清水篤さん|キャライノベイト 破天荒
「日本人の琴線に触れる香りをつくりたい。ある種の懐かしさと心がじんわりとあたたかくなる香り。そんな香りをつくっていく事が出来れば、それは日本人はもとより、日本を訪れる外国人の方々にとっても〝永遠の日本の記憶〟を持って帰ることが可能になるのではないでしょうか。
そんな思いを込めて、日本人が失いつつある様々な伝統文化とその精神を守りつつ、日本の香りの文化を、新たな取り組みによって豊かにしていくために、2008年にキャライノベイト社を創立しました」

清水篤さん © 株式会社キャライノベイト
「私は自分のことを旅香人(りょこうじん)と呼んでいます。それはどこかフーテンのようなところがあり、旅をして俳句を詠んだ俳人のように、香りで日本の風土を人々の嗅覚へと伝えていく伝道師のような存在でありたいと考えています。
そんな自由人のような気質が私にはあるため、同じように香りを愛している仲間によって支えられている部分があります。私が設立したキャライノベイトという会社は〝香りを愛するみんなが集まり、それぞれの特性を生かし、香りを通じて人生がより豊かになる会社〟を作っていければという感覚で運営しています」
今年の春ごろ、カイエデモードがキャライノベイトさんのウェブサイトを拝見して、もっとも感動を覚えたページがありました。
それはキャライノベイトさんで働く人々についてご紹介しているページです。このページを拝見し、フレグランスに関わる仕事には色々な種類の仕事があることを知りました。そして何よりもここに登場する人々は〝香りに関わる仕事を楽しんでおられる〟ことが伝わってきました。
今、日本中の百貨店でフレグランス・イベントが行われています。日本中でフレグランスを扱うお店が増えています。ほぼ毎日新作のフレグランスが発売されています。SNSを見ると、フレグランスを試香した感想や新作情報の発信が溢れています。
しかし、果たして日本の香水文化は豊かになっているのだろうか?
パンデミックが、閉ざされた日常の中で香りを楽しむという、嗅覚の扉を開くことによって人生がより豊かになる事を教えてくれました。やがてパンデミックが収束し、人々は、蜜に向かって飛んでいく蜜蜂のように、フレグランスを実店舗で購入する喜びを楽しむようになりました。
そして、あらゆる年代の多くの人々が、フレグランスを購入するだけでなく、フレグランスに関わる仕事に従事したいと考えるようになりました。
しかし、現実はフレグランスに関わる仕事の情報はほとんど少なく、販売員として実際に働いてみると、びっくりするほどの低賃金で、しかも大したトレーニングもなく、〝香りに対する愛を反映することが許されない働き方〟を強制される職場も多く、すっかり香水への愛が覚めて、辞めていく人々が少なくない、地獄変のような現状があります。
そんな厳しすぎる現実の中で、明るい未来を予感させてくれる存在、それがキャライノベイトさんなのです。
清水篤さんが2008年に設立した日本製フレグランスメーカー、キャライノベイトさんの活動の中で特に興味深い活動は、香料植物を生産する生産者の保護です。それは海外の香水業界においてはよく知られている話なのですが、ゲランやシャネル、ルイ・ヴィトンの調香師の仕事は、調香だけでなく、香料のクオリティの管理です。
さらに言うと、貴重な香料を生産する生産者の生活が豊かになるように手に手を取って助け合うことです。これらの活動を称して〝フレグランス産業のサステナビリティ(持続可能性)〟と呼んでいます。
天然香料が年々高くなっているのは、基本的に、先に述べたような生産者とのフェア・トレードにより、適正価格で香料を購入していることと、天然の香料をより豊かに抽出することが出来る技術の進歩が、色々な植物から未知なる精油を抽出することを可能にしているためです。
今、日本の香水業界で最も欠けている考え方は〝香りを通じて、みんなの人生を豊かにする〟という考え方です。多くの販売員にとって、香水を販売する仕事は、貧困と背中合わせであり、香水への愛の代償として諦めるしかないと考えている人が少なくないです。
清水さんのユニークな所は、とにかく行動力があるところです。日本中をまわり、インディ・ジョーンズが宝物を探し求めるように、未知なる和精油を求めて、色々なアイデアと共に、日本の農産物の生産者の保護に励まれているのです。そのため清水さん自身は自分のことを調香師ではなく〝旅香師〟と呼んでおられるのです。
世界的にエシカルの視点で香水文化が見られている中、清水さんは、日本の香水文化の最前線を進んでおられます。そして香りを愛する仲間と一緒に、<ライフスタイルストア ACTUS>や<青山フラワーマーケット>など一流ブランドのフレグランスを手掛けてきました。すべての作品の根底にあるのは、日本の香りの素晴らしさを日々の暮らしの中で、からだとこころにお伝えしていく事です。
そんな清水さんが率いるキャライノベイトの活動の集大成として生み出されたフレグランス・ブランドが『破天荒』です。
2025年3月12日に彗星の如く現れたこの国産フレグランス・ブランドは、まさに下剋上を果たす勢いで、各地の百貨店のポップアップを席巻しています。そんな多忙中の清水さんに2025年10月某日、浅草のイニムにてインタビューさせて頂く事になりました。
浅草に2023年8月に誕生した『にっぽんの香りの聖地』

