エンヴィ
原名:Envy
種類:オード・トワレ
ブランド:グッチ
調香師:モーリス・ルーセル
発表年:1997年(現在廃盤)
対象性別:女性
価格:30ml/6,500円
ファッション業界の世紀末覇者トム・フォードのはじめての香り
「カシミアを着た狼」と呼ばれるLVMHグループの総帥ベルナール・アルノーは、1994年にグッチは投資する価値もない企業だと見切りをつけていました。その年、トム・フォードがグッチのクリエイティブ・ディレクターに就任しました。
以降、トムとCEOドメニコ・デ・ソーレの活躍により、グッチは奇跡の復活を遂げ、未曾有の黄金時代を迎えることになりました。そんな世紀末に、彼ははじめて香水をプロデュースすることになりました。
1997年、ファッション業界において、トム自身が、世界中の人々の〝羨望〟の眼差しを浴びていた時に発売されたのが「エンヴィ」=羨望、という名の香りです。
ボトル・デザインも含め、完全にトム・フォードの美学を忠実に打ち出したこの香りから、グッチ香水は、今までの古臭いやぼったいイメージを一新し、洗練された都会的なイメージを人々に植え付けることに成功したのでした。
ヒヤシンス=「嫉妬を生む花」の香り
さてもう一人の男性の話をさせてください。シャネルの香水部門で研究者として働き、クエスト・インターナショナルで調香師になったばかりの1984年5月に、彼は、ヒヤシンスの花の香りにすっかり魅了され、このにおいをフレグランスの創造に生かしたいと考えたのでした。
その男性の名をモーリス・ルーセルと申します。1994年にロシャスの「トカド」、セルジュ・ルタンスの「アイリス シルバー ミスト」、1995年に「ヴァンキャトル フォーブル」を調香し、人気調香師への道を進んでいた時に、トム・フォードから新生グッチの香りの創造という大仕事を打診されたのでした。
13年間、ヒヤシンスの真の魅力を反映させる香調をどうするべきか悩んでいたモーリスはちょうどこの頃、フレッシュフローラルによってヒヤシンスの魅力を開花させてみせようと決意していたのでした。
私が香水を作るとき、最初の段階で最も重要なのは、良いテニスプレーヤーとラリーを繰り広げるところからはじまります。つまり〝レベルが合わない人とは、テニスを楽しめない〟のです。
「エンヴィ」の誕生は、トム・フォードという香水の感覚においても超一流のテニスプレーヤーとのラリーから生み出されたものでした。
モーリス・ルーセル
かくしてトム・フォードとモーリス・ルーセルという二人の血気盛んな才能がひとつとなり生み出されたこの香りは、その名を、ヒヤシンスの名の由来からつけることにしました。
ヒヤシンスは、ギリシャ神話にその名の由来があります。それは美青年ヒュアキントスが、アポロンと一緒に円盤投げに興じていた時に、とても楽しそうなその姿にやきもちを焼いた西風の神ゼピュロスが、意地悪な風を起こしたことからはじまる悲劇でした。
この風によりアポロンが投げた円盤がヒュアキントスの額を直撃し、大量の血を流して死んでしまったのです。そして、この時に流れた大量の血からヒヤシンスが生まれたのでした。このエピソードから、ヒヤシンスの花言葉は「嫉妬」「悲しみを超えた愛」となりました。
かくして、トム・フォードのはじめての香りの名は、彼が当時置かれていた環境を象徴する、嫉妬・ねたみ・羨望を意味する「エンヴィ」と名づけられたのでした。
一年間で、6月の1週間しか咲かない〝幻の花〟伝説
この香りについてとても不思議な説明文があります。それは、特に、日本で販売されたときに伝えられたもので、一年間で、6月の1週間しか咲かない幻の花ヴァインフラワーの香料がはじめて使われたという話です。
〝まぶしいほどきらめく新緑と自然が作り出す官能美を備えた〟と説明されるこの花は、グレープ(ぶどう)の木の花であり、実際には、約3週間咲く小さな花です。
大都会を吹き抜ける、ヒヤシンスとスズランの風。
大都会のビルの間を颯爽と歩くあなたは、いつどこでも人々の視線を釘づけにする〝羨望〟を集める女性です。そんな人々の視線が、ベルガモットと輝きとなり、ほんのりと苦味も伴わせ、あなたの肌にフラッシュを当てたように光を集めてゆきます。
