CHANEL

1986年 ©CHANEL

シャネルのアイリス畑 ©CHANEL

アンリ・ロベールが最初に生み出したグリーン・フローラルの香りは、1936年にコティのために調香した「ミュゲ デ ボワ」でした。

その経験をもとに、彼はマドモアゼル・シャネルの新作のために、ガルバナムの攻撃的なシャープさを抑えるために、イランイランや柑橘系の香りを組み合わせることにしました。

そしてド・レール社で働いていた頃に作ったスズランのベース、コロリアンにより、ミドルノートにも豊かなグリーンの輝きが残るようにしました。さらに「ニュイ ド ノエル」(1922)で脚光を浴びたモスのようなベース〝ムース ド サックス〟を使用し、天然のローズドゥメとジャスミンを混じり合わせました。

〝ムース ド サックス〟とは、リコリス、レザー、ヨードチンキが合わさったような強烈な異様な匂いのため長らく誰も飼い馴らせなかった合成香料イソブチルキノリンに、イオノン、バニリン、ゼラニウム油、アニス油、ネロリ油などを混ぜ合わせて作られパウダリーな質感です。

極めつけとして、飼い慣らすことが大変なグリーンノートを、素肌の上で飼い馴らすためにロベールがチョイスした香料が、フィレンツェ産のアイリスパリダでした。

そしてパウダリーグリーンの香りに魂を吹き込むために、メチルセドリルケトンと天然のサンダルウッドとガイアックウッドにベチバーとシダーを加えました。さらにヴァイオレットに似たメチルイオノンを使って、ドライでウッディなベースとアイリスのハートをつなげました。

最後に高濃度のヘディオンを加え、花々に命を吹き込んだのでした。

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世界中の女性に対しての〝マドモアゼル・シャネルの香りの遺言〟

パティ・ハンセン、1977年 ©CHANEL

1983年 ©CHANEL

1983年 ©CHANEL

私がまだ発売前のこの香りをつけてリッツパリの前の通りを歩いていたとき、ふいに誰かの手が、私の肩の上に置かれました。そこには見ず知らずのアメリカ人の男性がいました。

そして、彼は単刀直入にこう言ったのです。「私は二人の友人と一緒にいるのですが、あなたの香りがあまりにも印象的で、気になったので尋ねてしまいました」と。この年で男性から声をかけられるのは、悪くないわよね。

ココ・シャネル

マドモアゼル・シャネルは、試作品が完成するたびに、全身にたっぷりとその香りを吹きかけ、メゾン内を歩き回り、販売員の女性たちの反応を待ちました。「あら、マドモアゼル、いい香り」と言われれば、大喜びし、何も言われないと激怒して、「これは嫌い」とか「あれは我慢できない」という言葉と共に、その試作品は容赦なく却下されました。

1970年8月19日、彼女が87回目の誕生日を迎えたその日に「N°19(No.19)」は完成しました。そしてその年のクリスマスに、スイスの(香水のセンスが良い人々が集まる)お店で、最初はひっそりと、約15年ぶりに登場したシャネルの新しいフレグランスがテスト販売されました。

自身の誕生日である1883年の獅子座の8月19日から、香水の名は、N°19と命名されました。そして、ジャック・エリュがデザインしたN°5のボトルに入れられました。同じボトルを利用することについては、全く議論はなく即決で決まりました。

この香水が発表された数週間後の1971年1月10日にマドモアゼル・シャネルは死にました。ガルバナムとアイリスが氷のように微笑むグリーンシプレの香りは、まさに〝最後のシャネルの香水=世界中の女性に対してのシャネルの遺言〟と言えます。

当初、この香りは「ココ」という名で販売される予定で、ラベルも注文されていました。しかし、最後の最後でマドモアゼル・シャネルは、その名を「No.19」としました。もしこの名で発売されていたなら、「ココ=孤高」という、最もこの香りの生み出すイメージを的確に言い表した名になっていたのかもしれません。