inimu © 株式会社キャライノベイト
地下鉄の浅草駅から出て、昭和のムードたっぷりなレコード店や立ち飲み屋がある地下道を歩いた先にびっくりするほど狭い階段があります。そこを上がっていくと、地上の新仲見世商店街に出ます。
今、浅草は外国からの観光客で賑わっています。そんな賑わいたっぷりの通りを数分歩いたところにキャライノベイトさんの旗艦店であるinimu(イニム)があります。2023年8月26日にオープンしたこの店舗の2階で清水さんにインタビューさせて頂きました。
ちなみにinimu(イニム)の名の由来は日本のモノづくりを香りで世の中へ伝えていくという『伝』に由来しており、「伝える」=『伝』という漢字をカタカナ3文字に分解し、再構成した造語です。
私がはじめて清水さんにお会いしたのは、リナーリ/CIROのブランド・マネージャーのナターリアさんと麻布台ヒルズのお店フラグランツァで『破天荒』のポップアップが行われていた時でした。それは2025年4月下旬のことでした。
その時は、まだ『破天荒』は誕生したばかりで、今ほど話題になってはいなかったのですが、清水さんからひとつひとつの香りについて説明を受けているうちに、浮世絵をテーマに生み出された香りの数々が、かつて存在した伝説のブランド『TOBARI』のような本格的な調香技術により生み出された、日本情緒あふれる、実生活でもずっと一緒に時間を過ごしてゆきたいと思わせる作品だと感じました。
何よりも、清水さんは、昭和の映画スターのような長身のすらっとした武士のような風格のある方で、でありながら、笑顔が少年のような素敵な方だと感じました。それでは、そんな清水さんとのインタビューをはじめていきます。
「当初、海外に商品を輸出する予定でした」

