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【ディプティック】ロートロワ(セルジュ・カルギーヌ)

ディプティック
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ロートロワ

原名:L’Eau Trois
種類:オード・トワレ
ブランド:ディプティック
調香師:セルジュ・カルギーヌ
発表年:1975年
対象性別:ユニセックス
価格:不明

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70年代のディプティックには魔法が存在しました


ディプティック創業初期の1975年に発売された「ロートロワ」は、ディプティックが1968年にはじめて発売したフレグランス「ロー」から数えて三作目の香りとして、セルジュ・カルギーヌにより調香されました。

「トロワ」とはフランス語で「3」を意味します。そして、その意味は、三作目と三人の創業者の両方の意味を持ちます。

ディプティックの3人の創業者のうちの2人であるイヴ・クロエンデスモンド・ノックス=リットは、60年代から70年代にかけて、ギリシャのペリオン山(ケンタウロスの故郷とも言われる)に、4年連続別荘を借り、アトス山への長いハイキングを楽しんでいました。

アトス山とは、エーゲ海に突き出したギリシャの3つの半島のうちのひとつアトス半島の最先端にそびえる山であり、20の修道院が集まる東方正教の聖山です。そして、政府より、修道院による自治が認められている宗教国家なのです(1988年に世界遺産に認定)。何よりもめずらしいのは、1406年以降、女人禁制となっており、女性は入国できません。

ある日、二人が心地良い疲労感の中で山頂に達したとき、そこにある女人禁制の修道院の岩壁のような概観に対して、まるで灼熱の太陽に対する天然のシェルターのように感じたのでした。

その修道院のドアを開けると、樹脂や、礼拝で焚かれたインセンスやミルラの香りが混ざり合うスパイシーでウッディな芳香で満たされていました。そこには時空を越えた神秘的な空気が充満していたのでした。

そんな神秘的な体験からインスパイアされ生み出されたのがこの香りです。そして、70年代のディプティックには魔法が存在したことを教えてくれる香りです。

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〝松・乳香・没薬〟の三つの要素を持つ香り


そんな「第三の香り」は、カンファーの金属音の軋みとシトラスの酸味を感じさせる機械文化を象徴するような香りからはじまります。そして、すぐに一転して、ギリシャのアトス山の中を、松の芳香に全身包まれながらハイキングする情景へと転換してゆきます。

機械音を全く感じさせない自然の音と自分の呼吸音と踏みしめる大地の足音、そして、擦れるリュックと上着の布音だけが支配する静謐なる空気に満たされています。オークモスが実に効果的なアクセントとなっています。

やがて、ローズマリー、タイム、マートル、オレガノ、月桂樹といった地中海のハーブが加わり、木漏れ日の差す明るさと素朴な草の温かさで包み込んでくれます。そして、一行は、山頂にある古びた修道院に到着するのです。

黄金色の蝋燭の光に赤い布地が広がる祭壇の頂上に3人の賢人のイコンと十字架が見えます。と同時に、樹から流れ落ちるようなミルラの温かい樹脂の香りが、潮風のようなラブダナム(ロックローズ)と混じりあいながら、キャラウェイをはじめとする数々のスパイス(クミン、クローブなど)によって織り込まれた爽やかな甘い魔法の絨毯の上に鎮座してやって来るのです。

ミルラとフランキンセンスのランデブーに、松、ハーブ、スパイスといった様々な要素が絡み合い、渾然一体となって天に昇るように、あなたの肌の上に転生してゆくのです。

それはある意味、乾燥したお香が、肌の温かさによって自然発火するような香りとも言えます。

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お香系フレグランスの先駆的存在


何よりもこの香りのフランキンセンスには、悠久の時の流れを感じさせる神々の黄昏があります。でありながら、天使と悪魔の戦いを連想させる闇の部分も確かに存在するのです。

ディプティックがニッチ・フレグランスの魁であると言われた理由が最もよく分かる香りのひとつです。それは「お香の香り」の原点のひとつであり、教会の扉を人類に向けて開け放った偉大なる瞬間なのです。

この香りからは、シトラス、フローラル、フルーツ、バニラの香りは一切しません。恐らく、ラルチザンの「パッサージュ ダンフェ」はこの香りから強い影響を受けていると思われます。そして、セルジュ・ルタンスの全ての香りのはじまりの前に立っていたのがこの香りだと言っても過言ではないでしょう。

まさに香水Perfumeの語源が、ラテン語のper‐fumum(煙を通して,煙によって)であることを思い出させてくれる香りであり、歴史上最も過小評価された、最も偉大なる香りのひとつです。

さらに言えば、この香りほど、ミルラ(没薬)がミルラという名のついた謂れを見事に体現した香りは存在しません。ミルラ誕生の物語は、ギリシャ悲劇の中にあります。

それはフェニキアの王女ミュラーが、その美しさにより愛の女神アフロディーテーの嫉妬を飼い、その息子であるエロスの矢により、父王キニュラースに恋するように仕向けられ、暗闇の中、近親相姦を犯してしまい、その事実を知った父王の怒りを買い、放浪するお話です。

そして、砂漠を放浪した果てにシバ(現イエメン)にたどりつき、行き場のない12歳のミュラーは、神の慈悲により、ミルラの木に変えられたのでした。そして、その木から誕生したのがアドーニスです。そんなミルラの涙=湿った樹脂の香りが最も純粋に感じられる香りなのです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ロートロワ」を「乳香」と呼び、「乳香はすばらしい香りで、長きに渡り使われてきた。ロートロワはほとんどが乳香であり、すばらしい香りだ。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:ロートロワ
原名:L’Eau Trois
種類:オード・トワレ
ブランド:ディプティック
調香師:セルジュ・カルギーヌ
発表年:1975年
対象性別:ユニセックス
価格:不明


トップノート:ローズマリー、マートル
ミドルノート:ミルラ、キャラウェイ
ラストノート:パインツリー(松)、伽羅インセンス、ミルラ