作品名:カサブランカ Casablanca (1942)
監督:マイケル・カーティス
衣装:オーリー・ケリー
出演者:ハンフリー・ボガート/イングリッド・バーグマン/マデリーン・ルボー/ポール・ヘンリード/クロード・レインズ
ボギーと呼ばれる男がそこにいる。
ハンフリー・ボガート(1899-1957)という俳優の名を、男たちにとってのハリー・ウィンストン級の高級品に変えた映画それが『カサブランカ』です。この作品以降、ハンフリー・ボガートはボギーという愛称で、男たちに崇拝され、本作における一挙手一投足の全てが、キリスト教徒における聖書のように、『男のダンディズムの教科書』として崇め奉られることになったのでした。
そんな本作が全米で公開されたのは、第二次世界大戦の真っ只中である1942年11月のことでした。そして、この作品が日本で公開されたのは、敗戦後の、1946年6月でした。世界中の男たちは、勝者も敗者も、それぞれの解釈でボギーを愛し、憧れたのでした。
ここに、そんなボギーの魅力を集約した有名なセリフがあります。
「昨日はどこに行ってたの?」「そんな昔のことは覚えていない(That’s so long ago. I don’t remember.)」
「じゃあ今夜会える?」「そんな先のことは分からない(I never make plants that for ahead. )」
明日の命も知れない戦火の時代に、興味のない女に対してはクールすぎる男ボギー(でありながら、一人の女に対する未練に生きるギャップがまたこの男の魅力)。そんなボギーに痺れる大人の男のための寓話。それが『カサブランカ』なのです。
この作品が、作られるきっかけになったのは、1941年12月7日(日本時間12月8日)に、日本軍が真珠湾攻撃したことからでした。その翌日アメリカは日本に宣戦布告しました。そして、この日に、時代の流れにマッチした主題として『カサブランカ』の映画製作が、ワーナーブラザーズにより急遽決定したのでした。
そして、1942年5月25日に、ハリウッドで撮影が始まり、8月3日に終了しました(撮影はモロッコでは一切行われていない)。当然のことながら、映画の内容は、当時劣勢だった連合国(ちなみに当時の日本は、大日本帝国であり、ドイツ、イタリアと枢軸国に属した)の戦意を鼓舞する内容でした。しかし、『カサブランカ』という作品の恐ろしいところは、日本軍の真珠湾攻撃により産み落とされた産物であるにもかかわらず、ただのプロパガンダ映画に終わらない魅力に包まれていた点にあります。
魅力的な男の周りには、魅力的な男たちがいる。
この作品が『男のダンディズムの教科書』に成り得たのは、ハンフリー・ボガートが演じるリックの周りを取り巻く登場人物もまた実に男臭く、魅力的だったからでしょう。
特に、一筋縄ではいかないルノー署長を演じたクロード・レインズ(1889-1967)と、「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(時の過ぎ行くままに)を歌うリックの親友サムを演じたドーリー・ウィルソン(1886-1953、彼だけが出演者の中で、実際にカサブランカを訪れたことのある唯一の出演者でした)。そして、イルザの夫ヴィクター・ラズロを演じたポール・ヘンリード(1950-1992)の三人が、ボギーと共に、『男のダンディズムの教科書』の各章を飾っていました。
魅力的な男の周りには、華やかな男たちではなく、いぶし銀の男たちが、シルバージュエリーのように集まるものなのです。
ダンディズムとは、白を着る勇気からはじまる。
リック・ブレイン・ルック1 ホワイトジャケット
- ショールカラーのアイボリーウールジャケット、ダブル
- ブラック・シルクボウタイ
- ホワイトコットンシャツ
- ホワイトシルク・ポケットチーフ
- ブラックトラウザー
- 黒のパテントレザー・キャップトゥ・オックスフォード
- ロンジン エヴィデンツァの腕時計、イエローゴールドの文字とピンクゴールドのダイヤル、1941年にボギーが購入したもの
ヴィクター・ラズロを演じたポール・ヘンリードは、元々はウィーンの貴族の家に生まれたイギリス在住の映画俳優でした。しかし、第二次世界大戦が勃発し、敵国人として国外追放になりかけました。そんなとき、彼を救ってくれたのが、本作でラズロを逮捕しようとするナチスドイツのシュトラッサー少佐を演じたコンラート・ファイト(『カリガリ博士』『笑ふ男』のドイツの名優であり、反ナチスを表明しイギリスに亡命した)でした。
そんなポール・ヘンリードにとって、亡命しようと命がけの男が、わざわざ目立つ白い麻のジャケットを着るわけがないとバックステージで不満をぶちまけていました(彼はボギーに対しても、凡庸な役者にすぎないと考えていた)。そんな彼を見て、バーグマンは「プリマドンナ」と呼んでいました。
決して口に出すことはない名台詞「君の瞳に乾杯」
リック・ブレイン・ルック2 ストライプスーツ
- ストライプスーツ、ピークドラペル、ダブル
- ホワイトシャツ
- 円柄のネクタイ
- ホワイトシルク・ポケットチーフ
- ロンジン エヴィデンツァの腕時計
わたしはハンフリー・ボガートという人を知るまでにはいたらなかった。たしかに彼とはキスはしたものの、彼がどういう人間かは知らなかった。
彼はもちろん礼儀正しかったが、わたしはいつもよそよそしい感じを受けた。壁をへだてて向かい合っているようで、人を寄せつけないようなところがあった。そのころハリウッドで『マルタの鷹』が上映されていたので、わたしは『カサブランカ』の撮影中に何度も見に行った。映画を通して見るほうが、彼の人柄を少しはよくわかるような気がしたからである。
イングリッド・バーグマン
映画史に燦然と輝く名台詞「君の瞳に乾杯(Here’s looking at you,kid.)」がこの作品では4回登場します。
この作品は、ダンディズムというものが、自然に生み出されるものではなく、入念に生み出されるものだということを教えてくれます。
175cmの高身長なイングリッド・バーグマンに対して、170台前半の身長だったハンフリー・ボガート。二人の身長差をフォローするために、ボギーがプラットフォーム・シューズを履いたり、二人が座っているシーンでは、ボギーを枕の上に座らせたり、車のシーンではバーグマンに猫背になるように指示を出したりと色々工夫して撮影されました。
身長差に対してもそうなのですが、薄毛のボギーに対してのカツラや、40代の中年男性に輝きを与える数々のファッション・アイテムと、煙草を吸う仕草、白黒の映像美を作り出す照明という風に、そのダンディズムは、綿密な計算の下で生み出されたものだったのです。