inimu一階 © 株式会社キャライノベイト

inimu二階 © 株式会社キャライノベイト
――― こんにちは、清水さん。素敵な路面店にお招きいただきありがとうございます。浅草駅から歩いて5分ほどでとても好立地ですね。
ありがとうございます。2023年8月にオープンしたばかりですが、国内外の観光客の方々で賑わっております。
――― じゃらんでもお見かけしたのですが『香りのワークショップ』がとても人気がありますよね。
はい、『香りのワークショップ』は予約も出来て、皆様からご好評いただいております。
――― 浅草はインバウンドの方々にも人気のある街ですが、日本のZ世代の方々にも〝日本の魅力を再発見する〟ということで人気のある街ですよね。
実は、もともとはドイツの展示会に出展して海外に商品を輸出する予定でした。
――― えっ!ドイツですか!すごいですね!
ところで二階でインタビューをさせて頂いておりますが、一階には『破天荒』をはじめとするキャライノベイトさんの商品がフルライナップで置かれています。この二階はワークショップや特別なイベントが行われる時に解放されている感じなのでしょうか?
はい、そうです。
――― サロンドパルファンでも『香りのワークショップ』を積極的に行われておられて素敵だと思います。自分の香りを作る喜びが、香りを通じて人生が豊かになることを知るきっかけになりますよね。
はい、仰る通りです。香りの製品を販売するだけでなく、香りを作る楽しさも〝お伝え〟したいといつも考えています。このお店の名がinimu(イニム)なのも〝伝〟という漢字から来ているのです。
――― なるほど!遊び心があって素敵です。今回で清水さんとお話しするのは二度目となります。今年の4月にナターリアさんからご紹介頂いた時以来ですよね。
はい。麻布台ヒルズのフラグランツァで『破天荒』のポップアップ・イベントをさせて頂いた時でした。
――― その時、すごく丁寧に清水さんからひとつひとつの香りの説明をして頂き、感動した記憶がございます。そして丁度、地引由美さんともはじめてお会いすることになりました。『破天荒』の香水をご購入されておられましたよね。
はい、地引さんには昔から大変お世話になっています。先日銀座三越で行ったポップアップにもご協力頂いたのですが、ヴィンテージの香水からニッチ・フレグランスまで知り尽くしておられる地引さんから頂く言葉は、いつも励みと学びになります。
――― 私がはじめて清水さんにお会いした4月と比べて、『破天荒』の知名度は急速に上がっているように感じます。
はい、カイエデモードさんにご紹介頂いたお陰です(いたずらっぽく笑っておられる)。
他にもご購入いただいたお客様がSNSで発信して下さったり、インフルエンサーの方々に取り上げて頂いたことが大きな後押しになったと感じております。特にサロンドパルファン開催の少し前に、伊勢丹新宿店でポップアップした時に、10名くらいのお客様からサインを求めて頂いたりするようになり、肌で大きな反響を感じるようになりました。
2003年から2007年のディプティックの黎明期に活躍した人。

