クロエのローズ革命
Chloe Rose 2008年4月2日、それはクロエの香水が『復活した日』です。クロエがはじめてフレグランスを発売したのは1975年のことでした。しかし、20世紀末にはクロエのブランド力が落ち、フレグランスの新作はリリースされない状況が続いていました。
そんな中、1997年にクリエイティブ・ディレクターに就任したステラ・マッカートニーがクロエを復活させ、2001年にその座を引き継いだフィービー・ファイロが、パディントンというバッグと共に、ワイドパンツなどを独特のバランスでハイファッションに取り込んでいくセンスにより、爆発的な「クロエ旋風」を生み出すことになるのでした(フィービーは、2006年に退任し、2008年から2018年にかけてセリーヌ旋風を巻き起こす)。
そんな中、2008年2月(日本は2008年4月2日)に発売されたのが「クロエ オードパルファム」でした。それはクロエのファッションやアクセサリーと同じように、クラシックかつヴィンテージなアプローチを取りながら、モダンでコンテンポラリーなローズ・フレグランスとして、25歳から35歳の女性をコアターゲットに生み出された香りでした。
ブルーベル・ジャパンの歴史において、これほど売れた香水は存在せず、エルメスの「ナイルの庭」シャネルの「チャンス」ディオールの「ミス ディオール」並みの大旋風を巻き起こしました。
私とアマンディーヌは、当時、全く人気がない香りだったローズを再び女王の座へと戻そうと考えたのでした。この香りは当時のトレンドに逆らった香りでした。
ミシェル・アルメラック
ミシェル・アルメラックとアマンディーヌ・クレーヌ・マリーにより調香されたこの香りは、発売と同時に、世界中で爆発的に売れ、ここに21世紀の「ローズ革命」の火蓋が切られたのでした。
真に、日本に『香りの民主化』の扉を開いた香り
日本で2008年4月2日に「クロエ オードパルファム」が発売されると同時に、爆発的なクロエ旋風が巻き起こりました。
世界的なクロエのローズ革命の成功について、チャンドラー・バールの非常に興味深い指摘があります。
調香師たちは、ファッション・ハウスに香水を作るために雇われ、その「クリエイティブ・チーム」(通常はマーケティング部門)が、香水作りを指示します。〝もう少し甘く〟〝いや、フローラルを抑えて〟〝ドライダウンでウッドを強めて〟などなど。そして、最終的に「これだ!」と決めた時に、その香水は完成するのです。つまり、調香師が「これだ!」と決めた形が世に出るわけではないのです。
「クロエ オードパルファム」を一嗅ぎするとその弱点を容易に嗅ぎ取ることができます。まったく面白くなく、陳腐な花であるだけでなく、なぜかまだサッカリンに依存した、漠然とした識別できない合成の花を生み出している。そう、柔軟剤の仮面を被った香水のような匂いなのだ。
さらに悪いことに、柔軟剤の香りには良いものがあるが、これは安っぽく、わずかに化学的な香りがする。何がいけなかったのだろうか?強いて言えば、クロエのクリエイティブ・チームはアルメラックとマリーに20ドル/ポンド程度の配合コスト(つまり、1ポンドの純粋な香水に入れられる原料の合計コスト)を与えて、仕事をさせていたのではないかと、香りから推測します。これは、天然のブルガリアンローズ精油のような高価な原料には手が届かない価格です(それは良い香りを1ポンドあたり40ドル未満で行うは難しい)。
このフレグランスが、合成のにおいがするということがほんの些細なことに感じられるほど、もっと重大な問題に直面します。それはこの香りが、深みもなく、個性もなく、大胆さもなく、人格もないということです。しかし、このファッション・ハウスは最終的な決断を下した。そして、これがクロエなのだ。
チャンドラー・バール(ニューヨーク・タイムズ)
ルカ・トゥリンを世界に紹介したフレグランス・ジャーナリズムの権威であるこの方の分析は批判的であり、容赦ないものなのですが、実際のところ、この文章がそのまま〝クロエローズ〟の素晴らしさを説明してくれているとも言えます。
それは、フレグランスに興味がなかった女性の心さえ揺り動かす〝万人受けするローズの香り〟を発見したところにありました。つまり身にまとっていて安心感につながる香りなのです。
さらに、発売当時、梨花さんや平子理沙さんのような〝フェミニン〟で〝ロマンティック〟なフワフワ系女性が流行った時期だったことが、〝レースやリボン、プリーツ、フワフワとしたイメージ〟を感じさせる「クロエ オードパルファム」に凝縮されているように感じられ、女性たちのハートを打ち抜いたのでした。
「とりあえずこの香りをつけていたら流行の女性像になれる!」と感じさせたところにこの香りの凄みがあるのです。
つまり「香水らしからぬ香水」の概念を作ったところにクロエの「ローズ革命」のすごさがあり、それが〝今まで香水を使った事がない〟日本人女性の大多数を取り込んでいったのでした。そして、日本人女性の気質の一部とも言える〝嫌われたくないし、手軽に誰からも好かれるから皆と同じものを手にする〟という感覚に火をつけたのでした。
まさにこの香りによって、香水の敷居をぐんと下げてくれたという点において、『香りの民主化』を推し進め、日本の香水人口を倍増することに大いに貢献したのでした。
以下、クロエのローズ革命は、2009年と2015年に「クロエ オードトワレ」、2012年に「ロー ド クロエ」(2019年に究極版「クロエ ロー」)、2013年に「ローズ ド クロエ」、2016年に「クロエ フルール ド パルファム」、2020年に「クロエ ローズタンジェリン」とフランカーが次々と発売されました。
そして、クロエの「ローズ革命」最終章として、2021年10月20日にクロエのローズ第二革命の火蓋は切られたのでした。ラグジュアリー・ブランドとしてはじめて100%天然由来成分で作られたローズの香り「クロエ オードパルファム ナチュレル」です。
サステナブル・ラグジュアリーの波が、2020年12月に、クロエの新クリエイティブ・ディレクターにガブリエラ・カーストが就任したことにより、フレグランスの世界にも到達したのでした。