究極のフレグランスガイド!各ブランドの聖典ページ一覧にすすむ
エルメス

【エルメス】H24(クリスティーヌ・ナジェル)

エルメス
©Hermès
この記事は約14分で読めます。

H24

原名:H24
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:クリスティーヌ・ナジェル
発表年:2021年
対象性別:男性
価格:30ml/11,550円、50ml/14,080円、100ml/17,490円
公式ホームページ:エルメス

スポンサーリンク

「テール ドゥ エルメス」を愛した女

©Hermès

私がエルメスの香りで愛している香りは、「テール ドゥ エルメス」と「オー ドゥ エルメス」です。特に後者からは子供の頃の強烈な想い出が蘇ります。

クリスティーヌ・ナジェル

エルメスの初代専属調香師ジャン=クロード・エレナによる「テール ドゥ エルメス」は、2006年に創造されました。イソEスーパーを世界中に広めたこの香りは、メンズ・フレグランスにウッディ革命を起こし、史上最高のベチバー/グレープフルーツ・フレグランスとして、現在に至るまで確固たる地位を確立しています。

2014年3月にエルメスに入社し、エレナの下で二年間の引継ぎ期間を経て、2016年1月に二代目専属調香師に就任したクリスティーヌ・ナジェルにとって、エルメスの後継者として果たさないといけないことは4つありました。

ひとつは、「庭園のフレグランス」の継承、もうひとつは「エルメッセンス」の継承、更にもうひとつは新作の創造、そして、最後のひとつは、新たなるメンズ・フレグランスの創造でした。

クリスティーヌは、メンズ・フレグランスの創造のため、まずは2018年に「テール ドゥ エルメス オー インテンス ベチバー」を調香しました。彼女はこの香りを生み出すために、時計を分解するように構造を徹底的に分解して、再構築する形でフランカーを生み出しました。

更に彼女は、常にエレナから教えられたひとつの事に注意していました。その教えとは、「しっかり時間をかけて香りを生み出すと言うことです。エルメスが惜しみなく与えてくれる時間を大切に消費することです」。

2019年末、彼女はようやく念願のメンズ・フレグランスの創造に取り掛かる決心をしました。

スポンサーリンク

ウッディではないメンズ・フレグランス

©Hermès

©Hermès

香りのトレンドについて分析することは、過去に生きる事になるので、大嫌いです。私は、未来の香りだけを創造することを常に心がけています。

クリスティーヌ・ナジェル(エルメスの調香師になるまで、彼女はトレンドを意識する事に大変な時間を費やしてきたと回想した上での言葉)

エルメスのメンズ・フレグランスの歴史は大きく3つに分類されます。1970年の「エキパージュ」、1986年の「ベラミ」、そして、2006年の「テール ドゥ エルメス」です。これらはすべて制作当時とんでもなく大胆な香りでした。つまり、エルメスのメンズ・フレグランスの歴史は、革新の歴史だったのです。そして、2021年、再びその時がやって来たのです。

この香りを作るために市場調査は一切行われず、アーティスティック・ディレクターのピエール=アレクシィ・デュマとパルファム・ビューティ部門のCEOであるアニエス・ドゥ・ヴィリエ、メンズ・ユニバースのアーティスティック・ディレクターのヴェロニク・ニシャニアン、そして、クリスティーヌ・ナジェルの4人の決定の下で創造されてゆくことになりました。

エルメスにとって香りを創造するために最も重要なのは、素材選びの絶対的な厳しさによって達成できる〝品質に妥協しないこと〟と、トレンドから離れたスタンスで〝押しつけがましくない真の存在感=エレガンス〟を生み出すということなのです。

この新しいエルメスの著名となるメンズ・フレグランスを創造するために、私は従来のメンズ・フレグランスのウッディから離れ、予測することがとても難しい道を、切り開いていく必要性を感じました。

クリスティーヌ・ナジェル(以下、引用はすべて彼女からのもの)

