イディール
原名:Idylle
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ティエリー・ワッサー
発表年:2009年
対象性別:女性
価格:75ml/18,590円
公式ホームページ:ゲラン
「The New Guerlain」の広告コピーがすべてを物語る。
この香りは、ゲランの調香師になったばかりの私の〝喜びの歌〟でもありました。それはゲランの新作をはじめて作ることが出来る幸せとその愛を全世界で共有したいという思いの結晶でした。
だからこそ、この香りには、幸せが詰まっているのだと私は考えます。私が一番思い入れの強い香りです。
ティエリー・ワッサー(2016年のインタビュー)
ジャン=ポール・ゲランの後を継ぎ、2008年6月2日にゲランの五代目専属調香師となったティエリー・ワッサーが最初に選んだ主題は「ダナエ」でした。そして、彼は6月3日から作業を開始しました。
そして、その主題を香りにした名を、フランス語で〝牧歌、ロマンティックな愛、純愛〟を意味する「イディール」としました。
ギリシア神話における最高神ゼウスとダナエの官能的なラブストーリー(塔に監禁されたダナエに会うために、ゼウスは黄金の雨になり、その雨に打たれてダナエは妊娠した物語)にインスパイアされ生み出された香りです。
それはゲランというフレグランス界の最高神と私たちの純愛関係のような香りとも言えます。ゲランに愛され、その黄金の雨を全身に浴びる・・・ちなみに、2017年の(サービストークなしの)インタビューにおいてティエリー自身が最も気に入っている香りであると言及しています。
そして、ティエリーの調香師人生の中で、最も変更が加えられた香りでした。その変更の回数は、なんと650回だったのでした。
黄金の雨を、ローズにより導かれた春のフローラルシャワーにより生み出そうとした意欲的なフローラル・シプレーの香り。世界中でヒットし、特にロシアで爆発的なブームを生み出しました。
そして、〝薔薇の精〟の香りでもある。
乙女の夢がかすめる 閉じた瞼を持ち上げ
あなたがゆうべ舞踏会でつけていた 私は薔薇の亡霊
水遣りの銀の涙に まだ濡れていた私を摘み取り
あなたはきらびやかな宴の中を 夜じゅう私を連れ回した『薔薇の精』テオフィル・ゴーティエ
あまり知られていないことなのですが、「イディール」を調香するにあたり、ティエリー・ワッサーがインスピレーションの源とした詩の存在を忘れてはなりません。
テオフィル・ゴーティエの『薔薇の精』です。そして、1911年にこの詩を題材にしたバレエ『薔薇の精』が、バレエ・リュスにより上演されたのでした。ウェーバーの『舞踏への勧誘』の調べにのって、薔薇の精を踊るのはヴァーツラフ・ニジンスキーでした。
最上級の香料と調香で生み出す〝誰からも愛される香り〟
この香りの特徴は、〝はじめからローズ〟であるところです。さらに言うとラズベリーやライチの側面が強調されるようなフルーティー・ローズを、3種類のブルガリアン・ローズと(ジャン=ポール・ゲランが作り上げたオールドローズである)プレシ・ロバンソン・ローズのピリっとする(ワインのような)酸味をブレンドして生み出している所にあります。
そこに、パチョリとホワイトムスクによって生み出された、ゲランを象徴するようなシプレーが、ビロードのような甘いフリージアの背景と共に広がり、ローズに〝夢見るような〟温かみと官能の空気を与えてくれます。
やがて、(フレッシュグリーンな)スズランを中心に、(ハニースイートな)ライラック、ピオニー、ジャスミンといった春の花々がローズと溶け合うことなく、個々に協奏曲を奏でるように香り立ちます。
つまりは、全体的な春の花の香りを楽しみつつも、個々の花の持つ複雑な魅力も損なっていないところに、ゲラン帝国における後継者であるティエリー・ワッサーの真価が発揮されている訳なのです。
全身を駆け抜けるようなフレッシュな春風と共に、陽光の下で、小川がきらめき、小鳥がさえずり、昆虫ものどかに踊る、そんなフラワーガーデンを散歩しているような優しい気持ちで包み込んでくれます。
濃厚さよりも、空気のような軽さと、キレの良いサクサク感、ジャミーなジューシーさ、クリーミーな柔らかさの中に、フレッシュな花々の香りをシプレーに託した〝愛の夢〟を運ぶフローラルミストです。
重厚なルキノ・ヴィスコンティやミケランジェロ・アントニオーニの映画を鑑賞することが好きな教養人にとっても、ラブコメディーやスカっとするアクションムービーを見て心を解放するように、日常生活の中でとてもウェアラブルな〝心をフラワーガーデンに解き放つ香り〟です。
ナルシソ ロドリゲス フォー ハーともよく比較される香りです。
キャンペーン・モデルとして、フランスの女優ノラ・アルネゼデール(1989-)が起用されました。
幻の〝逆さヒール〟のオリジナル・ボトル
この香りをローンチするためにパリのゲランのブティックの販売員たちの前でプレゼンテーションを行いました。その時、彼らのほとんどが、「ゲランの香りがしない」と言いました。
結果的にこの香りはそれでも良かったのですが、その時私は、ゲルリナーデともっと真剣に向き合おうと決意したのでした。以後、すべての香りのバックボーンにゲルリナーデは存在します。
ティエリー・ワッサー
逆さハイヒールの形をしたオリジナルボトルをデザインしたのは、異色のデザイナー・オラ・イトです。
スプレーのチューブ(管)が見えない洗練されたボトル・デザイン・イメージは、黄金の雨であり、グスタフ・クリムトによる「ダナエ」(1907-08)です。この素晴らしい逆さヒールのボトルデザインは、2019年現在において、量産型ビーボトルに変更されています。
香水データ
香水名:イディール
原名:Idylle
種類:オード・パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:ティエリー・ワッサー
発表年:2009年
対象性別:女性
価格:75ml/18,590円
公式ホームページ:ゲラン
トップノート:フリージア、ブルガリアン・ローズ、ラズベリー、ライチ
ミドルノート:ジャスミン、スズラン、ピオニー、リリー、ホワイトライラック
ラストノート:ムスク、パチョリ