シプレ
原名:Chypre(Le Chypre de Coty)
種類:オード・トワレ
ブランド:コティ
調香師:フランソワ・コティ
発表年:1917年
対象性別:女性
価格:不明

ロシア革命が勃発し、マタ・ハリが処刑された年、誕生した香り。

フランソワ・コティ
フランソワ・コティは真のチャンピオンでした。彼は香水をラフなスケッチからアートに変えた黒幕と言って良いでしょう。「ロリガン」と「シプレ」(1917)は、香水を芸術の領域に高めた二大マスターピースだ。
さらに彼は、香水産業において最初の販売のプロフェッショナルだった。香水名、ボトル・デザインや包装、プロモーションにも革命を起こした。
エドモン・ルドニツカ
16世紀半ばから〝香水〟が文化として定着していったフランスにおいて、1882年にウビガンが「フジェール ロワイヤル」を発表するまで、すべての香水はアルコールベースであり、ほとんどの香水は花や植物の名を冠したものでした。
19世紀に入り、ソリフローレとフローラルブーケを抽象化した芸術的な香りが流行しました。そして、その頃まで使用されていたのは100%天然香料でした。それはとても手間と費用がかかるアンフルラージュ(冷浸法・温浸法)と蒸留法によって採られたジャスミンやチューベローズ、ローズなどの精油や樹脂によって作られていました。この二つの方法で生み出された香水の欠点は、ナチュラルではない平坦な香りになることでした。
やがて、この時期に起こる産業革命により、交通手段の発展と新しい抽出法(蒸気を使用した蒸留法と、揮発性溶剤による香気成分の抽出=アブソリュート)により希少な天然香料が手に入るようになり、さらに合成香料の発明、ガラスの工業生産による豪奢な香水瓶の普及により、香水文化は未曾有の興隆を迎えることになるのでした。
近代香水の基礎を築く三人の巨人のうちの一人であるフランソワ・コティ(1874-1934)は、20世紀初頭、40年以上に渡り、香水帝国を築き、皇帝として君臨することになりました。1900年まで香水の知識が一切なかったフランソワ・コティは、親友の薬剤師レイモン・コレリーの薬局で販売しているオーデコロンの制作に協力したことから、香水の魅力に取り付かれていきました。
フランソワは、1902年にアントワンヌ・シリス社のグラースの工場を訪問し、一年間この工場で香水について学ぶ機会を与えられることになりました。その後、パリに戻り、1904年に創業し、翌1905年にコティ初のフローラル・オリエンタル(フロリエンタル)の香りである「ロリガン」を発売しました。この香りは、ゲランの「ルール ブルー」(1912)に強い影響を与えました。
12年の時が過ぎ、1917年に香水業界に革命を起こす香りをコティは発売することになりました。「シプレ」の誕生です。この香りから〝シプレ〟という香調が誕生することになりました。
この香りは、フランソワが幼少期を過ごしたコルシカ島の地中海に面した糸杉の木々が生い茂る森への郷愁に触発された、アンバー調のオークモスの香りでした。
1917年『シプレ革命』勃発する

