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エルメス

【エルメス】ナイルの庭(ジャン=クロード・エレナ)

エルメス
©Hermès
この記事は約11分で読めます。

ナイルの庭

原名:Un Jardin Sur Le Nil
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2005年
対象性別:ユニセックス
価格:30ml/9,460円、50ml/14,520円、100ml/20,350円
公式ホームページ:エルメス

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元々「アマゾンの庭」だった、エルメスの「第二の庭」

©Hermès

どの香水の場合も、創造の瞬間はとても短い。かたちを整えるのに数ヶ月。庭シリーズ最初のふたつの香水のための旅、最初の何日かは、強い不安を感じた。だがそれはテーマをみつけられないかもしれないという不安で、商業的に成功しないかもしれないという不安ではなかった。最初のふたつの「庭」が成功したので、三つ目の香水は心穏やかに取りかかることができた。

ジャン=クロード・エレナ(以下、すべての引用は彼の著書『香水』から)

「庭」シリーズがスタートする前のエルメスは、「カレーシュ」(1961)「ヴァンキャトル フォーブル」(1995)といった定番の香りは存在するものの売り上げは芳しくなく、シャネルの香水部門の1/10程度の売り上げしか上げる事が出来ていませんでした(2003年のシャネルの香水の売り上げは12億ドルでした)。

そして、2003年にジャン=クロード・エレナが調香した「地中海の庭」が発売され、セールスが快調な中、2004年に正式にエルメスの初代専属調香師に就任することになりました。エレナは当時、57歳でした。

エレーヌ・デュブリュール

ヴェロニク・ゴティエ ©Giorgio Armani

いよいよエルメスの進撃がはじまります。香水のインターナショナル・マーケティング・ディレクターのエレーヌ・デュブリュールの決定により、矢継ぎ早に第二弾を発売することが決定したのでした。

当時のエルメスの香水部門の責任者ヴェロニク・ゴティエ(現ロレアル・グループのアルマーニ・ビューティーの最高責任者)は、「庭園」シリーズ第二弾を、エルメスの2005年の年間テーマの大河(Grand fleuve)に合わせ、「アマゾンの庭」で考えていました。

しかし、それが「ガンジスの庭」になり、エルメス社長ジャン・ルイ・デュマに相談し、最終的に「ナイルの庭」に決定したのでした。

そして、ゴティエはエレナにただ一言、「一回目はうまくいったんだから、二回目も同じように上手くいくわよね?」と確認したのでした。エレナにとって、この二作目の創造が、庭シリーズの中でも一番大変なものだったと回想しているほど、大変なプレッシャーの中で生み出されたのでした。

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「ナイルの庭」誕生の物語① エジプト上陸

エレナが滞在し、「ナイルの庭」の構想を固めたホテルオールドカタラクト。

「ナイルの庭」のテーマを選んだのは、アスワンのナイル川のなかの島の庭を散歩しているときだった。マンゴーの並木道、五月。マンゴーの木の枝は青い果実の重みでたわみ、果実が手の届くほど低く垂れていた。ひとつ、実をもいだ。花床から透明な乳液があふれ出た。鼻に持っていった。匂いに魅了された。樹脂、オレンジの皮、グレープフルーツ、にんじん、オポポナックス、社松、酸味のある匂い、甘い匂い、強い匂い、優しい匂いなど、匂いのイメージがあふれ出てきた。抗わず、感覚を愛撫されるままに、匂いを自分のものにする。この喜びと感覚を、私と一緒にいる人びとと分かち合いたい。こうしてテーマが決まった。

ジャスミン、オレンジ・フラワー、スパイスなどの香りは、西洋によって想像された東洋の神秘的な香りの中にエジプトを閉じ込めてしまう。だからこの散歩のもうずっと前に、私のコレクションからは除かれていた。

この庭を、紋切型ではない方法で物語りたかった。青いマンゴーの匂いが記号となり、ナイルの島の庭の象徴になった。あとになって、エジプトではこの果物のために年に一度のお祭りがあることを知った。

当初、エレナがイメージしたエジプトの香りとは、インセンス、ジャスミン、スモーク・ウッドのような重い香りでした。そういった香りと全く違ったものを生み出したかったエレナは、実際のエジプトの庭はどんな香りがするのだろうか?と期待を膨らませていたのでした。

