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ユヌボワノワール|伝説の歌姫ビリー・ホリデイのガーデニアが枯れていく香り

セルジュ・ルタンス
セルジュ・ルタンス
この記事は約6分で読めます。

ユヌボワノワール

原名:Une Voix Noire
種類:オード・パルファム
ブランド:セルジュ・ルタンス
調香師:クリストファー・シェルドレイク
発表年:2012年
対象性別:ユニセックス
価格:不明

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ビリー・ホリデイのガーデニアの香り

もし私がビリーについて話すとしたら、それは間違いなく、私自身について遠回しに語っていることになる。私にとって『私』という言葉を使うのは難しいのです。誤解しないでほしい、私はビリーと一緒にあるのではなく、ビリーの中にいるのだ。

彼女の声がベルベットのようなドラマチックな響きに重なると、私のヒールも自然と浮き上がった。ストレートなスカートのサージ生地が私の歩みをぎこちなくし、同じスーツが、私の肩をきつく締め付けた。巻紙(ジョブのローリングペーパー)もタバコも持たずに、私はタバコを高く掲げた。私の男が持ちこたえている限り、私はビリーになり、あるいは彼女の歌の中を通り抜けるシックな客になった。

セルジュ・ルタンス

かつてセルジュ・ルタンスより、パレ・ロワイヤル本店限定の「レフラコンドターブル」コレクションのひとつとして発売されていた「ユヌボワノワール」は2012年に誕生しました。フランス語で「ブラック・ヴォイス」を意味します。

この香りは、「レディ・デイ」と呼ばれたジャズ・シンガー・ビリー・ホリデイの波乱万丈の人生とドラマティックな歌声。そして彼女のトレードマークとして左耳の後ろにつけていたガーデニアを主役に据えた香りです。クリストファー・シェルドレイクにより調香されました。

それはセルジュ・ルタンスがはじめて、ミューズからインスピレーションを得たと公言した香りでした。

ガーデニアが彼女のトレードマークになったのは、ある晩、ビリーがジャズ・クラブの楽屋でヘアアイロンで髪を焦がしてしまい、その禿げた部分と焦げた匂いを隠すために、歌っていたクラブで花を売っている女の子からアシスタントに花を買わせ、髪に挿しました。その花こそガーデニアでした(ルタンスの元々のキャリアを考えるとこの逸話に心が揺り動かされた事実はとても興味深い)。

それは1930年代から1950年代のジャズシーンをイメージさせるタバコとラム酒が、ガーデニアと交差する香りです。そして、その中にストロベリーがまるで「奇妙な果実」であるかのように現れるのです。

セルジュ・ルタンスはこの香りについて「ビリー・ホリデイの生涯を香りにしたものです」と答えています。それはつまり、1915年4月7日に生まれ、1959年7月17日に僅か44歳の若さで死去した女性ジャズ・シンガーの魂の香りなのです。

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血のようなメタリックなガーデニアの〝肉体と魂の叫び〟

星々が合唱するように昇り、夜空は月の光で満たされる。

ジャズ、お酒、そして夜、それらすべての向こうには、ガーデニアの香りのする、不穏な白い煙の筋が立ち上る。

セルジュ・ルタンス公式サイトより

17歳の父親と19歳の母親(自伝には15歳の父親と13歳の母親と記されていた)の間に生まれたエレオノーラ・フェイガンは、父親に捨てられた売春婦の母親にもやがて育児放棄され、1925年に孤児院に入れられます。それはセルジュ・ルタンスの境遇と似た部分があります。

結局母と共に生活するようになっていたエレオノーラは、1926年のクリスマスイブに近所の男性に強姦され、11歳で処女を喪失します。更に、1929年には、母と共に売春行為により逮捕されてしまうのです。

この香りのトップノートは、この10代の地獄の季節をテーマにしているのですが、愛憎に満ちた、騒々しいはじまりでも、濃厚な暗黒の香りの嵐でもなく、夢のようなグリーンジャスミンと自然の酸味に満ちたストロベリー×シダーウッドのハーモニーからはじまります。この香りの魅力は、はじまりからおわりまでずっと感じられる、血のようなメタリックな〝肉体と魂の叫び〟にあります。