©COTY

1922年、パリ、ヴァンドーム広場のコティ香水店。現在、この場所にはルイ・ヴィトンの店舗が入っている。©COTY
シプレは、人を本能的に惹きつけ、肌になじむ香調です。しかしいざシプレを説明して下さいと尋ねられると困りませんか?ウッディとかフルーティーについての説明は簡単ですが、シプレって色々なものが混ざり合っているのですごく複雑なんです。
それはフレンチに例えるとベアルネーズソースと同じです。シプレとは複数な要素が混ざり合ったものなのです。シプレになるためには、フレッシュでなければなりません。つまりトップノートは必ず柑橘系です。そしてシプレに伝統的に使われるローズとジャスミンの要素も必須です。オークモス、パチョリ、そしてシスタスも必要です。これがシプレーを作るために必要なフォーミュラなのです。
クリスティーヌ・ナジェル
シプレって何?
このごろの香水会社は、パチョリとアンバー、あるいはオークモスを少しでも含んでいれば何でもシプレと呼びたがる。でも本来のシプレ(地中海の島国キプロスに由来する)はコティの元祖「シプレ」に連なる香りをさす。
元祖「シプレ」が手に入らなければ、代わりに2008年以前の「ジバンシーⅢ」「ミツコ」 シャネルの「プール ムッシュウ」 を別々の紙にスプレーして15分待つ。この3つに共通する苦みとインク様のグリーン(オークモス)、スイートアンバーのアコードが本来のシプレだ。これをベースに、フローラルシプレ、フルーティシプレ、ウッディシプレなど、多彩な香りがつくられる。
今はアレルゲン(オークモスもその1つ)の使用規制が厳しいので、オークモス抜きでシプレをつくろうという動きもある。それなりの香りができはするが、やはり本来のシプレとは違う。伝統的なシプレ香水でも、最近は処方を変更してオークモス抜きにした製品がある。一方で、天然のオークモスからアレルギー物質だけを除去する研究も進んでいる。その成果を確認できるまでは、今あるシプレを大事に蓄えておくしかない。
『世界香水ガイドⅡ』タニア・サンチェス
シプレとは、フランス語で「キプロス」の意味です。地中海の美しき島・キプロス島(四国の約半分の面積)は、愛と美の女神アフロディーテの伝説上の誕生地です。
この島は東方からの香料貿易の中心地であり、オークモスで香り付けされた革手袋でも有名でした。さらに言うと、紀元前2000年に遡る、世界最古の香水工場が見つかった場所でもありました。
十字軍の時代に、生涯の大部分を戦闘の中で過ごしたイングランド王、リチャード獅子心王(1157‐1199)は、1191年にキプロス島を攻略し、キプロス王国を作り征服しました。そして豊富な香料植物の産地(シスタス・ラブダナム、アイリス、オークモスなど)であるこの地で作られていた「オードシプレ」をヨーロッパに持ち帰りました。
このシプレをコルシカ島出身の調香師フランソワ・コティが、天然香料と合成香料の絶妙なブレンドで、モダンに復活させたのが「シプレ」です。シプレの香りの特徴は、ベルガモットの爽やかさとオークモス、ラブダナム、パチョリの温かみを対比させるところにあります。
実際の所、コティの「シプレ」は、オークモスを初めて使用した香りではなく、シプレの名称を過去に用いた香りはゲランの1850年代の香り「オードシプレ」「シプレドパリ」(1909)、ドルセーの「シプレ」(1912)などたくさん存在します。
この名称が流行したのは1890年代、ロジェ・ガレ、ルバン、アトキンソンといったブランドが製品ラインナップにシプレを加えた頃です。しかし実際はフゼアに近いものでした。
現代のシプレという香調が確立したのはコティの「シプレ」からであり、オークモスの力強く土臭い香調を、過剰なベルガモットとジャスミンで調和させることで、男性と女性の要素を最も巧みに融合させることに成功し、彼は新たな香調を生み出すことになりました。
現代のシプレの香調は、1917年にフランソワ・コティによって確立され、1919年にジャック・ゲランが「ミツコ」で完成させた。
ジャン=ポール・ゲラン
背中の大きく開いたドレスを着ているような、他人を引き込む香り

1948年 ©COTY

©COTY
フランソワ・コティは、合成香料を単なるアクセントとして使用するのではなく、調香における主要な和音として創造的に用いた初めての調香師でした。
ギ・ロベール
1917年に発売されたコティの「シプレ」は、時に「シプレ ロワイヤル」または「シプレ ド パリ」と呼ばれています。いずれにしても21世紀においても影響を与え続けている『シプレ革命』を起こしたこの香りは、ロシア革命が勃発した年でありマタ・ハリが処刑された年、そして第一次世界大戦が終結する一年前に誕生しました。
レボリューション・イヤーに誕生したこの香りについてフランソワ自身が「鼻で味わうオークモスのスープ」と表現したように、苦くてスパイシーなベルガモットがより激しくドラマティックに素肌に弾けていくように、オレンジとレモンとスパイスが加えられています。
この最初に立ち上る明るく軽やかな壮大なるファンファーレと共に、ジャスミンを主役にアイリス、ローズ、カーネーション、ライラック、イランイランといった花々が素肌を彩るように咲いてゆくのです。
と同時に、それらを覆い尽くすオークモスを中心としたシベット、パチョリ、インセンス、ムスク、スティラックスといった香りが、まるで、都会的で知的な女性が、背中の大きく開いたドレスを着ているように、ヌード以上にそのボディラインを感じさせるように、艶やかで闇のある華やかさと他人を引き込む強さを与えてくれるのです。まさに誘惑するよりも魅了する香りです。
「シプレ」が革命的だったのは、オークモスにひかりごけのような、しなやかで弾力のある煌めきを与えるために、史上初めてイソブチルキノリンという香料化合物を大量に用いました。そしてフレッシュなベルガモットでバランスを取ることにより、かつて誰も嗅いだことのない香りを誕生させました。
この香りは、今まで天然香料でのみ作られていたシプレ香水がかなり高額だったため、お金持ちしか購入できなかったという呪縛から、安価な合成香料を使用することにより、解き放ったことにより、大成功を収めました。そしてコティは、一年足らずで億万長者になりました。クラーク・ゲーブルが愛用していた香りと言われています。
やがて時代は過ぎ、1950年代から60年代にかけて、オリジナルに忠実なコティの「シプレ」は廃盤となりました。そして1986年に再解釈され、全く別の香りとして復活しました。
それは華やかだが、しかし大柄で気むずかしいジョーン・クロフォードのようであり。 一緒にいたら神経がすり減ってしまいそうだ。
ルカ・トゥリン
香水データ
香水名:シプレ
原名:Chypre(Le Chypre de Coty)
種類:オード・トワレ
ブランド:コティ
調香師:フランソワ・コティ
発表年:1917年
対象性別:女性
価格:不明

トップノート:ベルガモット、アフリカン・オレンジ・フラワー、オレンジ、アマルフィ・レモン
ミドルノート:ジャスミン、アイリス、ローズ、カーネーション、ライラック、イランイラン
ラストノート:オークモス、シベット、パチョリ、インセンス、ムスク、スティラックス