そして、2004年5月に、「ナイルの庭」のイメージを固めるために、ゴティエ、デュブリュールと共に、エジプトのアスワンにある最高級ホテルオールドカタラクトの、ナイル川の見えるスイートに滞在したのでした。

ちなみに、このホテルこそは、アガサ・クリスティが滞在し、『ナイルに死す』(1978年と2022年に『ナイル殺人事件』として映画化)を書き、物語の舞台にしたホテルだったのです。

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「ナイルの庭」誕生の物語② 失望の植物園

ナバータート島

ナバータート島のアスワン植物園

到着した日、エレナは部屋の外にある優雅な木のポーチに座り、サハラ砂漠の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、今後の不安に押しつぶされそうでした。そして、この日はあまり眠れなかったのでした。

翌朝、三人は、ナバータート島にあるアスワン植物園に到着して、ほとんど花が咲いてないことにがっかりしながら、キンレンカやランタナ、アカシアなどの香りを嗅いだが、エレナがゴティエに「ここには私たちの物語はない」と言い、二人共、同意したのでした。

この時、エレナは内心、自分がエジプトに来る前に構想していたエジプトの庭からヒントを得るという望みを全く断たれ、途方にくれていたのでした。

お昼過ぎに、アスワンの街を散策した三人は、インドールの効いたジャスミン・サンバックをたくさん見つけたのですが、三人とも「今回の私たちの物語にインドールの出番はない」という合意に落ち着いたのでした。

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「ナイルの庭」誕生の物語③ 王家のグリーンマンゴー

フィラエ島

フィラエ島

ある朝、エレナ一行は、年季の入った木製のモーターボートでナイル川をクルーズしました。ナイル川は浅いところでは透明な黒色をしており、爽やかな葦の香りがします。

そして、クレオパトラの父プトレマイオス12世が築いたイシス神殿のあるフィラエ島で下り、ヌビアの村を訪れました。その道すがらで、エレナはグリーンマンゴーの木々を見つけたのでした。

豊かさと新鮮さが同時に感じられる、珍しい組み合わせのフルーツです。その香りははかなく、果実は木に実っているときだけ匂いを放ちます。そして、摘むと60秒もすれば、その香りは消えてしまうのです。

エレナはこの香りに魅了されました。そして、二人にグリーンマンゴーこそ私たちの物語の主役になりうるのではないかと提案したのでした。

デュブリュールは、グリーンマンゴーからアプリコットとグレープフルーツの香りを感じました。一方、ゴティエは、マニキュアの除光液のような匂いを感じました(グリーンマンゴーには除光液の有効成分であるアセトンが含まれています)。

二人から「香水にアセトンは入れないでね!」という条件の下でグリーンマンゴーを主役にする合意を得たのですが、エレナは「入れない」と約束しながらも「私は雷のような衝撃を与えるこの有機化合物を絶対に入れる」ことを決意していたのでした。「ただし、容易には感じ取れない方法で…」

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「ナイルの庭」誕生の物語④ 3つのサンプル

グリーン・マンゴー

フランスに帰国後、6月のある日、エレナは、ゴティエとデュブリュールに3つのサンプルを提出しました。AD2、AD1、AG3と書かれたそれぞれのボトルの内訳は、グリーンマンゴーからインスピレーションを得たもので、AD2が一番ロータスの香りが強く、AD1はよりウッディで、AG3にはマグノリアとたくさんのインセンスが入っていたのでした。

ゴティエの「AG3を断固拒否します!」の一言から、三人の最終会議ははじまりました。エレナは「すべてに、あなた方が想像もつかない香料を入れました」と言って微笑んでいました。デュブリュールの「パピルス?」という問いかけに「違う」と答えた後、「もしかして、ニンジンなの?」という彼女の問いかけに頷いたのでした。

実は、現地でデュブリュールがグリーンマンゴーを嗅いだとき、「これは野菜のにおいのするフルーツなのね!」とエレナに尋ねていたのでした。「そうです。ニンジンとグリーンマンゴーに共通する分子をあなたは嗅いでいるのです」とエレナは答えたのでした。