ビューティフル」(1985年)「サファリ」(1990年)「ディオール オム」(2005年)に強い影響を与えました。

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下手に扱えば火傷をさせる女になる、孤高のシャネルの香り

©CHANEL

1994年 ©CHANEL

アンリは調香しただけでなく、使用する天然香料の選別まで彼自身が行いました。なぜなら、彼は現代的な調香学校で勉強したわけでなく、職人のように調香師として鍛え上げられた人だったからです。

だからこそ、彼は想像を絶するほどに、天然香料の目利きが効く人でした。こうして厳選されたグレードのイラン産ガルバナムとフィレンツェ産アイリスの天然香料から作られたのがNo.19でした。

ジャック・ポルジュ

手を触れると壊れてしまいそうなはかなげな空気感がとても美しい〝ガブリエル・ココ・シャネル〟の最後の誕生日を祝ったこの香りは、ヒヤシンスのようなガルバナム(古代エジプトではミイラの防腐剤として使用されていた)の鋭くも生々しく湿ったグリーンの閃光に、シュワっと泡立つベルガモットとネロリが溶け込むようにしてはじまります。

すぐにオークモスとベチバーにより磨き上げられたイリスバターが、輝くガルバナムと遭遇し、うっとりするほどの酔わせるスモーキーグリーン×パウダリーフローラルなクールビューティーな香りで満たしてくれます。

そして暗黒の中でレザーが咆哮するようなイソブチルキノリンが加わり、マドモアゼル・シャネルの〝永遠に生きる遺言〟を全身で受け止めていくような、不滅の荘厳さに包まれてゆきます。

それはまるで大都会のアスファルト・ジャングルの中で、タイトなスカートスーツとスティレットヒールと隙のないメイクアップで武装した完璧な外見の女戦士たちが、草原の輝きを思わせるガルバナムの香りと共に、原始的な本能を目覚めさせていくようです。

光と同じくらいに闇に包まれた緑の世界のはじまります。そのフレッシュグリーンとダークグリーンの香りのコントラストがパウダリーなイリスバターにより絶妙な均衡を保っています。それは太陽によって輝く緑と、大地によって豊潤さを増す緑の香り方の違いが、ひとつのボトルに集約されていくようです。

通常ブレンドしない天然香料の組み合わせで生み出された香りです。

アンリ・ロベール

やがてイリスバターよりも更に高価なアイリス・アブソリュートが、類いまれなる〝魔法のアイリス〟の花の精となり、15%という贅沢な天然のローズドゥメ、甘やかなジャスミンを中心に、イランイラン、スズランといった温かな白い花のブーケを導き、緑の世界に彷徨いこんでくるのです。

花々を引き立たせるベチバーと、大量のヘディオンが、すべてに新緑の間から新鮮な山水が流れるような生命の煌めきを与えてゆきます。

アイリスにより甘くパウダリーに和らげられたグリーンノートの至福のハーモニーの中から水仙がはっきりとその存在を明らかにします。この瞬間が、あなたとマドモアゼルの精神が一体化する瞬間と言えます。さらにあれほど激しかったレザーの香りが、まるでシャネルの2.55バッグやバイカラーシューズのような洗練された香りとなってゆきます。

そして最後の味付けをするようにサンダルウッドとガイアックウッド、シダーウッドがムスクにかき混ぜられながら、まるで舞踏会で輪舞にあわせて踊るように、クリーミーかつスモーキーなエメラルドシャワーが、洗練されたステップを素肌の上で軽やかに踏み続けてくれるのです。

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嘘を真実に変える天才、ココ・シャネルが氷のように微笑む香り

1995年 ©CHANEL

オーレリー・クローデル、1998年 ©CHANEL

女性の中に潜む、知性とエレガンスの実を、素肌の上で踏みしめ、古代ギリシャの女神のようなオーラで満たしてくれる、手を触れると壊れてしまいそうなはかなげな空気感がとても美しい不滅のシャネルの香り。

