究極のフレグランスガイド!各ブランドの聖典ページ一覧にすすむ
その他の伝説の女優たち

アニー・デュプレー2 『薔薇のスタビスキー』2(2ページ)

その他の伝説の女優たち
この記事は約5分で読めます。
スポンサーリンク

イブ(ニング)・サンローランの真骨頂

1974_film_stavisky_belmondo_duperey

この時代のイヴ・サンローランのドレスは、究極のエレガンスを体現していました。

863a9c357d789650e2d2af8931f8f16d

そして、それを着るアニー・ドゥプレーが素晴らしい。


アルレット・スタイル7 イブニング・ドレス
  • 白テンのストール
  • 白シルクの美しいドレープのストラップドレス
  • 白ベルト、バックルにビジュー

この作品におけるアニー・ドゥプレーの最高のアクセサリーは、豪華かつ個性的なルネ・ロンゲのジュエリーではなく、いつも隣にいるシャルル・ボワイエでした。

70代の老人でありながら、お洒落を忘れないファッション・センスの良さ。女性にとって、ケーリー・グラントもそうなのですが、50代以上の魅力的な男性の友人がいるということは、ダイヤモンドに匹敵するステイタスになります。そして、最近、そんな魅力的な年上の男性の存在が、少なくとも日本においては減ってきているように感じます。若さを武器にするのではなく、年を重ねた〝父性〟を醸し出せる男性こそ、本当の意味で魅力的な男性なのではないでしょうか?

そういう意味においては、本作のシャルル・ボワイエは、男性にとっては〝エイジング・アイコン〟なのかもしれません。もし、本作から、シャルル・ボワイエの存在が消えたならば、この作品はとてもつまらないものになったことでしょう。

スポンサーリンク

シャルル・ボワイエというエイジング・アイコン

シャルル・ボワイエのファッションがとても可愛い。ウイングカラーにポルカドットスカーフの合わせ方の上手さ。

白のジャケットにネイビーパンツ。水色のシャツの合わせも絶妙です。

シャルル・ボワイエ(1899-1978)にとって、本作が最後に出演したフランス映画になりました。彼はフランスのソルボンヌ大学の哲学科を卒業した後、アニー・ドュプレーやジョン=ポール・ベルモンドも学んだフランス国立高等演劇学校で演劇を学び、1920年に舞台及び映画デビューし、1934年にハリウッド進出しました。代表作は、『歴史は夜作られる』(1937)、『邂逅』(1939)、イングリッド・バーグマンと共演した『ガス塔』(1944)です。

大女優との共演で力を発揮するアメリカ人にはないムードのある美男子スターとして人気を博しました。実生活においては、1934年にディナー・パーティーで初めて会ったイギリス人女優パット・パターソンと結婚し(会って二週間で婚約)、生涯を添い遂げます。

1978年に最愛の妻が癌で死去した2日後に、セコナールを大量に服用しシャルルも後追い自殺しました。それは彼の78歳の誕生日の2日前のことでした。ちなみに二人の唯一の息子ミシェルは、1965年にわずか21歳で、恋人と喧嘩してやけっぱちになり、ロシアンルーレットをして死亡しています。

スポンサーリンク

未亡人ルックに真紅のハンドバッグ

e35adcf0aac0ec774700576c159e03fe

喪服に真紅のバッグはアリなのでしょうか?ということはさて置きましょう。これぞ、サンローラン・モード!

コンケーブドショルダーの喪服。あなたは着る勇気がありますか?

イヴ・サンローランのデザイン画。

アルレット・スタイル8 未亡人・ルック
  • 黒のクローシュに、黒ドットのヴェール
  • ブラックスカートスーツ、ダブル、くるみボタン、コンケーブドショルダー
  • 黒のレザー手袋
  • 赤のレザーのハンドバッグ
スポンサーリンク

メンズ・ファッションもなかなか素晴らしい。

美しいピンストライプの3ピーススーツ。ワイドラペル。シューズはカルヴィルのローファーです。

当時の日本なら佐分利信が着てそうなワインレッドのナイトガウン。

ボルサリーノの首元にはポルカドットのスカーフ。そんな男の色気。

ロベルト・ビサッコ(右端)の美しいチェスターフィールドコート。

ボニー警部に扮したクロード・リッシュ(右)の衣装だけフランチェスコ・スマルトによるものです。

このクリーム色のスカーフのアンサンブルが素晴らしい。