そして、いよいよエレナの肌の上に乗せてどのサンプルにするかを選択する段階になったのでした。その結果AD2が選ばれました。さらに、ジュースは着色しないことに決め、グラースのシムライズから間借りしている研究所に戻ったエレナは、7月10日の期日までに最終調整を終える指示を受けたのでした。

ローズを強く感じさせるロータスを調整し、オポポナックスを取り除き、グレープフルーツを少し弱め、グリーンマンゴーをより肌で感じるようにしてくださいとのことでした。そして、完熟マンゴーのようなティーンエイジャーが好みそうな香りを経て、ビターオレンジを1/3減らし、ラボラトリー・モニーク・レミー(2000年よりIFF社の傘下に入ったグラース最高の天然香料会社)の高価なインセンス(松の木の香りがする)とハニー・アブソリュートなどを加えたのでした。

最終的には30種類の材料で作られたこの香りが完成した後、2004年の夏の終わりにグラース近郊のコートダジュールを一望出来る村カブリに、エルメスの新しい香水ラボも誕生したのでした。

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汚れのない皮を連想させるグリーンマンゴーの香り

©Hermès

エレナが滞在し、「ナイルの庭」の構想を固めたホテルオールドカタラクト。

私の仕事はグリーンマンゴーの香りを再現することではなく、グリーンマンゴーのファンタジーを創り出すことです。

酸味の効いたグレープフルーツがスパークリングする中、まるで〝最も新鮮で青々とした甘い果実の、汚れのない皮を連想させる〟ように、グリーンマンゴーが、ナイル川を象徴するロータスのピオニーとヒヤシンスのようなみずみずしさと溶け合いながら、透き通るような甘さを広がらせてゆきます。ここにおられるのは、熟したマンゴーではなく、青々としたマンゴーなのです。

白いロータス(睡蓮)は、〝ナイルの花嫁〟と言われるほどに、年中ナイル河岸で咲いており、古代エジプトにおいては、最高神=太陽神の象徴でした。エジプト新王国第19王朝のファラオ、ラムセス2世(紀元前1303年頃-紀元前1213年頃)の墓から、青と白のスイレンの花片が発見されています。

すぐにトマトの葉と人参が加わり、グレープフルーツの苦味とグリーンマンゴーの甘みの中に存在するベジタブルの要素を引き立ててゆきます。そこにピリっとしたビターオレンジが加わり、グリーンマンゴーにだけ、更なるジューシーなフレッシュ感が加えられてゆきます。

やがてパウダリーなアイリスが、ロータスの中のピオニーの甘さを引き出しながら、松の木のようなインセンス、シカモアウッドと共に全身を柔らかく包み込んでゆきます。まさにこの瞬間、エレナの水彩画が肌の上でファンタジックに描き上げられてゆくのです。

のんびりとナイルの悠久のリズムを感じながらも、ヘディオン、アントラニル酸メチル、ネロリがマンゴーの香りを絶えず忘れさせない役割を果たしています。

格調高く、それでいて原始的で、清涼感を湛えている〝野菜と果実と木と水と土がそれぞれ淡いきらめきを肌の上で解き放つ〟ように肌と一体化してゆくのです。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ナイルの庭」を「ウッディ・フレッシュ」と呼び、「エルメスのハイレベルな要求に応えるため、エジプトの5つ星ホテルに重い足取りで向かう気の毒なエレナの姿がともに掲載された。雲をつかむような作業の果てに生まれたのは、メリハリのないぼんやりとした淡いグリーン系の香りだった。」

「最初は真新しいビニールのテーブルクロスのような匂いが少々。それから心地よい爽やかなウッディ調のドライダウンに落ち着く。」と3つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:ナイルの庭
原名:Un Jardin Sur Le Nil
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:ジャン=クロード・エレナ
発表年:2005年
対象性別:ユニセックス
価格:30ml/9,460円、50ml/14,520円、100ml/20,350円
公式ホームページ:エルメス


トップノート:人参、グレープフルーツ、トマト、グリーンマンゴー
ミドルノート:オレンジ、ピオニー、ヒヤシンス、ロータス、ショウブ
ラストノート:ラブダナム、アイリス、シナモン、ムスク、インセンス、シカモアウッド