フラワー オブ イモータリティ
原名:Flower of Immortality
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2013年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/30,800円
桃源郷の世界へようこそ
キリアンから2012年に発表された「アジアン テイルズ —瞑想のような、東洋へのボヤージュ—」コレクションの第三弾の香りとして2013年4月に発売された「フラワー オブ イモータリティ=桃源郷~不老不死をもたらす花~」は、カリス・ベッカーにより調香されました(彼女が一番好きなフルーツらしい)。
ちなみに「アジアン テイルズ」は、グラマラスな香りのコレクションではなく、香りによってアジアの文化を感じ、平穏な気持ちに導き、〝香りの空想世界=非現実的な空間〟へと誘ってくれる香りのコレクションです。
「フラワー・オブ・イモータリティ」は、中国の陶潜(陶淵明)による『桃花源記』の中に現れる理想郷(桃源郷)を讃えて作られた香りです。理想郷でありながら、二度と戻れなかった場所。その場所を、香りによって再現し、ある意味、現実から逃避し、いつでも訪れるようにしました。
中国では、桃は仙木または仙果と呼ばれ、ピンクの花びらを持つ桃の花は、冬の終わりにしか開花せず、人間の魂を操り、不老長寿を与える植物と考えられています。
そのため、祝い事の際、桃の実をかたどった桃饅頭(寿桃)を食べる習慣があります。また、西遊記の中で、孫悟空が不老不死になるために盗んで食べたのも仙桃でした。
天国にいちばん近い〝白桃〟の香り
ファインフレグランスでピーチを使うのは本当にチャレンジです。なぜなら、ピーチの香りは容易にシャンプーのような香りになるからです。
カリス・ベッカー
香りによって桃源郷を再現しようとしたフルーティフローラルの香りは、幻想的なキャロットシードがふんわり甘く立ち込める薄靄からはじまります。すぐにその香りのみちびくままに薄靄の中に足を踏みいれた瞬間、すーっと薄靄が引き下がり、白桃(ホワイトピーチ)の花に包まれた楽園が開けてゆきます。天国にいちばん近い〝白桃〟の香りにようこそ。
ちなみに、この香りで使われているみずみずしい白桃のアロマは、ジボダン社の食品用のフレーバー部門で作られた香りです(本来フレーバーはフレーバーなので香料としては使えません)。
だからこそ、このピーチは毛のない完熟のネクタリンではなく産毛があり柔らかい皮を持つ、まさに私たちが連想する白桃そのものの酸味のある甘い香りで包み込んでくれるのです。
そんな白桃の産毛にそっと頬ずりするような感覚の中、フリージアとローズが注ぎ込まれ、酔わせるようなピーチ・シュナップスの香りへと変化を遂げてゆきます。
そして、アイリスがピーチ・シュナップスにパウダリーな浮遊感を与える中、ブラックカラントの酸味の効いたグリーンシャワーが白桃のみずみずしさを蘇らせ併せ持たせます。
やがて、トンカビーンとバニラ、ホワイトムスクがアイリスとピーチ・シュナップス×白桃に結びつき、目の前に確かに存在した〝白桃〟の存在がまるで夢幻のようであったように、息をのむような美しくも儚い甘い余韻と共に静かに消えてゆくのです。
この香りの特筆すべき点は、キャロットシードとアイリスを効果的にシンクロさせている所にあります。お互いに共鳴し合い、この世のものとは思えぬパウダリーさとアーシィーさを生み出しているのです。このような相性の良い香料の巧みに組み合わることこそが、何かを補い合ったり、単調な香りにしないための一流調香師の匠の技なのです。
キリアンとカリス・ベッカーのお言葉
Q:「フラワー オブ イモータリティ」が大好きだけれど、もっと美味しそう(グルメ)な香りにして欲しい!
