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ゲラン

【ゲラン】ジッキー(エメ・ゲラン)

ゲラン
©GUERLAIN
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ジッキー

原名:Jicky
種類:パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:エメ・ゲラン
発表年:1889年
対象性別:ユニセックス
価格:75ml/19,800円(オーデパルファン)
公式ホームページ:ゲラン

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「フジェール ロワイヤル」と「ジッキー」

サンローランのミューズだったルルの姪ルーシー・ド・ラ・ファレーズ、1994年。©GUERLAIN

ジッキーは不意に現れ、自然をコピーするというフランスの香水の伝統を全て捨て去った。それは香水がはじめて感情を持った瞬間でした。

ジャン=クロード・エレナ

ジッキーの天才性は、自然界には決して存在し得なかったということだ。ゲランは新しい芸術作品と新しい芸術形式の両方を創造したのです。

チャンドラー・バール

調香(=嗅覚アート olfactory art)という芸術を事実上発明した人として、必ず二人の名前があげられます。ポール・バルケエメ・ゲランです。

すべてのはじまりは、皇帝ナポレオン3世と共にパリ市街の改造計画を断行したセーヌ県知事ジョルジュ・オスマンの熱意から生まれました。スラム化していたパリ市街に、1850年代から60年代にかけて3千個ものガス灯が設置され、一年中街は照らされ、治安もよくなり、上下水道も張り巡らされ、それまで淀んでいたパリの空気が、美化されたのでした。

そんな中、パリ市街は、きらびやかなブルジョワ社会に変わり、香水も匂いを消す役割を終えようとしていたのでした。

1882年に作られたウビガンの「フジェール ロワイヤル」は、史上はじめて合成香料を使用した香水でした。それはポール・パルケにより調香されました。トンカビーンから得られるクマリンを史上初めて使用し、フゼアというジャンルを生み出した香りです。

そして、1889年にニ代目ゲラン調香師エメ・ゲラン(1834-1910)が、「フジェール ロワイヤル」で使用されていたクマリンにリナロール(ベルガモット様)とバニリンという三つの合成香料を組み合わせ「ジッキー」を生み出したのでした。

ちなみにこの年、パリ万博のために、フランス革命100周年を記念し、ギュスターヴ・エッフェルが〝鉄の貴婦人〟エッフェル塔を建て、それまでの素材から建物の建設が開放されたように、合成香料が、香水を自然の限界から解放したのでした。

現代のフレグランスの歴史は「フジェール ロワイヤル」と「ジッキー」からはじまったと言っても過言ではありません。そして、「ジッキー」こそが、天然香料と合成香料を組み合わせて作られた、(オリジナルの香りが)現在も継続して販売されている最古の香りなのです。

かくして香りは、コントラストとバランスの芸術となり、ひとつの香りの中に、フレッシュ、フローラル、スパイシー、オリエンタル、アニマリックといった色々な側面を与えることが可能になったのでした。

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1889年、パリ。香りははじめて感情を持ちました。

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ゲランの信条は神秘性です。そして、この香りには二つの逸話があります。ひとつは若き日のエメが、科学を学ぶために英国留学していたときに、天真爛漫な若い英国人女性と燃え上がるような恋に落ち、結婚寸前に恋敗れ、エメが生涯独身を貫くきっかけになったというその女性の名がジャクリーン=通称ジッキーだったということ。

そして、もうひとつは、甥のジャック・ゲラン(1874-1963)の愛称がジッキーだったということです。一説によると、この香りはエメが単独で作った香りではなく、当時15歳のジャック・ゲランも調香に参加したとも言われています。

つまりは、女性の名でもあり男性の名でもある、その名の由来のとおり、史上初めて生み出された両性具有の香りという側面も持つ香りなのです。

しかし、何よりもこの香りが、フレグランスの歴史において革命的だった点は、以下の文章によるものです。

それは、この香りの前には、抽象的なフレグランスは存在せず、香水名は、香りを連想させる名がつけられていました。そんな時代にはじめて「ジッキー」という香りとは何の関係もない名がつけられた抽象的な香りが誕生したのでした。