そして、1年の年月を経て「H24」は誕生したのでした。それは現在のメンズ・フレグランスの80~90%を占めるウッディからの解放であり、オリエンタル、ムスク、スパイス、フローラル、アンバーウッディではないボタニカルの香りでした。

2021年2月28日に発売された「H24」の名を提案したのはピエール=アレクシィ・デュマでした。「H」とはHERMÈS、HOUR(時間)、HOMME(男性)の頭文字であり、「24」は1880年以来エルメスが第1号店を構えるパリのフォーブル・サントノーレ店の番地、24を意味しています。さらに「H24」とは、フランス語で「24時間」を意味する一般的な表現です。

スポンサーリンク

エルメスのメンズ部門を統括するヴェロニク・ニシャニアン

©Hermès

©Hermès

ヴェロニクの作品と私の作品には多くの共通点があります。それは目で生地に触れることができるような印象があるということです。私の香りも触覚のようだと言われることが多いのです。

彼女のファッションショーを見て、いつも視覚的な感覚に感銘を受けます。彼女は、カシミア、レザー、シルクの質の高さを目で見てすぐに伝わるようにデザインに溶け込ませてゆきます。そして、2つの全く異なる素材を混ぜ合わせる方法も、実に無駄なく、互いに自然に溶け合わせているのです。

かつてヴェロニクは、日本の古い織機でハイテク繊維を織ったと説明してくれました。これは、私が共有する類似点です。私はハイテク素材と伝統的な素材の両方を扱うのが好きなのです。

クリスティーヌは、1988年からエルメスのメンズ部門を統括するアーティスティック・ディレクターのヴェロニク・ニシャニアンのランウェイを毎シーズン体感する中で、この香りに対する創作の方向性を固めていきました。

エルメスのランウェイで、男性モデルが歩いている姿を見ていると、その素材の柔らかな雰囲気に吸い込まれるような気分になり、触って愛撫したくなるのです。私はH24を身に着けた人の首筋を撫でたいと思ってしまう官能性を与えることができればと考えています。

スポンサーリンク

「H24」はハイテクフゼアです!

©Hermès

ジュネーブのあるビルの最上階に祖母の仕事場はありました。祖母が真っ赤に熱したアイロンを、湿らせた生地の上に置いてトラウザーにアイロンをかけるのを見ていました。熱い金属とウールの湿気と蒸気の匂いは本当に独特です。世界中の縫製工場特有の匂いがしていました。

パンタンにあるエルメスのアトリエの最上階にクリスティーヌの仕事場はあります。その一階下が、ヴェロニクのメンズウェアのアトリエです。湿ったウールの上に置かれた熱した金属の匂いがこの空間を満たしています。

それはイタリア系スイス人のクリスティーヌの忘れていた子供の頃の記憶を急速に呼び覚ましました。トラウザー専門のテーラーだった祖母の仕事場をよく訪問していたときの記憶です。

はじまりから終わりまで、スタイルを束縛されない洗練された男の躍動感と、秘めたる野心を感じさせる香りを作りたい!この香りは、明らかに、ディオールの「ソヴァージュ」や「ディオール オム」のような(メンズ・フレグランスの主流である)フレッシュフゼアを愛する男性の心を奪う目的のために生み出された香りなのです。エルメスは「H24」をハイテクフゼアと呼んでいます。

スポンサーリンク

4つのメイン香料で生み出した香り

©Hermès

私のこの香りのイメージはこうです。植物の誕生を説明する映像を想像してください。小さな種が発芽し、新芽がグングンと伸び、大地を突き破り、太陽の光を求めて成長していく姿を早送りしていく。その大地にたとえアスファルトが敷かれていようともそれを突き破るのです。そんな都会にある逞しい自然をイメージしました。それは流動的でダイナミックな力強さです。

グレープフルーツが弾けるような芳香からこの香りははじまります。すぐに熟していないメロンかマンゴーのような香りが一瞬飛び込んできます。そして、間髪いれずに酸味がありルバーブのようにフレッシュジューシーな香りが広がってゆきます。