それでいて地獄の中でも、彼女には人の心を震わせるブラック・ヴォイスがあるという希望を感じさせる、スパイスはほとんど存在せず(ほんのりとクローブとカルダモンが感じるだけ)、潔いまでの透明感に満ちています。

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ストロベリーがまるで「奇妙な果実」であるかのように現れる。

やがて禁酒法時代のハーレムの非合法のナイトクラブでジャズ・シンガーとして働くようになったエレオノーラは、再会した父親に男のような外見だとからかわれ、ビルと呼ばれました。彼女は、そんな父親に対する愛憎渦巻く感情から、ビリーという男性名と、父親の姓を組み合わせた「ビリー・ホリデイ」という芸名を名乗るようになります。

そして1935年に、デューク・エリントンと共演した頃からジャズ・シンガーとして成功の道を突き進むビリーは、黒人としてはじめて白人の楽団(アーティ・ショウ)と競演することになります。しかし、彼女は壮絶な人種差別に苦しめられることになりました。

そんな中、1939年に、リンチにあって虐殺され、木に吊りさげられた黒人の死体を揶揄した「奇妙な果実」を人種差別が渦巻く時代に、プライドを持って歌い続け、ビリー・ホリデイはスターの地位を手にしたのでした。

このスター街道を直走る季節が、この香りのミドルノートです。埃っぽいバニラとムスクの中、ため息のようなドライなココアの芳香と共に、ビリーが歌を歌う、薄汚れた場末のジャズ・クラブを思わせるタバコとラム酒の匂いが漂います。そしてストロベリーダイキリが素肌の上にすべり出します。

そんな中から、実に表情豊かにクリーミーなガーデニアが、インドールと花蜜をまき散らしながら、滑らかにその花びらを開花してゆきます。チューベローズのような香りもするガーデニアです。ここからこの香りの最大の魅力である、枯れそうで枯れないガーデニアの痛み、哀しみ、歓喜と情熱を感情豊かに伝えてくれます。金切り声をあげる訳でもなく、抑制されているからこそ、心が揺さぶられます。

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このガーデニアはタバコの煙やラム酒で育てられたのだ。

しかし、頂点に登り詰めた彼女のその後の人生は、麻薬中毒とヒモ男、逮捕と服役といった不幸に付きまとわれます。肉体も精神もボロボロになりながら、1954年に遂に初めてのヨーロッパツアーを成功させ、念願を果たしたビリー。

ラストノートは、成功の後の不幸の末の死と、その後に不滅の存在になった永遠の季節をテーマにしています。それはこの香りを身に纏う者の心を揺さぶる、儚くも物憂げで美しいガーデニアの余韻に満たされてゆきます。

ビリー・ホリデイの円熟味を増した晩年の歌声のように、聴けば聴くほど、魂に届いていくような、素肌を透かして心に届く甘く切ないガーデニアの匂いと、体臭がひとつになっていく、夢のような瞬間を体感することになります。

このガーデニアは、美しいというよりも、まさに今、枯れようとしており、どこまでもクールにドラマティックなのです。このガーデニアはタバコの煙やラム酒で育てられたのだ。そんな香りと、そして血の匂いを漂わせながらも、ローズやアイリス、コスメティックなヴァイオレット、そしてジャスミンといった花の精の囁きを、不意に感じさせる、これ見よがしではない、こなれた表現の豊かさにあるのかもしれません。

濃厚で華やかな花の息吹に満たされるのではなく、白黒の世界の中で、リラックスしてそのかすれた声の官能的な誘惑に陶酔することが出来る、素肌の上でゆっくりと枯れる寸前のガーデニアの死にゆく者の祈りなのです(枯れたではなく、枯れる寸前までの香り)。

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香水データ

香水名:ユヌボワノワール
原名:Une Voix Noire
種類:オード・パルファム
ブランド:セルジュ・ルタンス
調香師:クリストファー・シェルドレイク
発表年:2012年
対象性別:ユニセックス
価格:不明


シングルノート:ストロベリー、ジャスミン、ガーデニア、ラム、アイリス、ローズ、タバコ、バニラ、アンバー