ミシア
原名:Misia
種類:オード・パルファム
ブランド:シャネル
調香師:オリヴィエ・ポルジュ
発表年:2015年
対象性別:女性
価格:75ml/37,400円、200ml/66,000円
公式ホームページ:シャネル

バレリーナたちのメイクアップの香り

©CHANEL

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この香りは、私のはじめてのシャネルです。
ガブリエル・シャネルにとって、ミシア・セールという女性との出会いは、彼女の人生のターニング・ポイントでした。ミシアによって、シャネルには、たくさんの新しい道が開けました。
「ミシア」は、そんな彼女の名を冠した香水です。しかし、私はミシア・セールという女性そのものを香りとして捉えようとはしませんでした。
それはシャネルがミシアによってもたらされた匂いを捉えることによって、成功の香りを生み出そうと考えたからです。ですので私は、シャネルが衣裳デザインをしたバレエ・リュス(ミシアがスポンサーであり、このバレエ団に芸術性と、過度なメイクアップと、衣裳センスを持ち込んだ)の舞台裏の空気とバレリーナたちのメイクアップの香りを選びました。
オリヴィエ・ポルジュ
2007年にシャネルのプレステージ・コレクションとして「レ ゼクスクルジフ ドゥ シャネル」がスタートしました。そして、2015年3月に、ココ・シャネルの親友ミシア・セールの名をとった15番目の香り「ミシア」が発売されました。
「ラグジュアリーな心地よさと謎めいた魅力に満たされる香り」というフレーズと共に発表されたローズ×ヴァイオレット(スミレ)の香りは、1978年からシャネルの3代目専属調香師を務めたジャック・ポルジュの息子であり、4代目専属調香師に就任したオリヴィエ・ポルジュによる〝はじめてのシャネル〟でした。
私の愛して止まないフレグランスの一つにシャネルの「n°19」があります。ニオイ・イリスの根茎は、フローラル、パウダリー、ウッディーの三つの香りを同時に表現できます。「ミシア」にはイリスのパウダリー・ローズな一面が含まれています。
オリヴィエ・ポルジュ
オリヴィエ・ポルジュのはじめてのシャネル

ヴェニスのミシア・セール。

1901年のミシア・セール。時代的に残された写真に良いものが存在しないので、実体がイマイチ掴めない女性です。
ミシア・セール(1872-1950)は、ピアニストであり、20世紀初頭の芸術家のパトロンでした。フランツ・リストを友人に持つ一家という恵まれた環境で、音楽の英才教育を受け、10代にはガブリエル・フォーレからピアノ・レッスンを定期的に受けました。
そして、マルセル・プルースト、クロード・モネ、ルノワール、ドビュッシー、アンドレ・ジッドらとも親交を深めました。
1905年にフランスの新聞王の妻となり、芸術家のパトロンとなります。20世紀前半のフランスの芸術家の多くは、彼女の庇護を受けました。『パリの女王』と呼ばれるようになったミシアは、1917年からココ・シャネルとも深い親交を結ぶようになりました。
1919年12月22日にボーイ カペルが事故死した時に、生きる屍となったシャネルを励ましたのも、彼女でした。はじめての海外旅行としてヴェネツィアに連れて行きました。この旅は、シャネルの人生と視点を永遠に変えることになるのでした。
ミシアはシャネルの「天才、致命的な機知、皮肉、狂気の破壊性がすべての人々の興味をそそり、驚かせる」部分を大変評価していました。そして支援していたバレエ・リュスの主催者であるセルゲイ・ディアギレフを彼女に紹介しました。
1924年に、シャネルは、ディアギレフが率いるバレエ・リュスのバレエ『青汽車』の衣裳を担当することになりました。このバレエの脚本はジャン・コクトー、カーテン・デザインはパブロ・ピカソでした。
香りの全てに、20世紀初頭にガルニエ宮で公演されていた、ある日のバレエ・リュスの公演風景が投影されています。真紅の口紅と真珠と羽飾りで飾り立て、期待に胸を躍らせる観客たち、楽器をチューニングする奏者たち、全身くまなくメイクアップされたバレリーナたちが、赤のベルベットのカーテンの裏でウォーミングアップするその姿。そういったものから生み出される匂いのすべてです。
メイローズ(グラース産のローズ)とターキッシュ・ローズを包み込むヴァイオレット(スミレ)が口紅を連想させ、ベンゾインがメイクアップのパウダーを連想させます。
オリヴィエ・ポルジュ
シャネルとゲランの境界線をバレエ・リュスのバレリーナが歩く香り

