完璧とは程遠い女性が、完璧を演じた『奇跡のファンタジー』
愛する前に、足跡をつけずに砂漠の中を走りぬける方法を習いなさい。
この映画が撮影されていた時期、マレーネ・ディートリッヒ(1901-1992)は、パラマウント映画との7年契約を希望せず、この一本で、ドイツに帰国することができる(その代わり他のハリウッドのスタジオとは契約できない)契約を望みました。
周りの人々と同じように彼女自身も自分がスターとして成功できる可能性は万に一つもないと考えていたのでした。ただ一人、ジョセフ・フォン・スタンバーグを除いては。
丸顔で、正確な英語も話せず、足は、膝下は美しいが、太ももは太め、しかも、かなりの猫背。さらにいつも髪型に問題を抱えていました。
髪のせいで、私はいつも絶望的な気分になった。この「やわらか過ぎる髪」を好む者は誰もいなかった。その髪をほぐし、十分に梳き、魅力的な効果を出すように顔に合わせて型をつけることなど無理なことだった。
髪を巻くには朝の六時から始めた。私の頭皮をあおりたてるほどドライヤーをかけても無駄だった。結局、これを利用して、何とかカメラの前に立てるようにした。昼になると、カールがとれていた。
マレーネ・ディートリッヒ
マレーネが欧米で崇拝されている真の意味は、自分の美脚に100万ドルの保険を賭け(事実ではないが)、不滅のシンボルとしてハリウッドに君臨した〝女神〟としてのクールネスからではなく、「完璧とは程遠い女性が、完璧を演出したという奇跡のファンタジー」ゆえなのです。
スケールの大きなスターという存在。
「媚びない女性の魅力」を示すために、女性らしさと最もかけ離れた装い=男装姿で、100万ドルの美脚を期待していた観客の期待を裏切るマレーネ・ディートリッヒ。
友人のココ・シャネルが彼女に言いました。「男は苦労させられた女のことは、決して忘れない」。マレーネは、この言葉から感化を受けました。そして、マレーネは実行しました。
ただ美脚だけを売りにすることなく、2作目にして、ヴァージョン2の新たな自分を見せることに。そう、変化してこそのスターであり、ファムファタールなのであると、世界中の女性に示すために彼女は、〝肩幅が広く、お尻が小さくて男性的〟というコンプレックスを長所に変える決心をしたのでした。
この時代のスターは、スケールが果てしなく大きかったように感じます。今のスターの証が、テレビCMで化粧品を売りつけることであるならば、マレーネ・ディートリッヒの活躍した時代のスターの証は、スクリーンでその存在をしめすことでした。
アミー・ジョリーのファッション8
シースルードレス
- シースルーのロングドレス
- パールのネックレスをスカーフ風に
- 宝石のついたバングル
アミー・ジョリーのファッション9
トレンチコート
- PVCトレンチコート(このコートの軽やかな動き、本当にPVCだとしたらすごいことです)
- ヘッドスカーフ
- ハイヒールパンプス
写真だけでファッション・アイコンを語るべからず
もし私が、マレーネ・ディートリッヒの魅力を、写真だけで感じ取ることが出来ると考えているなら、それは愚かな考えだと、私は知らなければなりません。それはミシュランガイドの『3つ星』のレストランの料理の写真を見て、食べずにその評価をしようとしているも同然なのです。
21世紀の幸運なところは、古い芸術にたやすく触れることが出来ることです。一方でその危険性は、表層を捉えて、知ったつもりになることです。
ゆったりとしたストーリーに退屈してしまうならこう考えて見ましょう。「偉大なるものの速度は常に遅いもの」だと。クラシック音楽にしても、文学にしても、絵画鑑賞にしても、あらゆる芸術は忍耐を伴うものです。
マレーネ自身はこう言っています「私の最大の長所は忍耐強いこと。私の最大の目標は完璧をめざすこと」。何事もファストな時代だからこそ、〝新しいものをただ追いかける〟のではなく、ファッションの真髄を、知りたいと望むなら、間違いないことは、忍耐を持って、それと向き合うことなのです。
アミー・ジョリーのファッション10
シルク・ブラウス
- シルクのブラウス
- チューリップスカート
- スカーフ
- ハイヒールパンプス
作品データ
作品名:モロッコ Morocco (1930)
監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ
衣装:トラヴィス・バントン
出演者:マレーネ・ディートリッヒ/ゲイリー・クーパー