すぐにパイナップルとピーチが甘酸っぱい香りで満たしていこうとする中、クリーミーなマグノリアがすべてを円やかなフレッシュグリーンなフルーツの香りへと転化してゆくのです。
フルーツの香りが、条件反射のように、甘さを期待させる、この甘さを全く感じさせないところに、この香りの魅力があります。でありながら、確かにこの香りからは、フルーツが香り立つのです。
羨望の眼差しが、さらにあなたの美しさを引き立てていくように、スズランとヒヤシンスを中心とした大都会のメタルを感じさせるフローラルブーケに包み込まれてゆきます。
インドールの効いたジャスミン等の様々な花々のコントラストが〝光とコンクリートの迷路〟へと誘ってくれます。解けそうで解けない謎。そんな感情を湧き上がらせる、手が届きそうで届かないフルーツ、摘んでみたくなるが決して摘めない花々、そんなすべてを照らし出すスズランとヒヤシンスで作られた美しい人工の光のファンタジー。
そして、その奥深くには、確かにグレープのように甘いヴァインフラワーがおられるのです。
どんな人間の心も、いいえ、アンドロイドのようにメタルの心を持つ人々にさえも、〝羨望〟の気持ちを芽生えさせ、苦悩させ、人間の心を取り戻させていくこの香りにおいて、オークモスとアイリスはメタルを溶かしていく〝魔法のパウダー〟のようです。
やがて、クリーンなムスクとクリーミーなサンダルウッドによって、スズランとヒヤシンスは、大自然の中で伸びをするように、うっとりするようなフレッシュグリーンの余韻を肌に残してくれるのです。
「プレジャーズ」を超えるために生み出された香り
一方で、「エンヴィ」=〝羨望〟という名前が、世紀末の水商売&コギャルの女性たちの琴線に触れ、そちらの世界で大流行すると共に、一般女性ウケは急激に沈静化した香りでもあり、日本ではとても過小評価されました。
アメリカ、ヨーロッパにおいては、パンツスーツ姿のキャリアウーマンの間でもてはやされました。そして、2007年に廃盤となり、その状況と反比例するように、日本でも、ハイセンスな女性向きの香り「幻のエンヴィ」として正当な評価を得ることになりました。
トム・フォードがデザインした新生グッチのファースト・モデルの一人として抜擢され、瞬く間に90年代末のスーパーモデルの一人になったジョルジーナ・グレンヴィル(1975-)が、キャンペーンムービーに抜擢され、マリオ・テスティーノにより撮影されました。当時、オールヌードで登場するこのムービーは話題になりました。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「モーリス・ルーセルは巧みに香りを組み合わせ、ぼんやりと女性の霊が浮かび上がるような香水を作る。たとえば、「リラ」は引き締まったハスキーボイスのパリジェンヌ、「トカド」は日焼けした気ままなアマゾネスだ。」
「これらはルーセルのもうひとつの特徴であり、まだ磨かれていない原石の自然美を表している。マーケティング部門に全面的に委ねられると窮屈になり、古典的な香水「ヴァンキャトル フォーブル」「ランスタン」「アンソレンス」のみごとな模倣品になりがちだ。」
「私の知る限り、エンヴィはルーセルの魔法と現実世界のバランスが、ダイヤモンドのように熱と圧力の両方を必要とする作品を生み出した唯一の例である。ルーセルは調整しながら何度もパネルテストを行い、「プレジャーズ」を超えるまで調整を続けたと聞いている。」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:エンヴィ
原名:Envy
種類:オード・トワレ
ブランド:グッチ
調香師:モーリス・ルーセル
発表年:1997年(現在廃盤)
対象性別:女性
価格:30ml/6,500円
トップノート:ベルガモット、フリージア、パイナップル、マグノリア、ピーチ
ミドルノート:スズラン、ヒヤシンス、ジャスミン、アイリス、ヴァイオレット、ローズ
ラストノート:オークモス、シダー、ムスク、サンダルウッド