キリアン:「フラワー オブ イモータリティ」をもっとグルメにするには、どうしたらいいんだろうね。とても繊細なピーチフラワーノートで、透明な風が桃の木の間をすり抜けていくようなものですから。
カリス・ベッカー:この香りも大好きだわ。昨日家族とも話していたけれど、この隔離期間中のお気に入りの食べ物の話になったの。ホワイトピーチがNo.1だったわ。とても美味しそうな香りで、アプリコットとカシス(カシスのシトラスノートを除いた)のコンビネーションは青くてジューシーで、フレッシュで同時にグルマンなの。
キリアン・ヘネシーのインスタライブにて
人工的という言葉とは全く無縁の〝本物の白桃に包まれた香り〟です。でありながら、アイリスとローズが、パリの洗練された空気を背景に漂わせているのがこの香りの魅力です。
岡山産の白桃を空輸で1万個運び、パリのファッション・ウィークのランウェイに生み出した〝一夜限りの桃源郷〟。エッフェル塔を背景にして、その中をファッション・モデルが歩いているような夢のようにエレガントなピーチの香りです。
それでいてキリアンの中でも唯一のスキン・パルファムと呼ばれる「ローリング イン ラブ」に近い要素を持つ香りです。それはこの香りの中で使用されているラクトン(アルデヒドC14)が、若い女性が自ら発するラクトンC10とラクトンC11という10代後半をピークに年齢とともに減っていくピーチ/ココナッツのような甘い香りとの相性が抜群なため、スキン・パルファムのように感じさせるのかもしれません。
トム・フォードの「ビターピーチ」との比較
最後に色々なピーチの香りと比較してみましょう。まず最初に、非常に人気のあるピーチの香りであるトム・フォードの「ビターピーチ」からはじめましょう。
こちらはその名の割に、ピーチの印象がほとんどありません。生のピーチを目の前で嗅ぐと、香りが絶え間なく鼻に入ってきますが、口に含めば香りはすぐに消えてしまう、そんな印象なのかもしれません。ラムやコニャックと組み合わされたピーチの果実酒も、たしかにずっとその果実の香りがするわけではないので、似たような感覚なのでしょう。
「官能的な気持ちの高まりを誘うピーチの香り」ということなので、リアルなジューシーさは気持ちを萎えさせてしまうという風に捉えているように思えます。
一方、「フラワー オブ イモータリティ」は、桃の花に囲まれた幻想的な安息の世界を生み出す香りとして作られているので、色気は必要ありません。ここにキリアンが香水愛好家の心をつかむ考えがあると思います。
つまり、セクシーな香りしか興味のない層(=ライト層)と、香水は色気だけではなく芸術として楽しむものと考える層(=マニア層)のどちらにもアプローチしているということです。そして、こちらにはアニマリックな香りはほとんど存在しません。それはピーチだけというより、白桃と白桃の花の香りに囲まれている香りがします。
他のキリアン・ピーチの香り及び「ミツコ」との比較
さてキリアンの香りの中には、ピーチの香りが多いのですがその筆頭として挙げられるのが、「フォービドゥン ゲームズ」と「プレイング ウィズ ザ デビル」です(香りだけで言えば、ピーチは使われていないが「グッド ガール ゴーン バッド」も)。
この3つの香りは誘惑の物語の香りとして作られているので、やはりどこかにアニマリックな香料が入っています。つまりトム・フォード寄りなのです。
「フォービドゥン ゲームズ」→ 蜂蜜がアニマリックな香りのキーです。ピーチに蜂蜜をかけた10代のピーチというイメージです。
「プレイング ウィズ ザ デビル」→ バニラとパチョリがアニマリックな香りのキーです。ピーチのデザートで、アイスが添えられたイメージです。20代から30代の妖艶さのあるピーチというイメージです。
ちなみに「ビターピーチ」は30代から40代の熟したピーチのイメージでしょうか。ラクトンが減ってきたからこそ、女性として別の色気が出てくる年代ですね。そもそもミルクっぽいニオイとは、乳臭いので、そういう意味では、ラクトンで若々しさを手に入れるというのではなく、その年齢に相応しい妖艶さ・魅力を引き出すという意味において、「ビターピーチ」は素晴らしいのかもしれませんよね。
そして、最も有名なピーチの香りであるゲランの「ミツコ」と比較してみましょう。もはやグラマラスとかどうのこうの言うのが憚られる孤高の存在であり、〝太陽に最も近いピーチ〟とでも呼びたくなる圧倒的な存在感があります。
ピーチ系の香りが持ちやすいチープさ・下品さが全く無く、〝目指す世界観の違い〟つまり格の違いを感じさせます。
香水データ
香水名:フラワー オブ イモータリティ
原名:Flower of Immortality
種類:オード・パルファム
ブランド:キリアン
調香師:カリス・ベッカー
発表年:2013年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/30,800円
トップノート:ホワイトピーチ、キャロットシード、フリージア
ミドルノート:アイリス、ブラック・カラント、ローズ
ラストノート:トンカビーン、バニラ、ホワイトムスク