1984年、バングルス・デビュー。
少しさかのぼりましょう。1982年にグループとして誕生したバングルスは、1984年にアルバム『気分はモノクローム (All Over The Place)』でメジャーデビューを果たします。
そして、シンディ・ローパーの「ファン・ツアー」のオープニング・アクトに起用されます(シンディの「グーニーズはグッドイナフ」(1985)のPVにも出演)。この時期、バングルスの4人にシンディ・ローパーが与えた影響は絶大でした。パフォーマーとして、見せる部分について彼女たちが覚醒する種子がこの時撒かれた事は言うまでもありません。
「ゴーイング・ダウン・トゥ・リヴァプール」 1985年4月リリース。全英56位
「スター・トレック」のミスター・スポック役のレナード・ニモイが出演したこのPV。カトリーナ・アンド・ザ・ウェーブズのカバー曲です。全くの無名だったバングルスがミスター・スポックと共演できたのも、このPVを監督したのが、映画監督であり、スザンナの母親であるテイマー・サイモン・ホフスであり、スザンナとレナードの息子が大学の同窓生だったというその交友関係のおかげでした。
バングルス・ファッション2 パワーショルダー・スタイル
- スザンナ・ホフス
- パワーショルダー・ジャケット
- ピンクのシフォンストール
シンディ・ローパーとミスター・スポックを経て、そして、次に融合するアーティストこそ、バングルスの人気を決定付けたのです。その名は・・・
『プリンス』の光臨。
「マニック・マンデー」 1986年1月リリース。全米2位、全英2位
「堕ちたヒーロー」を聴き、バングルスのスザンナ・ホフスに夢中になった男がいた。その男の名をプリンス(1958-2016)と言います。1985年に、バングルスのライブ会場に突如現れたプリンス。そして、彼がクリストファー名義で提供したのが、この曲「マニック・マンデー」でした。この曲の中に出てくる強烈なフレーズ「さぁ、ベッドの上でノイズを立てようよ」と言う言葉を、スザンナに言わせることに成功した瞬間、バングルスのファッションとルックスが飛躍を迎えました。
それまでの田舎の少女達が、頑張ってガールズバンドをしてる雰囲気から、ぐっと大人のオンナ達のこなれ感に包まれたグループの空気を纏うことになったのです。もはやミスター・スポックとのPVとは全く違う雰囲気です。
シンディ・ローパー、そして、プリンスという1980年代のファッション・リーダーとの交遊がバングルスに与えた影響は計り知れません。この二人の偉大なる先輩アーティストのスタイルは、〝派手〟の一言に尽きます。以後、バングルスも、いい意味で80年代を象徴する〝派手〟なテイストに包まれるようになります。
バングルス・ファッション3 オールブラック・スタイル
- マイケル・スティール
- つばの広いブラックハット
- セミロングのブラックジャケット
- ブラックスキニーデニム
バングルスのライブに光臨したプリンスのこのズート・スーツがカッコ良すぎです。