清水篤さん © 株式会社キャライノベイト
――― 私は、4月に清水さんから『破天荒』のひとつひとつの香りについて説明を受けながら、それぞれの香りを嗅ぎしめるうちに、私がかつて衝撃を受けた『トバリ』という、日本香堂さんが出されていた国産フレグランス・ブランドの香りを思い出しました。
私も『トバリ』の香水は注目していました。どういった所からそう感じられたのでしょうか?
――― それは日本文化をのっぺりと和精油で表面的にすくうのではなく、日本文化をじっくりと素肌で味わうように、味わい深い本格的な調香が行われていることが容易に感じられるからだと思っています。
なるほど、すごく嬉しいお言葉ありがとうございます。あと視覚的にも興味を持って下さった方も多くて、特にZ世代の方々は、浮世絵が描かれたデザインに興味を持たれたようです。年齢や性別を問わず、多くの日本人は、今、和的なものに『癒し』や『懐かしさ』を覚えられる方々が多いと感じています。
――― 確かに!さとりさん(パルファン サトリ)のフレグランスも人気があると聞きます。
ユーチューブや映画のサブスクで、生まれる遥か昔の日本映画を観て、新しさを感じ憧れを感じるように、または昭和の空気が感じられる喫茶店や街を探索することに喜びを感じるように、いにしえの日本を感じさせる香りに興味を持たれる方が増えているということですね。
『破天荒』をローンチした清水さん自身について色々聞かせて下さい。キャライノベイトを創業したのは2008年ですが、その前は、香水関連のお仕事をされていたのでしょうか?
はい、GPP(グローバル・プロダクト・プランニング)という当時ディプティックの日本の総代理店をしていた輸入商社で、営業部門のマネージャーをしていました。2003年から2007年のことです。
――― まさにディプティック日本上陸の黎明期ですね。ということはナターリアさんとも一緒に働かれていたのですか?
はい、そうです。今も同志的な感情を持っております。
――― 清水さんはいつくらいからフレグランスに興味を持たれたのでしょうか?
実は私は大学を出て就職をしてからもそれほどフレグランスや香りものに深い興味があったわけではないんですよ。
――― 学生時代はフレグランスを使っていましたか?
私は1977年生まれなのですが、丁度この頃、雑誌などで芸能人が愛用しているフレグランスとかなどを特集している記事が多かった時代なので、ただ単にモテたいなという感情でフレグランスを使っていました。
最初にフレグランスを使いはじめたのは、高校生の時にプレゼントされたカルバン・クラインの「シーケーワン」や「エタニティ フォー メン」でした。私は学生の頃はファッションに夢中でした。丁度、祖母が昔、タカラヅカのような劇団で働いていたこともあり、周りにはほんとうにオシャレな大人が多かったのですよ。SKDをご存知ですか?
――― はい、松竹歌劇団ですね。倍賞千恵子さんや倍賞美津子さんがおられた伝説の歌劇団ですよね。
はい、祖母はSKDの劇団員だったので、ファッションも含めて周りの大人に感化されたため、かなりませていたと思います。
――― ちなみにおばあ様が愛用されていた香水の記憶はありますか?
シャネルの「No.5」です!
――― やはりそこは外せないですよね!ちなみにはじめて自分のお金で購入したフレグランスは何でしょうか?
シャネルの「エゴイスト」です。高校生の頃から休日には伊勢丹新宿やバーニーズによく行っていたのですが、ある日、ひとつ自分のお金で香水を購入したいと考え、〝わがまま主義者〟というネーミングと、そして香りの奥行きに圧倒され購入しました。
その後、大学生になりコムデギャルソンやヨウジヤマモトのファッションにハマったのですが、この頃にブルガリの「ブラック」を愛用するようになりました。
――― 大学卒業後、GPPで働くまではどのようなお仕事に就かれていたのでしょうか?
香りとは関係なく、人材派遣の営業をしていました、大阪で働いていたこともありました。
2003年にGPPに転職してからセレクトショップからコンビニチェーンやドラックストアまで様々な業種の営業をさせてもらいました。
ディプティックの商品は当時キャンドルが主力だったのですが、GPPで働くようになってから、フレグランスにどんどん惹かれてゆきました。
――― ディプティックというブランドは、今では日本の香りの文化を牽引するブランドとして定着していますが、日本に定着していく黎明期のディプティックに関わった経験で、今役立っていることがあるとするならどのようなことでしょうか?
私がGPP時代に自信がついた経験を一つ上げるとするなら、それは無尽蔵に膨らんでしまったディプティックの取扱店を整理したことです。取扱店舗を300店から100店へと選定し直し、アイテムを充実させたことで売上が目に見えて向上し、1億円規模の伸びを記録しました。
この経験が、この後の私の起業における自信につながりました。ブランディングの積み重ね方ですね。後、当時、破竹の勢いだったF社の大ヒット作のOEM製品に関わった経験も私の中で生きています。
――― 今でも愛用しているディプティックの香りはございますか?
「フィロシコス」と「タムダオ」が好きですが、「オイエド」は日本人調香師が唯一調香した香りということもあり、ストーリーを含めて好きな香りです。
リニューアル後、シリーズ累計3万個売れた(※)青山フラワーマー ケットのフレグランス

