人はそれをスペイダー原理主義と呼ぶ。
ステッフ・ルック1 プレイボーイ・ルック
- 白のボタンダウンシャツ
- ブルーグレーのアンコンジャケット
- 白のスラックス
- ティアドロップサングラス
ダッキーもいいのですが、私としては、ステッフみたいなヤなヤツも大好きなのです。まず登場して一言目がこうなのです。アンディを待ち伏せして、彼女が車のドアを開けれないようにもたれかかりながら、ポケットに手を突っ込んでキザに言い放つのです。「アンディ、うっとりさせるくらいキマってるね!あと一ヶ月で卒業だ。さぁ、デートの予定を決めないとな。いつがいい?」と。
もちろん、「あなたとデートすることなんて絶対ないわ」と言われ、あっさりと撃沈するのですが、この男の目標は、間違いなく同級生のルックスのいい女と卒業までに全員ヤルということであり、その分かり易さ=清さが、妙に女心をくすぐるのです。本当にバカな気持ちなのですが、時に女は、こういう図々しい男に「セックス抜きのプラトニックなデートをしよう」と、声をかけられて、ついついて行きたくなるものなのです。どこまでも冷めた一回限りの関係を楽しみたい「イイ女を認定してくれる男」は世の中に必要なのです。
スペイダー原理主義。こいつにナンパされることが、モテ女の証明。
ステッフ・ルック2 シャツワンピース
- 白のボタンダウンシャツ
- ブルーグレーのアンコンジャケット
- 白のスラックス
- ティアドロップサングラス
ファッション雑誌ではなかなか書けない微妙な女性心理(特に10代)として、「私ってモテるのかな?」という事が知りたい季節があります。そういった季節に、リトマス試験紙となってくれる男を通じて、女になった少女は多いはず。スペイダー原理主義。それは、単純明快に10代の一時にだけ必要とされるヤなモテ男オーラを漂わせている男と一晩限りのアバンチュールを楽しみ、セックスの楽しみの幅を知る瞬間。
とことんヤな美女と一晩だけ経験しておきたいという男性心理があるように、女性にもその心理は存在するのです。時に劇薬は良薬に勝るものを与えてくれるものなのです。
プリティ・イン・ピンク
ステッフ・ルック3 プリティ・イン・ピンク
- ピンクのボタンダウンシャツ、胸ポケットあり
ステッフ・ルック4 ホワイト・リネン・スーツ
- 白のリネン・スーツ
- ブルーグレーのボタンダウンシャツ
- 黒のスリッポン
- ロレックスの腕時計
当初は、ブレーン役をオファーされたジェームズ・スペイダーでした。しかし、ステッフ役を演じてみたいと役柄をチェンジしました。この役が当たり役となり、しばし、スペイダー=ヤなモテ男のイメージを突き進みます。そして、そのルックスは世界中の女性のMっ気を呼び覚ますことになったのです。ここに「プリンス・ダイアナ」が誕生したのでした。
男は優しくて誠実なだけでは面白くない。分かりやすく嘘をつける所も、男の色気につながるのです。そして、ボタンを留めないスタイルにも共通する下品さ。ファッションとは、どこかに品行不公正さを漂わせねばならぬものなのです。ノームコアとミニマルの言葉が散りばめられた時代の空虚さ。それは、優れた感性の先にあるノームコアとミニマルの本質を無視し、ただのチープな感性しか持たぬものの方便にしてしまった所にあります。
だから今こそ、プリティ・イン・ピンクなんだ。
チープさがより際立ち、ラグジュアリー感が最も際立つカラーと言われるのが、ピンクです。若い日々のピンクは、そのチープさを武器に愛らしさを味方につけ、成熟した日々のピンクは、桜のように、最後の開花を連想させる「咲きごろ」を演出してくれます。
今なぜ1980年代が再評価されているのでしょうか?ファッション・アイテムを目で見て感じることしか出来なかった時代。他人の意見よりも、まずは自分の感性を信じるしかなかった時代。本当に現代人はおしゃれを楽しんでいるのか?ということをもう一度、踏みとどまって考えさせてくれる作品。自由とは不便さの中にのみ生まれうるものなのだろうか?と考えさせられるほどに一つの映画の中にファッションの多様性が詰め込まれた作品なのです。