ジョイ
原名:Joy
種類:パルファム
ブランド:ジャン パトゥ
調香師:アンリ・アルメラス
発表年:1929年
対象性別:女性
価格:15ml/60,480円
世界一高価な香水をつくろう!
1929年10月24日、ウォール街大暴落により、ファッション・デザイナー、ジャン・パトゥ(1887-1936、カーディガンをモードにした最初のデザイナー、そして、ネクタイをブランドで販売することを考えたアイデアマンでもある)は、ブランド存亡の危機に立たされていました。
それは第二次世界大戦が始まる要因になった未曾有の世界大恐慌のはじまりでした。ジャンは、起死回生の一手を本業の服飾には求めませんでした。なぜなら、今までの顧客層はもはや大恐慌により、高額な買い物が出来なくなっていたからでした。
そこで、ジャンは、スペイン人の専属調香師アンリ・アルメラスに新しい香水を調香するように指示を出しました(ジャン パトゥは1925年より香水を発売していた)。
たとえ新しい服が買えなくても、世界中の女性が元気になるような、今まで存在しなかった最高峰の香水を作ってください。
しかし、ジャンは、作り出された全ての試作品をボツにしました。そして、困惑しているアンリにアドバイスします。
ドレスをいっそう目立たせたいとき、私は高価な素材か布を2倍使う。この香水も同じように濃度を2倍にして下さい。
商品化するにはあまりにも高価すぎる原料で作った試作品が、商品化の道を歩むことになります。それは合成ムスク以外は全て天然香料という贅沢な香水でした。
エルザ・マクスウェルが考えたキャッチフレーズ「世界で一番高価な香水」を引っさげて登場したこの香りの名は、フランスの香水であるにも関わらず英語の名がつけられていました。1930年発売当時この香りは、オーダー香水であり、顧客の名を入れたボトルに、目の前で液体を入れ販売していました。
20世紀最高のフレグランス
まさに野生の花束の香りです。10600個のグラース産ジャスミンと、28ダース(336個)のメイローズが僅か30mlの香水のために使用されました(シャネルのN°5(No.5)よりもさらに多くのジャスミンとローズを用いた)。
まさにフローラル・シンフォニーとルカ・トゥリンが形容した言葉がぴったりな、明るくも華やかな(チューベローズ、イランイラン、ハニーサックルが躍動する)フローラルブーケの香りから始まります。この香りには、ゲランの名香のような難しさは存在しません。ただただ「JOY」なのです。
しいて言えば、アルデハイドの輝きが眩し過ぎる嫌いがあるくらいです。ミドルにおけるグラース・シンフォニーとも言い換えるべきジャスミンとメイローズの競演は圧巻であるとしか形容しようがありません。そこには、アニマリック、フレッシュ、スウィート、グリーン、フルーティの全てがあります。
ベースのムスクとサンダルウッドが、ローズと共鳴し合い、ソーピーなドライダウンを演出します。
1932年に一般販売されることになり、アールデコの代表的デザイナー、ルイ・スーが、中国の鼻煙壺という、翡翠や琥珀を使い、彫刻を施した容器をモチーフした赤のキャップと黒のボトルのデザインを手がけました(クリノリンからもインスパイアを受けていると言われています)。
そして、この香水は、歴代2位の売り上げを記録する伝説的香水の道を歩むのでした(1位はシャネルNo.5)。2000年には、FiFiアワードにて「20世紀最高のフレグランス」に選ばれました。
ちなみに2018年8月にLVMHにジャン パトゥは買収され、日本で代理店だったブルーベル・ジャパンは、2019年3月31日以降取り扱われないようになりました。
名香を愛する人々。
現代においては、何の野心も持たぬということだけで、すでに優雅と呼んでもよかろうから、節子は優雅であった。女にとって優雅であることは、立派に美の代用をなすものである。なぜなら男が憧れるのは、裏長屋の美女よりも、それほど美しくなくても、優雅な女の方であるから。
『美徳のよろめき』三島由紀夫
三島由紀夫の1957年の小説『美徳のよろめき』の中で、ジョイは2度現れる。
「来週の火曜日、その日が来てみると節子は久々に、身じまいと化粧との、目的のある新鮮なたのしみに溺れた。下着に凝っていたので、絹の焦茶のスリップを着る。そのスリップのへりは、沈んだうすい冬空のような青で染めたレエスでふち取ってある。その上から薄茶のシース・ドレスを着る。常用の香水、ジャン・パトゥのジョイをつける。」
28才のよろめき夫人節子が愛した香り。そして、山崎豊子の1970年~72年の小説『華麗なる一族』でもこの香水は登場する。万俵大介の愛人・高須相子を象徴する香りとしてである。日本においてのジョイとは、オンナの道を生きるオンナの中のオスを呼び覚ます香りなのかもしれません。
海外においてジョイを愛用していた人で最も有名な4人として、『風と共に去りぬ』(1939年)でスカーレット・オハラを演じたヴィヴィアン・リーとマリリン・モンロー、グレース・ケリー、ジャクリーン・ケネディ・オナシスが挙げられます。
ヴィヴィアンにいたっては、ジョイを必ず持ち歩き、ルーム・フレグランス、ブレスケアにも使用していたほどでした。ちなみに『風と共に去りぬ』で共演したオリヴィア・デ・ハヴィラントの愛用香水もジョイでした。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイド』で、「ジョイ」を「フローラルシンフォニー」と呼び、「ジョイを単にフローラルと形容するのは間違いだ。1930年にアンリ・アルメラスが調香した香りの本質は、花ひとつひとつの特徴を具現化するのではなく、花という概念を表現するに至っているのだから。」
「ジョイはローズでもジャスミンでも、それにイランイランでもチューベローズでもない、それは壮大なる甘美な香り。実にみごと。」と5つ星(5段階評価)の評価をつけています。
1930年の世界大恐慌と同じような状況に直面しつつある今こそ、再び「ジョイ」の復活を望んでやみません。
香水データ
香水名:ジョイ
原名:Joy
種類:パルファム
ブランド:ジャン パトゥ
調香師:アンリ・アルメラス
発表年:1929年
対象性別:女性
価格:15ml/60,480円
トップノート:チュベローズ、ローズ、イランイラン、アルデヒド、ペアー、グリーンノート
ミドルノート:グラース産ジャスミン、アイリス
ラストノート:ムスク、サンダルウッド、パチュリ