「オードトワレ ガーデニア」© 青山フラワーマーケット

KITOKIE © ACTUS
――― では起業しようと決めたきっかけを教えてください。
はい、それは営業の仕事で香川の丸亀に出張していた時のことです。当時、日本の伝統文化に興味を持ちはじめていました。そして少し時間があったので、丸亀のモノ作りは何があるのだろうかと調べていたら〝丸亀うちわ〟というものがあることを知りました。
早速、伝統工芸の博物館を訪問し、そこで博物館の方々と意気投合し、色々お話をしているうちに、もう作り手がほとんどいないという話を聞き、日本のいいものがどんどん失われていくということを間近に感じました。この日から、私は日本人として何か出来ないかと考えるようになりました。
丸亀の経験が私がキャライノベイトを作るきっかけでした。
――― 2008年1月に起業されたということですが、2008年末からはじまる世界金融危機の真っ只中に起業を決断されたのは凄いことですよね。
2007年半ばに起業の為退職していたので、もはや後に引けない状態でした。さらに言いますと、まだリーマン・ショック(2008年9月15日)が起きる前だったので、思い切れました。
最初は、足立区で家賃が1万5千円のとても小さな事務所からはじめました。まず最初に、6月に楽天にて『アロマレガーロ』というアロマとフレグランスのオンライン・セレクトショップの運営からはじめました。このショップは今も継続しています。
――― アロマとフレグランスのオンラインショップからキャライノベイトさんははじまっているのですね。当時、楽天ショップはすごい勢いで加盟店を増やしている時代でしたよね。
はい、そして3年後の2011年4月に現在の事務所(東京都台東区花川戸)に移ることになりました。この年から自社商品をローンチしていくようになり、そしてOEM製品を依頼しているうちに、素晴らしい私の師匠と出会うことになりました。
この師匠の存在により、私自身も調香の勉強をはじめるようになりました。
――― そして青山フラワーマーケットが2013年からローンチしている〝花屋がつくったフレグランス〟を調香するようになるのですね?
いいえ、2013年からのものは別の会社が調香したものです。
2023年6月20日にシリーズがリニューアルされることになってまず「ローズ」と「リリー」が発売されました。キャライノベイトが〝企画協力元〟として調香を担当しておりますが、すべて私ではなく私の師匠と調香したものです。
今までに「スイートピー」「ガーデニア」「オスマンサス」「ミュゲ」、そして2025年11月21日から
は新作の「ミルラローズ」が発売されました。
――― そうなんですね!清水さんの〝師匠〟による作品なのですね。いずれにしてもキャライノベイトさんが関わっているフレグランスですし、「オスマンサス」をはじめ、どの香りもリリースされるたびに話題になりますよね。ちなみに最も反響が素晴らしかった香りはどれでしょうか?
実は、今でこそ累計3万個(※)を販売した大人気シリーズなのですが、リニューアルの依頼が来た
当初は、青山フラワーマーケットの〝花屋が作ったフレグランス〟をリニューアルすることによ
ってどこまで売れるだろうか?とみんな心配していたんですよ。
ですがそんな不安をよそに、発売と同時に「リリー」がびっくりするくらい売れました。うれしい誤算でした。リアルな花の香りを皆さん求めているんだと実感しました。
私自身が調香したフレグランスで一番最初に自信が持てた作品は、OEMの契約上、名前は出せないのですが某ウェルネスビューティーブランドのために、予算を考えずに作ることが出来たフレグランスです。道端アンジェリカさんなども愛用されているとお聞きし、大きな自信となりました。
――― (その名を聞いて)あっ、そのフレグランス知っています!コスメキッチンでもすごく人気のある香りでしたよね!
ところで2023年7月に発売され、瞬く間に大ヒット作となったACTUSのオリジナルのフレグランスとボディケア製品であるKITOKIE(キトキエ)は清水さんが調香されたものでしょうか?和精油を通じて現地の香料植物の生産者の保護も行うという、香りの新しいビジネスモデルとしてもフレグランス業界内で注目されていますよね。
はい、KITOKIEは私が調香しました。香り高いヒノキの産地、岐阜県中津川の「加子母(カシモ)ヒノキ」の間伐材から抽出した枝葉精油を使用した、森林保全活動の中で生まれるヒノキの精油というサステナブルな活動の一翼を担う商品です。
何度も現地視察を行い、加子母森林組合や木工職人の方々と打ち合わせし、製品加工や試作を重ね、共同開発しました。幾つかの香りの中で、特に〝雨音〟が売れています。まさに中津川の加子母の森にいるような静謐な空気に包まれていく香りです。
『破天荒』のヒノキに対するこだわり。