(干し草や刈り取ったばかりの草のような)クラリセージの登場です。ウォッカのようにシャープなスクラレンによって、銃口から放たれた香りの弾丸がダイヤモンド製であり、まるで煌く閃光を放つように香りを放つのです。それはどこかフルーティーなシャワージェルのようでもあります。

クラリセージ(Salvia sclarea)は、カンファーが強い薬用として使用されるセージ(Salvia officinalis)よりも遥かに官能的なアンバー調の香りを放ちます。

このクラリセージはフランス産です。まろやかなマスカットのような側面と刈り取ったばかりの草の側面、さらにアンバーの側面を併せ持つように、クラリセージ・エッセンスとクラリセージ・アブソリュートがブレンドしたものが使用されています。

このスペシャルブレンドにより、クラリセージは、香りの主役として最初から最後まで存在感を放ち続けるのです。フゼア調を生み出す場合、通常使用されるラベンダーの代わりに使用されているのです。クリスティーヌは、この香りはバルマンの「ヴァンヴェール」の影響を受けているとコメントしています。

スポンサーリンク

クラリセージ、水仙、ローズウッド、スクラレン=H24

©Hermès

©Hermès

私が水仙アブソリュートをハーブの後に現れるフローラルとして選んだのは、とても儚いこの香料は、植物界の山猫であり、慎重に扱わなければならない、飼いならされていない香料のひとつだからです。

水仙は、香水の歴史において、メンズ・フレグランスに、グリーンの輝きを与えるために使用される〝男の花 “と言われてきました。しかもいつも小さな役割しか与えられませんでした。

やがて、ハーバルなクラリセージに、水仙が加わり、ウォータリーなグリーンノートの中に、夜のバーで煙草を燻らせるようなスモーキーな感覚を加えてゆきます。

通常の水仙よりもたくさんの水仙を使用したいと考えたクリスティーヌは、ロベルテ社と共同で、花粉を抑制するための蒸留プロセスを開発しました。それでもなお、平手打ちするようなインパクトが残るように謎の素材と一緒に共蒸留させたのでした。

ヴェロニク・ニシャニアンの作品には、いつも黄色を基調とした電気的なタッチがあります。そして、私も自分の香水にそのような輝きを求めています。香水はただ滑らかなだけではなく、あなたの記憶に残るものでなければなりません。

さらにハーバルフローラルなピリっとした香りの中に、より一層フレッシュな感覚を与えていく素材としてローズウッドという意外な素材が追加されています。これはエルメスが支援しているペルーの生産者から調達している最高級のローズウッド・エッセンスです。

このエッセンスが、大自然の中にいるような壮大な温かみのあるフレッシュ感で包み込んでくれるのです。

ローズウッドの主要産地であるブラジルでは約20年間禁輸処置が取られているため、最近では天然のローズウッドを使用したフレグランスを見つけることはなかなか出来ません。

そのため2019年にクリスティーヌの情報提供を受けたエルメスのバイヤーが、飛行機で10時間、バスで4時間、船で4時間、さらに徒歩で4時間かけてペルーの生産者のいる現地に赴き、独占権を獲得したのでした。

ローズウッドには、アニスの香りがするグリーンで、ユーカリのようなオイリーな香りもします。成分のひとつであるリナロールは、ベルガモットにも含まれており、シトラス特有の爽やかさをもたらします。

この香りの特徴は、シトラスによってではなく、ローズウッドによって、フレッシュさをもたらし、ウッディな香りが全くしないところにあります。

スポンサーリンク

スクラレンとは?