©CHANEL

ココ・シャネルが衣裳デザインを担当したバレエ・リュスの『ミューズを率いるアポロ』。1928年。
〝ル・トラン・ブルー〟パリからコート・ダジュールに向けて夜行列車が素肌の上を走り抜けるようにして、香水瓶からあなたの心に向かって、素肌という名の線路をアルデハイドに押し出されたライチが駆け抜けるようにしてこの香りははじまります。
そしてライチは彗星のように消えてゆきます。いいえ違います。正確にはヴァイオレットに溶け込みながら消えてゆきます。まるでゲランの「アンソレンス」を連想させるオープニングです。
すぐにピーチとラズベリーの甘さを含んだローズが、ヴァイオレットと結びつきリップスティックの匂いを運んでゆきます。さらにアイリスも加わり、素肌の上をバレリーナが優雅に舞うような、無重力パウダリー感覚に満たされてゆきます。この世のものと思えないほどのドライローズの光臨です。
このゲランとシャネルの香りの境界線を歩くような、とても気品のあるミドルノートが「ミシア」の本懐と言えます。
そして、その舞台の背景で燻るベンゾインとトンカビーンにより構成されたスエードレザーの香りが、立ち上るサンダルウッドと遭遇し、クリーミーアイリスの優しさと温かさで肌の上で休息するように溶け込んでゆきます。
コスメには踏み込めない、コスメの先にある「美を創造する」香り
「ミシア」は、男性が、女性のようにコスメの世界を堪能できる香りであり、女性にとって、コスメには踏み込めない領域をフォローするコスメの先にある「美を創造する」香り、つまりは、芸術的な創造意欲を掻き立ててくれる香りと言えます。
それはモイラ・シアラーの『赤い靴』(1948)を見ているような躍動感と、現代にはない総天然色の華やかさをも感じさせる香りです。
まさにこの香りは、天然香料と合成香料と調香師の情熱とシャネルの遺産が、バレエという芸術に憧れた末に生み出された〝しずかなる情熱に身をゆだね、心とからだをエレガントに解放していく香り〟なのです。
ルカ・トゥリンは『世界香水ガイドⅢ』で「上流階級のスミレ」と呼び、「初めにわかりきっていることを言わせてもらうと、これは良い匂いだ。現代の香水という広い文脈で考えてみれば、それは当たり前ではなく、むしろ感謝すべきことである」
「それでは詳しく解説しよう。「ミシア」は初め、少しパワー不足に思えるが、それは嗅覚を失わせる力を持つイオノンを大量に含むせいかもしれない。この香水は巡航速度に落ち着くと、「31 リュ カンボン」や「ラ パウザ」、その他最近のレ ゼクスクルジフ シリーズが中継点となるパターンに収まるようになる」
「どうやらシャネルは、原材料の品質や調合技術ではどこにも(特に昔のライバルであるキャロンやゲランには)負けないと確信しているらしい。それゆえに、大胆であれというプレッシャーとは無縁で、少しずつ前進すればよく、前に成功したことの大半を毎回繰り返し、新しい要素を一つか二つ加えている。今回は「31」の蜂画調パウダー、「ラ パウザ」のパンの香りがするイロン、「No.5」のマイルドな抽象性が、主にローズとイオノンで構成された新しい背景で語り直される」
「「ミシア」は笑顔を失った 「リップスティック ローズ」、驚異的なパワーを失った「パリ」といったところ。私の意見では、イオノンは少し粗悪なくらいが最高だ。この飾り立てたバージョンは、非常に豪華だが、親しみに欠けるような印象を受ける。とても良い香りということに変わりはないが」と4つ星(5段階評価)の評価をつけています。
香水データ
香水名:ミシア
原名:Misia
種類:オード・パルファム
ブランド:シャネル
調香師:オリヴィエ・ポルジュ
発表年:2015年
対象性別:女性
価格:75ml/37,400円、200ml/66,000円
公式ホームページ:シャネル

トップノート:アルデハイド、ライチ
ミドルノート:ターキッシュ・ローズ、グラース・ローズ、ラズベリー、ピーチ
ラストノート:レザー、トンカビーン、ニオイ・イリスの根茎、バイオレット、ラオス産ベンゾイン、バニラ