© 株式会社キャライノベイト

© 株式会社キャライノベイト

© 株式会社キャライノベイト

© 株式会社キャライノベイト
――― さていよいよ『破天荒』について聞かせて下さい。『破天荒』というフレグランス・ブランドを創作しようと考えた切っ掛けは何でしょうか?
香りに関わるようになってから私はずっと長い間、日本の歴史とか文化をフィーチャーするフレグランスを作りたいと構想していました。そんな中、パンデミックが起こり、コロナで父親が亡くなってしまいました。
この時に、ただぼんやりと構想しているだけでなく、すぐに行動に起こさないといけないと決意したのでした。まさに亡き父に背中を押された感じです。そして実際にプロジェクトとして発進してから一年半かけて完成しました。
『破天荒』のブランド名を決めるまでに数多くの候補がありました。最終的に私の人生の中心軸として置いている考え方である『型を破れ』から名を決定しました。
――― 私が『破天荒』のフレグランスを見て、何よりも最初に衝撃を受けたのは、箱からボトルを取り出すまでの流れに対して強いこだわりを感じるところです。
例えばルイ・ヴィトンのフレグランスは、サンプルに至るまで、外箱はトランクを開けるように、箱を横に倒して開けるようになっているのですが、『破天荒』にはその種のこだわりを感じました。
それはすごく嬉しいお言葉です。実際に、私たちは、外箱からボトルまで、そしてボトルを包む紙にまで徹底的にこだわりました。
まず最初に、化粧箱で日本の「粋」を表現しています。それは浮世絵の特長的な配色がチラリと覗くデザインとなっています。そして箱を開けると浮世絵のような包み紙に包まれた香水瓶が現れます。
かつてまだ日本で浮世絵が芸術的に評価されていなかった時代に、伊万里焼などをヨーロッパに輸出する際、陶器の緩衝材として使われていたと言われています。そして、海外に流出することになった浮世絵のその流浪の精神を引き継ぐように、包み紙を破ると香水が現れるように作っています。
ブランドの名前の意味は『型を破る』ですが、まさにその通りに木と友禅という、全く異なる素材を融合した香水キャップです。神聖なるひのきである東濃檜を使用し、そこに加賀友禅を使った染め付けを行い、通常の印刷では出せない質感や味を醸し出しています。
さらにボトルの底面には、技術力の高い加工工房による全面印刷によって、真上から見た時に破天荒のロゴである「H」が浮き上がる仕組みになっています。
――― まさに〝フレグランスは見えないが、実は見えるもの〟というアートの概念ですよね。お部屋に置いているだけで気持ちがあがるデザインですね。
ちなみに日本の企業がフレグランスのOEMを頼む時、日本国内には、こだわった香水ボトルが作れる工場を見つけ出すことは至難のわざであるとよく聞くのですが、このボトルはすべて日本製なのですか?
現在の容器は海外製ですが、並行して国内の硝子工場と開発を進めており、今後容器もついに日
本製となる見込みです。

© 株式会社キャライノベイト
――― 『破天荒』の香りについて私がもっとも興味深く感じていたのは、すべての香りにキャライノベイト社を象徴する伽羅の香りと、「加子母ひのき」の精油が調合されているとのことです。この「加子母ひのき」へのこだわりについて教えてください。
はい、「加子母ひのき」とは、付知峡で有名な岐阜県中津川市の加子母(かしも)地域で生産される優良木材です。香り高く、均一な木目が特徴で、美しいピンクの色彩を持つため、現在も伊勢神宮の式年遷宮や様々な有名寺社、高級旅館の檜風呂などに使用されています。最高級な木材として、かつて明治時代には皇室の御料林として厳しく管理されていたほどでした。
優良木材は、日本の古民家にとって必要不可欠なものでした。しかし1878年に建てられた札幌時計台がその原形と呼ばれるツーバイフォー(2×4)工法が1974年より日本で導入され、安くて丈夫な木材で家屋を作ることが出来るようになりました。
戦後はこのような住宅工法の変化や外材の輸入増加などにより国産材の需要が減り、優良木材を伐採する林業で働く人々の生活は厳しくなってゆきました。だからと言って優良木材が生息する山を放置してしまうと地滑り等の災害が起きやすくなるため、定期的な間伐作業が必要になります。そんな状況の中、キャライノベイトは「加子母ひのき」の素晴らしさを香りを通じて伝えたいと考えました。
そして加子母森林組合と共同で、山に放置されると災害の元になる間伐材や廃棄される「加子母ひのき」の枝葉を再利用して、世界でも類い稀なる最上級のひのきの精油を生み出すことに成功しました。
――― キャライノベイトさんのウェブサイトを拝見していてびっくりしたのは、加子母ひのきだけでなく、石川県能美市の国造ゆず、京都府相楽郡の和束茶、奈良県吉野町の大和橘、北海道中川町の和薄荷、石川県能登半島の能登ひば、高知県土佐市の土佐文旦といった日本各地にある固有な農産物の中から魅力的な〝日本の香り〟を見つけ出し、和精油として生産者の保護活動につなげておられるところです。
これは、まさにルイ・ヴィトンやシャネル、ゲラン、ディオールが行っている香料植物の生産者を保護する活動ですよね。これからの世界的な香りの文化の潮流に乗る素晴らしい活動だと思います。
ありがとうございます。
日本のシティ・エクスクルーシブになり得る『破天荒』とは?