©Hermès

合成香料であるスクラレンは、最初はフレッシュで、とてもエレガントで、表現するのが難しい香りです。しかし、時間が経つにつれ、官能性を帯びるまで徹底的に磨きこまれたメタルのような温かさに包まれてゆきます。

ドライダウンにつれ、最初から存在感を発揮しているスクラレンが、最終形態であるメタリックな香りで全体を温かく包み込んでゆきます。それは見事にエルメスのメンズ・プレタポルテの世界とリンクしており、アトリエでウールの生地に熱したアイロンをかけたようなソーピィーな高揚感のある香りを連想させます。

つまり、この瞬間、3つの天然香料とひとつの合成香料が渾然一体となり、夢のような香りの余韻で男性の肉体の全身にプレスをかけてくれるのです。

ちなみにスクラレンという名称がややこしいのは、二つの香料が存在するためです。ひとつは、セージやマキ科の常緑樹であるポドカルプス・ラエツスの葉に含まれるジテルペンです。

そして、もうひとつこそが、クリスティーヌが開発した合成香料スクラレンなのです。ムスキーメタリックかつ、ウッディグリーンな香りもする理想的なフゼアの素材とも言えます。

スポンサーリンク

クリスティーヌが境界線を超えた瞬間

©Hermès

15年ぶりのメンズ・フレグランスの誕生により、クリスティーヌ・ナジェルは、偉大なる初代調香師ジャン=クロード・エレナと同じステージに立つことが出来たとも言えます。

私たちのようなメゾン(エルメス)には、大きな責任があると思います。なぜなら、憧れのラグジュアリーブランドのメゾンから最初に購入するものはフレグランスだからです。

それは、彼女のこのような発言が示すように、ニッチ・フレグランスとは全く違い、ラグジュアリー・ブランドが生み出すフレグランスの専属調香師は重い十字架を背負っているのです。

エルメスがこの香りにつけたキャッチコピー「境界線を超えるフレグランス」。この香りの創造は、何よりもクリスティーヌがエルメスの境界線を完全に超えた瞬間なのでした。

私のフレグランスは手や足のような身体の一部のような錯覚を覚えさせるとよく言われます。私はロダンのこの言葉が好きです。「芸術に独創はいらない。それ自身が生命力に満ちていることが何よりも大切なのです。だから私はもっともっと命を素材から引き出そうとするのです」。

これは香水にも当てはまります。私はフレグランスを創造することは芸術であると考えています。だから私のフレグランスは決して直線的ではありません。

スポンサーリンク

〝見えざる手〟に握られたボトルデザイン

©Hermès

©Hermès

©Hermès

「H24」は、ボトルデザインにも非常にこだわっており、ブランドのテーブルウェアやウォッチなどを担当するフィリップ・ムケによるガラス製造の技術を駆使して生み出されたデザインは、ミニマルでとても美しいデザインです。

それは空気力学的で建築的な流線型のフォルムに落とし込み、見えざる手によりボトルが握り締められているような〟男性の躍動感とエネルギーを見事に表現しています。ミネラルグレーを基調に、ライムグリーンのラインをが入っています。

さらに、パッケージから全てがリサイクル可能な素材で作られています。

最後に、クリスティーヌ・ナジェルは、常に「フレグランスにジェンダーは必要ない」と唱えている人です。だからこそ、実はこの香りは、「私が、ヴェロニク・ニシャニアンのメンズの服を着ることが好きなように、女性の肌に乗ると、男性の肌に乗るのとはまた違った効果が生まれるように調香しています」という風にユニセックス対応なのです。

この香りは、新たなる時代のメンズ・フレグランスです。そして、女性にマニッシュなアクセントをもたらす〝メンズ・ファッションを着るようなフレグランス〟でもあるのです。

スポンサーリンク

香水データ

香水名:H24
原名:H24
種類:オード・トワレ
ブランド:エルメス
調香師:クリスティーヌ・ナジェル
発表年:2021年
対象性別:男性
価格:30ml/11,550円、50ml/14,080円、100ml/17,490円
公式ホームページ:エルメス


シングルノート:クラリセージ、メタリックノート、水仙、パリサンダーローズウッド、スクラレン