ヴィヴィアン・リーが最も愛した作品
1940年に、ローレンス・オリヴィエとヴィヴィアン・リーが『ロミオとジュリエット』でブロードウェイの舞台に登場した。・・・私は、イギリスの誇るふたりの名優をシェイクスピア劇で観ることがいかにわたしの演技の勉強に重要なことかを母に納得させた。
アメリカの俳優とイギリスの俳優では、シェイクスピアの演じ方やせりふのしゃべり方に違いがあることが、そのころの私にも感じ取ることができた。オリヴィエ夫妻の発音はとても綺麗で、せりふがとても自然に聞こえるのだった。ふたりは何もかも完璧な上に、素晴らしく美しかった・・・神に祝福された存在のように・・・
ローレン・バコール
1940年、ヴィヴィアン・リーは世界で最も美しい女性の一人だった。『風と共に去りぬ』(1939年)のスカーレット・オハラ役によって得た世界的名声により26歳にして、「映画女優」という言葉の象徴となったヴィヴィアンは、当時のインタビューでこう答えました。
「私は映画スターではありません。女優です。ただ映画スターであることだけでは、うわべだけの偽りの人生です。偽りの価値と宣伝のために生きているだけです。女優だったらいつまでも長続きして、つねに素晴らしい役を演じる機会があります。」
ヴィヴィアン・リーの素晴らしさと恐ろしさは、ローレンス・オリヴィエという当時の恋人(後の夫)の影響を受けていました。
二人はバスに乗ると、オリヴィエが乗客の一人を選び出して、その行動についてヴィヴィアンと意見を闘わせました。二人の生活のすべてが舞台を中心に回転していました。彼はなぜ乗客があんな動作をしたと思う、とヴィヴィアンに尋ね、そして、その動作をさまざまに解剖して、説明するのです。そして、ずっと後に、ヴィヴィアンはオリヴィエが舞台でその動作を使い、それが真にせまっていることに気がつくのでした。
オリヴィエからヴィヴィアンへの演技に対する助言は、常に観客の期待しているものを予想して、そして、それを行わぬ、ということでした。
「何かをするにはそれを感じなければならない。役を正確に演じれば役を感じられる。悲哀、情熱、苦悩、それをじっさいに感じなければならない。すべての感情の経験がそうであるように、自分から何かが失われ、何かが加わるのである」。このオリヴィエの鉄則が、ヴィヴィアンに、女優としての栄光と、精神の崩壊の二つの魔力を与えることになったのです。
戦時下に作られた作品だからこそ、本気の「ベレー帽」が生きる
1938年に第二次世界大戦が始まり、本作品が作られた1940年当時、戦火の波が、ヨーロッパを包み込もうとしていました。その緊張感が、見事に映像を支配しています。
そこに、ロバート・テイラー(1911-1969)の今では存在し得ないダンディズムと、ヴィヴィアン・リー(1913-1967)の動物的な美貌と卓越した表現力が、三重奏のように重なり合い、甘くて哀しい物語に、芸術性と永遠の生命力を与えていきます。
まさにそういった状況が、この作品に登場するマイラ・レスターに、女性とミリタリー・テイストの融合を映像の中で実現させたのでした(もしかしたら初めてかもしれません)。
戦争が、出会いを生み、二人を引き離します。それは「さよなら」の挨拶からはじまる出会いです。そんな出会いのシーンで、二人が着ていたファッションは、ミリタリーであり、この当時20代の男女の着るミリタリーテイストは、いまどきのストリート・テイストがミックスされた子供っぽいミリタリーではなく、大人の男女の魅力を引き立てるミリタリー・シックでした。
それは私たちが、今では忘れがちな、ミリタリー・ファッションが生み出しうる、大人の演出を、見事に思い出させてくれます。ファッションには、常に二つの面が存在します。それは、若さを引き出す一面と、成熟を引き出す一面の二面なのです。20代以上の男女が、絶えず一面のみに終始するファッション・センスをこう表現します。「洗練されていない」と・・・。
マイラ・レスター・ルック1
ベレー帽スタイル
- ベレー帽、チョボあり
- 2ピースのスカートスーツ。くるみボタン
- ブラウス、くるみボタン
- 襟の下でスカーフを結ぶ
- 黒革のショートグローブ
- 黒ヒールパンプス
『風と共に去りぬ』のスカーレット・オハラから一転し、マイラ・レスターは戦時下の実用的なファッションで現れます。清潔感たっぷりなスカートスーツにベレー帽のアンサンブルが、「若々しい可憐なヒロイン像」に説得力を生み出しています。
マイラ・レスター・ルック2
「白鳥の湖」スタイル
- 白のローブデコルテのロングドレス
- トウシューズ
ファッションとは美しく歩くこと
空襲警報に導かれ、地下鉄の構内でひと時を過ごしたマイラとロイ。翌日には戦地に向う彼と最初で最後のデートをお洒落なレストランで過ごします。
このキャンドルライト・クラブで、最後に演奏される「別れのワルツ」に合わせて、クラブ内のキャンドルが一本一本消されていくというとてもロマンティックな演出があります。
50年代に英国を訪れた宝塚出身の日本を代表する大女優・八千草薫様が回想しているように、ヴィヴィアンの王立演劇学校で磨き上げられた「白鳥が湖上をすべるような素晴らしい歩き方」がこの作品においても、あらゆるシーンに宝石の輝きを与えています。
そして、歩き方が美しい女性が着ると、かくもファッションはより映えるものなのかということを訓えてくれます(それはファッションモデルのような気取った歩き方や、あの妙な立ちポーズではありません。ああいったポーズはファッションを凡庸なものに変えてしまっています)。
マイラ・レスター・ルック3
ポルカドット・ドレス
- フード付きケープコート
- 白シフォンドレス。ポルカドット、ラップドレス風、フレアスカート
- 白ロンググローブ
作品データ
作品名:哀愁 Waterloo Bridge (1940)
監督:マーヴィン・ルロイ
衣装:エイドリアン/アイリーン
出演者:ヴィヴィアン・リー/ロバート・テイラー