〝ひと回り年上の男性〟がファッション・アイコンを作る。
『ローマの休日』(1953)でグレゴリー・ペック(13歳差)、『麗しのサブリナ』(1954)でハンフリー・ボガート(30歳差)とウィリアム・ホールデン(11歳差)、『パリの恋人』(1957)でフレッド・アステア(30歳差)といった具合に、オードリー・ヘプバーン(1929-1993)のこれまでの相手役の男優は、全て10歳以上年の離れた〝大人の男〟でした。
そして、『昼下りの情事』でも28歳年の差があるゲイリー・クーパー(1901-61)と共演しています。マレーネ・ディートリッヒの『モロッコ』に出演していた頃には「この男は、うしろを向いて立っているだけで女性ファンの心をつかむ」とまで言われた人でした。
オードリーが〝永遠のスタイル・アイコン〟に見えるのは、魅力的な年の取り方をしている〝大人の男〟こそは、ダイヤモンドに匹敵する最高のアクセサリーであることを証明しています。
本作において当時27歳のオードリー(撮影は1956年8月~12月にかけて行われました)は、19歳の役柄を演じるために、本物のティーンエイジャーに見えるように工夫していました。
そこには、『ローマの休日』でアン王女とアーニャという永遠のスタイル・アイコンを生み出す手助けをした、アルベルト&グラツィア・デ・ロッシ夫妻のヘアメイクの力が大きかったことは言うまでもありません。
アリアーヌのファッション1
パリジェンヌ・パジャマ
- ハイドンの交響曲第88番を弾く
- ヒトデ柄のウールガウン、白の襟と袖、そして、組紐のタッセルベルト
- パジャマ
- フラットシューズ
モーリス・シュヴァリエの存在感とパリの空気。
オードリー・ヘプバーンという女優の素晴らしさは、オランダ人とイギリス人のハーフであり、フランス人の血は一切流れていないにもかかわらず、パリジェンヌを演じられるところにあります。
そして、パリという街もオードリーの存在により、〝ファッションの都〟〝魅惑の恋の都〟というイメージを世界中の人々に与えたのでした。
さらに本作でオードリーのパリジェンヌとしての魅力を高める効果を生みだしているのは、音楽です。オープニングの「魅惑のワルツ」の調べから、私たちの心はパリへと飛んで行きそうです。50年代のハリウッド映画には、人の声の入らない優雅な音が充満していました。そして、モーリス・シュヴァリエの語りが始まります。
「パリは恋人たちの都です。ロンドン、ニューヨーク、東京と同じ大都市ですが、他のどの都市にもない二つの違いがあります」という喩えを実に軽妙に語りはじめるのです。ビリー・ワイルダーの素晴らしいところは、物語の始まり方にあるのです。
そして、パリのあらゆるタイプの恋人像を「セ・シ・ボン」のメロディーにあわせて紹介していくのです。この時に愛を交わしているカップルが色々なシチュエーションで描き出されていくのですが、そのどれもが、1950年代のパリモードの空気を運んでくれます。
そして、禁じられた愛に夢中な恋人たちがいますとなり、オードリーの父親モーリス・シュヴァリエ=私立探偵の登場と相成るのです。
ジャッキーとマリリンのヘアドレッサー、ケネス・バッテレ
アリアーヌヘアは、1954年にジャクリーン・ケネディのヘアスタイルを考案した話題のヘアドレッサーだったケネス・バッテレ(1927-2013)によるものです(ヘレナ・ルビンスタインでキャリアを築き上げました)。
「パリの心(Paris Heart)」という通称がつけられたアリアーヌヘアは、センター分けボブのサイドを内巻きにした、二つくくりにもしやすいヘアスタイルです(写真で見るより、動いている姿を見る方がその魅力がよく分かります)。
彼は、のちにロンドンのヴィダル・サスーンに対してニューヨークのケネス・バッテレと呼ばれるほどのセレブリティ・ヘアドレッサーになりました。
そして、1962年5月19日にマディソン・スクエア・ガーデンで開催されたケネディ大統領の45歳の誕生日でマリリン・モンローがハッピーバースデーを歌った時のヘアスタイルを担当し、60年代最高のヘアドレッサーのひとりになったのでした。
史上最高のリトルブラックドレスのひとつ
パジャマ姿から一転して、リトルブラックドレスでチェロを弾くオードリーがとても素敵です。父親が探偵のアリアーヌは、パリ・リッツで不倫している妻の相手の男を殺そうとしていう企みを知り、その男であるプレイボーイの大富豪フラナガンを助けるために、八面六臂の活躍をするのです。
このドレスの素晴らしいところは、フロントボウひとつで、快活な女学生っぽさと、エレガントな淑女の二面を違和感なく映し出す所にあります。ジバンシィのデザインの素晴らしさは、スタイリングひとつで、多面的な見せ方が出来る、作り手の感性の豊かさにあります。
アリアーヌのファッション2
リトルブラックドレス
- デザイナー:ユベール・ド・ジバンシィ
- リトルブラックドレス、ブラックシャンタン、スクエア・ネックライン、ハーフスリーブ、フロントにリボン、プリーツスカート
- オーガンジー・ショートガウン
- ヘッドドレス、ブラックショール、ジバンシィ1965SS
- ローヒールパンプス
- 白のショートブローブ
ゲイリー・クーパーというプレイボーイ
ここでパリのリッツに滞在するプレイボーイの大富豪を演じるゲイリー・クーパーについて少し語らせて戴きます。彼の存在があればこそ、オードリーは痛々しくなくごく自然に10代の少女を演じることが出来たのでした。
ゲイリー・クーパーはビリー・ワイルダーが回想する印象では「ベントレーに乗り、最高の仕立ての上着に素晴らしいネクタイ、胸にはポケットチーフをのぞかせてスタジオ入りしていた」プレイボーイでした。
元々は西部劇のスタントマンから俳優になり、マレーネ・ディートリッヒの『モロッコ』(1930)に出演しスターになった人ですが、1931年から32年にかけて付き合っていたヨーロッパの伯爵夫人ドロシー・テイラー・ディフラッソ(1888-1954)が彼に与えた影響はすさまじかったと言われています。
「ローマに到着したとき、クーパーの外見はカウボーイそのものだった。しかし、帰国するときのクーパーは皇太子のようになっていた」と言う程にドロシーとの一年間の交際によりクーパーはすっかり洗練されたのでした。このドロシーという人は、ラスベガスを作ったマフィア・バグジー・シーゲルとも恋仲だった女性で、色々謎の多い女性でした。
作品データ
作品名:昼下りの情事 Love in the Afternoon (1957)
監督:ビリー・ワイルダー
衣装:ユベール・ド・ジバンシィ
出演者:オードリー・ヘプバーン/ゲイリー・クーパー/モーリス・シュヴァリエ