その瞬間、香りは芸術になり、感情を持つようになったのでした。

1889年にエメが合成香料を使用した最初のフレグランスである「ジッキー」を発表したとき、ポール・セザンヌは、彼の絵の中にキュビズムの種をまきました。良い香水は、感情が芸術と混ざり合い、すべてが化学反応によって物語を運んでくるのです。

ティエリー・ワッサー

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エメ・ゲラン唯一の代表作

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ゲランの調香師としては、不遇の調香師とも言われたエメ・ゲランの唯一とも言える〝後世に名を残した香り〟それが「ジッキー」でした。そして、この香りから香水は、感情を持つ水へと昇華し、ゲランは、ゲルリナーデを手にしたのでした。

創造のヒントは、エメの父でありゲランの初代調香師ピエール=フランソワ・パスカル・ゲランが1853年に調香した「オー インペリアル」でした。この香りをベースに、スパイス、フローラル、アンバー、アニマルの全てを投入し、まるでピノキオに生命を吹き込むように香りに生命を吹き込んだのでした。

ちなみにこの香りは、すべて人の肌だけでテストされ、決して紙の上ではテストされませんでした。そのため、「ジッキー」は人の肌の上で開花し、やがて消えていくように作られているのです。

煌くようなレモンとベルガモットからはじまる陽光の日差しのようなシトラスに、ひんやりとしたハーバルなローズマリーとラベンダーがブレンドされるトップノートの快活さからこの香りははじまります。この香りが永遠に古くならない理由は、トップノートに投入されているトラップのように最初は仄かに香るトンカビーンの存在にあります。

ラベンダーとトンカビーンが、バジルを従えたパウダリーなアイリスに導かれながら、アニマリックなジャスミンと凛としたローズと絡み合います(昔のものは、このミドルにおいてハーブとウッディにシベットが絡み合う)。

そして、これからはじまるラストノートが、ゲルリナーデが誕生した瞬間なのです。トップから存在するトンカビーンがまるで忍びの者であったかのようにその存在を明らかにし、バニラに注ぎ込まれたアンバーとサンダルウッド、ベンゾインの香りの温かさのギャップ。レザーとベンゾイン、オポポナックス、ムスクと共に一体化し、時代を超える官能を生み出すのです。

かつてはベースにニトロムスクと天然のシベットが使用されていました。クマリンとバニリンに、それまで使用されなかったほどの多量のシベットを投入したのがオリジナルの「ジッキー」の特徴でした。

80年代から90年代にかけてニトロムスクとシベットはレシピより排除され、2010年にニトロムスクに似た合成ムスクが投入されるようになりました。

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ジッキーは最初は女性に見向きもされなかった

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ゲランでは決して天然香料の代わりに合成香料を使用することはありません。私たちは天然香料の強度を増幅するためにだけ合成香料を使用します。

ジャン=ポール・ゲラン

1889年当時ゲランのビジネスを取り仕切っていたガブリエル・ゲラン(エメの兄)にとって「ジッキー」は、フローラル全盛の時代においては少し男性ぽいと感じました。しかし、だからと言って当時の男性が許容する香りとも思えなかったので、女性用として販売したところ、意外にも男性に好評を得たのでした。

発売当初、大容量のシベットを使用したアニマリックの香りは女性にまったく見向きもされなかったのですが、20世紀に入り、街娼によって「ジッキー」は愛用されるようになりました。

この香りが本格的に女性に受け入れられたのは、コルセットから解放され、シャネルの革命が起ころうとしている1912年に雑誌で取り上げられてからでした。その時、エメ・ゲランはすでにこの世にいませんでした。

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ジッキーのバニリンについて

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女性達は、ジッキーを通してゲランを発見することが少なくないです。恐らく、それは自然のたくさんの側面を表しているからでしょう。フレッシュ、フラワー、アニマリック、オリエンタルの全てが同時に現れ、リッチでモダンなムードを生み出し、いまだに身に纏いやすいからなのではないでしょうか。