嘘を真実に変える天才、ガブリエル・ココ・シャネルの女の一生を、我が身に焼き付けるように、氷のようなアイリスの微笑みを素肌の上で溶かしてゆくのです。

誰かの好意を待つことを止め、すべてを自分の手でつかむ時が来た日のためのフレグランスです。

1970年代から80年代のキャンペーンフィルム及びフォトによる「それは別の感情。それは別のシャネルです」「想定外のシャネル」「あけっぴろげなシャネル」「驚くほどの女子力」というスローガンが示すように、唐突に女性から男性にアプローチするというイメージの〝女性上位時代〟の到来を予感させる香りです。

シャネルにはN°5、N°18、N°19、N°22、N°46の5種類の「ナンバー・シャネル」香水が存在します(ただし、N°46はすでに廃版)。ちなみに現在のパルファムは、2000年頃に、再調香されたものです。

現シャネルの専属調香師オリヴィエ・ポルジュが、最も愛するシャネルの香りと言われています。

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香水評論家のこの香りに対するすごい喩え

「それは別の感情。それは別のシャネルです」と書かれている。レネ・ルッソ、1974年 ©CHANEL

1989年 ©CHANEL


1950年代にアメリカである実験が行われました。アカゲザルの赤ちゃんを、布で出来た代理母と、針金で出来た代理母によって育てていき、その生育を記録していくという実験でした。この実験を行ったウィスコンシン大学の心理学者ハリー・ハーロウは後に動物愛護の観点から非難されました。

「虐待されているサルの1匹1匹の背後には、それぞれ100万人もの虐待されている子どもがいる。もし、私の研究がそれを指摘することによって、100万人の子どもだけでも救えるのなら、実のところ10匹のサルのことなんてまったく気にならない」「生き方を学ぶ前に愛し方を学ばなければならない」という言葉を残したこの人の実験がこの香りについて評論で引用されたのでした。

タニア・サンチェスは『世界香水ガイド』で、「女性向けの香水の歴史をたどると、どうやら2種類の女性像がくりかえし現れる。ハリー・ハーロウの有名な実験にちなんで、それぞれを布の母、ワイヤーの母と呼んでみよう」

「布の母はやわらかく、抱きつきたくなるような存在で、ふくよかな胸とどっしりとしたおしりといった、女性の理想像。「フルール ド ロカイユ」「デッチマ」「アルページュ」といった、温かくクリーミーで、気の利いたクラシックなフローラルという表現が最適。愛らしく、すこし気骨さに欠けるため和やかで、このようなフレグランスは気に入られやすい」

「ところが過敏な母には角があり、優しさはなく、気丈で冷淡。つまりおそろしげで、頬もみごとにこけている感じ。過敏な母を代表する香水が(→ミス ディオールマ グリフエンヴィなど)、1971年に初めて発売されたN°19は、おそらくいちばんきつい香り」

「除光液のようなさえた揮発から、毒々しいほど美しいグリーンフローラルのミドルにいたるまで、とても印象的で、感心するほどの不協和音を奏でる(残念ながら、時間が経つにつれて強く香っていたレザリーシプレが今はなくなり、かわりに最近の「カレーシュ」がもたらすあっけないクライマックスに似た、清潔なベチバーへとかわっていく)」

「全体が白い花々と茂った緑樹、そんな春の引用をふんだんに入れている割には、N°19が「サウンド・オブ・ミュージック」の牧草地へさそってくれることもまったくない。それどころか、8cm近いスティレットヒールを履かされ、ペンのような細身のスカートを着せられたまま会議室から出してくれない。横柄で優しさを受け付けず、どこか人間味のない雰囲気を漂わせるこの風変わりな香水が魅了しているのは、冷酷さがどんなものか、一度だって知ろうとしない女性たちだ」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:N°19(No.19)
原名:N°19
種類:パルファム
ブランド:シャネル
調香師:アンリ・ロベール
発表年:1970年
対象性別:女性
価格:15ml/40,700円
公式ホームページ:シャネル


トップノート:グラース産ネロリ、ガルバナム、ヒヤシンス、ベルガモット
ミドルノート:グラース産アイリス・パリダ、ローズドゥメ、水仙、イランイラン、ジャスミン、スズラン
ラストノート:ムスク、オークモス、シダー、ベチバー、レザー、サンダルウッド、ガイアックウッド