©株式会社キャライノベイト
――― 清水さんが旅香人と自らを呼ぶ理由が分かりました。そういった代々日本各地で生産されている農作物に対して、和精油という形で新たな光を当て、そしてその集大成が『破天荒』なのですね。それぞれの香りについてお聞かせください。ちなみに一番時間を費やした香りは5つのうちどれでしょうか?
「花火」ですね。安藤広重の「名所江戸百景 両国花火」に描かれた夏の風物詩・隅田川花火大会を川の土手に座って眺めている。その情景を土手をガルバナムで、そして赤い花火を梅で表現しています。特に赤い花火をどの香料の組み合わせで表現していくかという部分で最も手こずりました。
ちなみに浅草寺本尊の聖観音像は、推古天皇の時代の628年に、隅田川から引き揚げられたという伝説があります。日本中でも稀な絶対秘仏として、本当に実在するのかどうか歴代の住職も確認出来ていません。その神秘的な仏像の木の香りが肌に溶け込むような余韻がひろがっていきます。

©株式会社キャライノベイト
――― 浮世絵と浅草の結びつきがダイレクトに肌に伝わる香りですね。ちなみに私は「魁」が名前の響きと共にとても気になったのですが花魁の香りですか?
「魁」は5つの中で一番人気のある香りです。喜多川歌麿の「櫛を持つ女」に描かれるこの艶っぽく胸元がはだけている女性が、遊女なのか花魁なのか町娘なのかは明らかではありません。
このべっこうの櫛が透けていて江戸の粋と艶やかさを感じさせる、妖艶なる美の世界を生み出したいと思いました。
――― チューベローズとヴァイオレットリーフに溶け込んでいくグリーンティーが、私の中では昭和の時代の五社英雄監督の『吉原炎上』『陽暉楼』『鬼龍院花子の生涯』、あの世界観が大好きなので、一瞬で魅了されました。このグリーンティー、独特な余韻がありますよね。ひとつ気になった質問をさせて下さい。5つの作品の中で一番最初に完成した香りは何でしょうか?
「磯波」です。同じくらいの時期に「魁」も完成しました。

©株式会社キャライノベイト
――― 「磯波」ですか!実はこの香りが一番時間がかかったのかなと感じていたんですよ。
どうしてですか?
――― 私は〝海の香り〟〝海辺のリゾートの香り〟が好きで、古くはアルマーニの「アクア ディ ジオ」からトム・フォードの「ネロリ ポルトフィーノ」「マンダリーノ ディ アマルフィ」、ルイ・ヴィトンの「アフタヌーン スイム」「オン ザ ビーチ」などあげるとキリがない程なのですが、「磯波」は、そういった西洋的な海の香りではなく、日本の〝海の香り〟〝海辺のリゾートの香り〟を感じたのです。
面白いですね。たしか「オンザビーチ」は、四国産の柚子を使用しているはずですが、その香りからも日本は感じませんでしたか?
――― 日本に出来た外資リゾートホテルのような、やはり西洋的な〝海辺のリゾートの香り〟を感じました。一方で「磯波」は、ズワイガニが解禁された後、北陸地方のたとえば望水楼で宿泊し「今日の夜は越後のズワイを堪能するぞ!」と日本海の磯の風を吸い込んでいるような、日常からの心地良い解放感が感じられます。
なるほど。ちなみに柚子とグレープフルーツとカロンにより磯の香りを表現しています。葛飾北斎の富嶽三十六景シリーズの代表作「神奈川沖浪裏」に描かれる、潮騒に舞う荒波の息吹から、寄せては返す磯の風のように、力強くも透き通る香りをアッサムティーとスズランの組み合わせを隠し味に作ってみました。

