【去年マリエンバートで】
Last Year in Marienbad / L’Année dernière à Marienbad 『二十四時間の情事』の鬼才アラン・レネ(1922-2014)が監督した〝難解な映画作品〟の奔りといえる歴史的傑作。三人の登場人物は名を持たず、その関係性もはっきりとは分からず、ストーリーもなく、シーン毎の時間軸もバラバラである。
「この映画全体が、実は説得の物語なんだ」ヌーヴォー・ロマンの旗手であったアラン・ロブ=グリエがシナリオを手がけ、まず4本の脚本を書き、それをバラバラにつなぎ合わせた。そのため出演者も自分が混乱したまま演技に臨まなければならなかった。
アラン・レネが「観客が参加することによって初めて完成する映画」と呼ぶこの作品は、ミュンヘンのシュライスハイム城とニンフェンブルク宮殿で厳寒の中、48日間かけて撮影されました。
1961年、ヴェネツィア国際映画祭金獅子賞を受賞のこの作品は、カサーレスの神秘小説『モレルの発明』と、黒澤明監督の『羅生門』に触発されて作られました。
本作品がデビュー作となるデルフィーヌ・セイリグ(1932-1990)の存在感も凄いのですが、その衣装のほとんどが現役バリバリのココ・シャネルがデザインしたものであることも話題になりました。
ロブ=グリエ曰く、シャネルのファッションごとに分ければストーリーを理解しやすくなる「非常に緻密に計算された作品で、曖昧さのかけらもない」とのこと。ちなみにこの作品は、「昨年」の5日間の出来事と「現在」の7日間の出来事が往還しながら筋が進んでいきます。
あらすじ
荘厳たるバロック様式のラグジュアリー・ホテルに集まる上流階級の人々の姿からこの物語ははじまります。謎めいた男M(サッシャ・ピトエフ)が見つめる中、イタリア訛りの見知らぬ男X(ジョルジュ・アルベルタッツィ)が若い女A(デルフィーヌ・セイリグ)に「1年前にマリエンバートで出会い、愛し合っていたこと」を伝えます。そして、夫と別れて一緒に逃げるよう説得しようとするのです。
この男Xは誘惑者、またはただの狂人なのか?それとも女Aが覚えていないふりをしているのか?いずれにせよ、女は少しずつ、まるで不本意であるかのように、譲歩していくのです。そして彼女は怖くなる。彼女は硬直する。彼女は、自分を見守ってくれている、夫かもしれないもう一人の男から離れたくないのです。
しかし、見知らぬ男が語る物語はますます現実味を帯び、抗いがたく、真実味を帯びてくるのです。現在と過去はやがて融合し、3人の主人公の間に高まる緊張は、ヒロインの心に悲劇の幻想を生み出してゆくのです。どうやら夫かもしれない男は、女が見知らぬ男に一年前に会っていることを知っているようなのだ!
記憶、嘘、現実、想像力、空想が、贅沢なビジュアルとサウンドに合わせて漂うのです。新しい映画を生み出すことに精力を傾けていたアラン・レネと、伝統的なロマンチックな美学を打ち破ることに熱心な小説家アラン・ロブ=グリエの二つの芸術的気質が結合したのでした。
ファッション・シーンに与えた影響
ココ・シャネルが戦後本格的に映画のために協力したこの作品がファッション史に与える影響は絶大です。間違いなくシャネルの現役販売員(勿論コスメも含めて)が一年間に最低一度は見て、シャネルの世界観に耽溺すべきでしょう。
はじまりから終わりまですべてと言いたいのですが、この作品がファッション業界に影響を与えたすべての要素を羅列していきましょう。それは以下の7点です。
- 三種類のリトルブラックドレス
- ボーイッシュなマリエンバート・カット
- 空を飛べそうなリトルホワイトドレス
- アイコンのバイカラーパンプス
- コスチュームジュエリーとパールジュエリーのスタイリング
- ジャガードスタイルについて
- フェザールックを極める
この作品だけでデルフィーヌ・セイリグは、〝永遠のシャネル・アイコン〟となりました。白鳥のように優雅に美しく、黒鳥のように悪魔的にグラマラスな、女性にとって、知ってはならない存在=禁断の果実なのです。〝究極のモード〟がここにいます。
作品データ
作品名:去年マリエンバートで Last Year in Marienbad / L’Année dernière à Marienbad (1961)
監督:アラン・レネ
衣装:ココ・シャネル
出演者:デルフィーヌ・セイリグ/ジョルジュ・アルベルタッツィ/サッシャ・ピトエフ