リンノマーブル(名づけえぬもの)
原名:L’Innommable
種類:オード・パルファム
ブランド:セルジュ・ルタンス
調香師:クリストファー・シェルドレイク
発表年:2018年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/40,150円

この香りには名前はない

©Serge Lutens

©Serge Lutens
セルジュ・ルタンスの持つあらゆるパラドックスが、この一本の香水に凝縮されている。唯一無二の出会いであり、肌だけがその真髄を解き明かす、心を揺さぶるマニフェスト。
「あなたが隠しているものが、あなたの代わりに語るだろう。私のベンゾインはシャム産だが、その生命線はキャラウェイシードだ」
セルジュ・ルタンス公式サイトより
2018年11月に、セルジュ・ルタンスは限られた店舗でのみ販売する新しいプレミアムコレクションとして「グラットシエル コレクション」を発表しました。「グラットシエル」とは、フランス語で「摩天楼」「超高層ビル」の意味です。
その黒のファセットガラスボトルのシルエットは、エンパイアステートビル、クライスラービルなど20世紀初頭から1930年代にかけてニューヨークに出現した世界初の高層ビルをモチーフにしたデザインです。
そして、同時に「リンノマーブル」というフレグランスがこのコレクションの新作として発売されました。フランス語で『名づけえぬもの』という意味を持つこの香水名は、『ゴドーを待ちながら』を書いたサミュエル・ベケット(1906-1989、ノーベル文学賞受賞者)の小説名から拝借したものです。自分の名も知らず、何者かも知らず、どこにいるのかも知らない男の物語です。
だからこそ、この香りは、正式には、二つの香料だけが発表されています。クミンとベンゾインです。まさに不条理な香りを作り出そうという試みにより生み出された香水です。クリストファー・シェルドレイクにより調香されました。
ベケットの『名づけえぬもの』と同じく、1990年頃からルタンスも、出版を目的にしているのではなく、自分の為に、1日に2、3時間執筆活動を欠かさずに行うというライフスタイルを送っています。それは、一種の進化のための執筆活動であり、その文章は物語形式ではなく、ただ、内なる登場人物たちに語らせるためだけに、読み返す予定もなく書き連ねているのです。
ルタンス曰く「もうこれなしでは生きていけません」とのこと。つまり、この香りに関してもルタンスは、もう二度と改めて香り直すことはないのかもしれません。彼が行っている執筆活動のように『名づけえぬもの』を生み出したのかもしれません。
「続けなければならない、続けられない、それでも続けよう」



昨年『名付けられざる者』という作品に出会った時、かつてあなたが、父親の姓を名乗ることができなかったと語っていたことを思い出しました。その「名付けられざる者」とは、あなたのことですか?
私は3年間、名前のないままだった。私が生まれた時、母は結婚していたが、その夫は私の父親ではなかった。母は夫に私を認知するよう頼んだが、彼は拒否した。その気持ちは理解できる。母は実の父に私を認知するように頼むことができなかった。当時、私たちはペタン政権下の法律の下にあり、母は不倫をしていたからだ。
いずれにせよ、父も私を認知したくなかった。そして母と私は引き離された。3年間、私には名前がなかった。私はこの物語から消し去られた。その後、母は実の父を説得して結婚したが、それは彼女の人生で最悪の決断だった。名前には多くの無意識が宿っている。往々にして、名前は爆発的に現れ、投げ出され、それはまるで告白のようだ。そしてその名前の背後から、ある物語を引き出すことになる。そこが痛ましいのだ。使いたくない言葉もある。
セルジュ・ルタンス
「続けなければならない、続けられない、それでも続けよう」。延々と一人語り続けていることと、一切何も語らないこと、自己探求と自己放棄、名もなき存在と名を持つ存在、熱さと冷たさ、光と闇、善と悪、対極に位置すると思われていたものが、実は隣り合う仲間だった。
そんな〝おわりのはじまり、はじまりのはじまり、最初からはじまってもいなかった〟香水というよりは影のようなこの香りは、彩り豊かなアプリコット、フィグ、プラムを煮込み、砂糖漬けしたドライフルーツと、ダークなベンゾイン、さらに焦げたメープルシロップのようなイモーテルが、素肌の上で、けだるく混ぜ合わさり、酸味と甘みを、シロップのようにとろりと引き伸ばされていくようにしてこの香りははじまります。
すぐにクミンとキャラウェイが甘さの中にピリッとしたシャープさを加え、トーストのような香ばしさを香りに与えてゆきます。と同時に、うっとりするように美しくも謎めいたフランキンセンスが到来します。
まるであなたの心を地上から天上に引き上げていくような、この浮遊感に満ちたフランキンセンスは、引き寄せられるようにキャラメルのようなベンゾインとひとまとめになり〝名づけえぬもの=形容しがたいもの〟となり、素肌の周辺を漂いながら、心にまで届いてゆき、心の澱も洗い流してゆきます。
どのあたりからそう感じるのか分からないのですが、天国のように明るいようで、地獄のように真っ暗闇の中に佇んでいるようなムードに包まれているようです。
やがて、ふいに救世主か悪魔か分からない、クリーミーなチューベローズとインドールの効いたジャスミンの温かみが、レザーのようなラブダナムとムスキーなアンバー、パチョリ、そしてサンダルウッドとひとまとめになりながら、フルーティーな余韻が素肌の上で広がってゆきます。
そして、香りお前に尋ねるのだ「おれの名をいってみろ!」と。
香水データ
香水名:リンノマーブル(名づけえぬもの)
原名:L’Innommable
種類:オード・パルファム
ブランド:セルジュ・ルタンス
調香師:クリストファー・シェルドレイク
発表年:2018年
対象性別:ユニセックス
価格:100ml/40,150円

シングルノート:ベンゾイン、クミン、フランキンセンス