シルヴェーヌ・ドゥラクルト

当初は、薬瓶のようなボトルに入れられていたのですが、1908年にガブリエルにより、シャンパンのコルクを模した〝四つ葉のクローバー〟のようなストッパーのついたバカラ製のボトル・デザインとなりました。

初代ジェームズ・ボンド、ショーン・コネリーやジャクリーン・ケネディ・オナシス、セルジュ・ゲンスブール、ブリジット・バルドーが愛した香りでした。

ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ジッキー」を「ラベンダーバニラ」と呼び、「ジッキーはもっとも息の長い香水である。そして、これだけ長く価値を保ってきたからにはそれなりの理由があるはずで、単に運がよいだけでは片付けられない。ジッキーは香水に革新をもたらし、それは今もなお物議をかもしている。」

「よいことばかりがもたらされた訳ではないからだ。戦後の香水の定番ものに比べて、ジッキーは驚くほど平易な製法で作られている。ベースはラベンダーとバニラ。当時から蒸気蒸留によって抽出されていたラベンダーはそれほど高価ではなかったが、バニラの場合、そうはいかない。」

「ジッキーがまだ構想段階にあるときライマー・チーマン反応の過程で作り出された合成香料のバニリンがちょうど出来上がりつつあり、ド レールというフランスの会社が特許権を取得した。最初の合成バニリンは単にチープというだけでなく、天然素材とは違うわざとらしい甘さとクリーミーな香りのする代物だった。」

「エメ・ゲランは合成香料と天然香料を巧みに配合し、力強く、それでいて華やかな香りを作り出した。だがド レールのイエローバニリンは独特だった。というのも、開発したドイツ人の製法では、咳止めシロップに含まれるグアイアコールなどのスモーキーなフェノール系成分を少量残しているのだ。この香料をゲランが愛用し続ける理由はそこにある。今では少量の精留したバーチ(樺)のタールを添加することでより効果をあげている。」

しかしバニラとラベンダーはジッキーという物語のほんの一部に過ぎない。強烈なシトラスノート(レモンチーズケーキのような)、ゲランのトレードマークであるフレンチハーブ(タイムなど)のブーケ、シベットの存在感。そのほかの成分は神(ここではジャン=ポール・ゲラン)のみぞ知る。」

「第二次世界大戦前のジッキーを体験したのはたった一度、それもほんの一瞬のできごとだったのでコメントは控える。だが私の子供時代のジッキーは厳かというよりも、もっとみだらで、女性の肉体を思わせた。あれは何だったのだろう?はっきりとはわからない。」

「ラベンダーやバニラではないし、シトラスでもハーブでもシベットでもない。シャーロック・ホームズ曰く「すべての不可能を消去していき、最後に残ったものがいかに奇妙であっても、それが真実となる」。思うに、それは毒性が強いといわれて、数年前にヨーロッパの香水業界から姿を消したニトロムスクの類ではないだろうか。」

「そしてもうひとつ。ユニセックスの香水は現代の産物だと誰もが思っているようだが、電気自動車のジャメ・コンタントが1899年に時速100kmをたたき出して世界記録を樹立した10年も前から、男も女もこの香水を使っていたのだ。」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。

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香水データ

香水名:ジッキー
原名:Jicky
種類:パルファム
ブランド:ゲラン
調香師:エメ・ゲラン
発表年:1889年
対象性別:ユニセックス
価格:75ml/19,800円(オーデパルファン)
公式ホームページ:ゲラン


トップノート:ローズマリー、マンダリン・オレンジ、ベルガモット、レモン
ミドルノート:トンカビーン、ラベンダー、ニオイイリスの根茎、バジル、ジャスミン、ローズ
ラストノート:香辛料、レザー、サンダルウッド、アンバー、ベンゾイン、バニラ、ブラジリアン・ローズウッド、オポポナックス