©株式会社キャライノベイト
――― そして『破天荒』の裏ボスとも言えるのが「おどろおどろ」ですよね。〝怪談を肌で受けとめていくような香り〟ですよね。つけた瞬間のひんやり感がたまらないです。
ひんやり感、感じて頂けましたか?「おどろおどろ」は歌川国芳の「相馬の古内裏」に描かれる江戸の妖しき物語を、闇夜の冷たさと神秘を香りで表現しています。メンソールが隠し味になっています。私のこの香りのイメージは、耳なし芳一の琵琶法師なんです。

©株式会社キャライノベイト
――― 「桜吹雪」は、日本の香りには欠かせない〝桜〟が主役ですよね。
はい、「桜吹雪」はシプレ調なのですが、1740年代から吉原名物となった〝吉原の桜〟をイメージした香りです。安藤広重の「東都名所 吉原仲の町桜時」に描かれる幻想的な美しさ。
吉原の桜は育てられることなく、毎年植樹され、花びらきが終わると捨てられるという、華やかさと儚さを同居させた香りなのです。トップの伊予柑が好評で、Z世代の女性にとても人気がある香りです。
――― 丁寧に教えて頂きありがとうございます。ちなみに清水さんは調香師として香りを作られるようになってから、この香水を自分が作りたいと考えるほど、調香師の視点で大好きな香りはございましたでしょうか?
そうですね。ずっと身近な存在として愛用していたディプティックの「タムダオ」の魅力がより深く分かるようになりました。全般的に、私が働いていた頃に発売されていたディプティックの香りは調香師の視点から見ても素晴らしいなと感じています。後は、ラルチザンの「フー アブサン」でしょうか。

©株式会社キャライノベイト
――― とても興味深いです!ところで、最近伊勢丹新宿店のポップアップで、第六の香りを発表されましたね。「歌舞伎町」という名の香りです。この香りはハイボールやタバコのロマンティックなムードを感じさせてくれますね。
「歌舞伎町」は、フレグランス・ブランドとしてひとつの目標でもあった、伊勢丹新宿店でのポップアップを記念する香りとして調香した香りなんです。
伊勢丹新宿店のバイヤーの方が、5つの香りに感心して下さり、ポップアップが実現することになり、せっかく新宿で『破天荒』をお披露目するのなら新宿近辺の香りとして〝第六の香り〟を誕生させようという話になり、歌川国貞の「東都冨士三十六景 内藤新宿」から、歌舞伎町をイメージした男と女の物語を香りにしました。
――― 最後に今後の『破天荒』の展開について教えてください。
今、来年春以降の新作に向けて調香をしております。そして、今後も皆様に喜んでいただけるよう、新たな発表を続々と控えています。
――― すごいですね!日本の47都道府県の香りを作って欲しいという声が上がってきそうですね。とてもとても楽しみです。
『破天荒』とキャライノベイトについて(基本情報)

©株式会社キャライノベイト
2008年1月31日に清水篤さんが創業した株式会社キャライノベイトは、地域・伝統・文化にフィーチャーし、情報発信をしていきながら日本製の香りのモノづくりをしている企業です。OEMの企画と製造においても青山フラワーマーケットの〝花屋がつくったフレグランス〟やACTUSのKITOKIEなど、羅列しきれないほどの人気商品を生み出しています。
そんなキャライノベイトが集大成として、2025年に発表した日本発のフレグランスブランド『破天荒』は、日本の香水愛好家が待ち望んでいたような日本各地の歴史と文化と名産を結び付けていくような〝日本人の琴線に触れるワクワクするアイデア〟により、注目を集めています。
来年春以降も新たな発表が続々とされるとのことで、今後の展開もとても楽しみです。
