オスタラ
原名:Ostara
種類:オード・トワレ
ブランド:ペンハリガン
調香師:ベルトラン・ドゥシュフール
発表年:2015年(廃盤)
対象性別:女性
価格:50ml/15,120円、100ml/21,660円
しあわせを呼ぶ黄色い花をあなたの心に
谷を越え山を越えて空高く流れてゆく
白い一片の雲のように、私は独り悄然としてさまよっていた。
すると、全く突如として、眼の前に花の群れが、
黄金色に輝く夥しい水仙の花の群れが、現れた。
湖の岸辺に沿い、樹々の緑に映え、そよ風に
吹かれながら、ゆらゆらと揺れ動き、踊っていたのだ。夜空にかかる天の川に浮かぶ
燦めく星の群れのように、水仙はきれめなく、
入江を縁どるかのように、はてしもなく、
蜿蜒と一本の線となって続いていた。
一目見ただけで、ゆうに一万本はあったと思う、
それが皆顔をあげ、嬉々として踊っていたのだ。入江の小波もそれに応じて踊ってはいたが、さすがの
燦めく小波でも、陽気さにかけては水仙には及ばなかった。
かくも歓喜に溢れた友だちに迎えられては、いやしくも
詩人たる者、陽気にならざるをえなかったのだ!
私は見た、眸をこらして見た、だがこの情景がどれほど豊かな
恩恵を自分にもたらしたかは、その時には気づかなかった。というのは、その後、空しい思い、寂しい思いに
襲われて、私が長椅子に愁然として身を横たえているとき、
孤独の祝福であるわが内なる眼には、しばしば、
突然この時の情景が鮮やかに蘇るからだ。
そして、私の心はただひたすら歓喜にうち慄え、
水仙の群れと一緒になって踊り出すからだ。「水仙」ウィリアム・ワーズワース 1804年(平井正穂訳)香水箱の後ろには、この詩の抜粋した一文が記されています。
2015年にペンハリガンから発売された「オスタラ」は、香りの中に身を置いた瞬間〝春の祭典〟の身も心も満たされていく、〝しあわせの春〟の香りです。
〝オスタラ〟とは、イースター(=復活祭)の語源でもあるゲルマン民族の春の女神です。そして、豊潤の女神でもあります。そんな春の女神のイメージを、ウェールズの国花のひとつであり、英国を象徴する花のひとつでもある光り輝く黄金の花=ラッパスイセンに託したのが、この香りです。
それは調香師のベルトラン・ドゥシュフールが、ロンドンの王立植物園キューガーデンで遭遇した、一面に広がるラッパスイセンの花畑に驚嘆したことからはじまりました。その風景が、彼の子供時代に慣れ親しんだ(フランスの)オーヴェルニュ地方の水仙畑を思い出させたのでした。
そして、球根からつぼみを経て、花が咲くまでのラッパスイセンの一生を、春の訪れに投影しようと考えたのでした。ラッパスイセンという、精油が抽出できない〝沈黙の花〟に、大自然の中で人々に与える〝しあわせの歌を唄う花〟の姿を、素肌に蘇らせようと考えたのでした。
恋のはじまりに浮かれて、女の色香を思う存分発散したくなる香り
水仙からは精油が抽出できないので、ヒヤシンス、ツタウルシ、イランイランによってその香りを表現することにしました。
そして、朝露をシクラメン、日の輝きをレッドベリーとブラックペッパーにより表現し、太陽の下で踊るように黄色く輝くラッパズイセンの生命感を生み出そうと思いました。だからこそ、新鮮な緑の香りもとても重要だと考えました。
ベルトラン・ドゥシュフール
春が来て、太陽は輝やき、新緑と黄金の花は喜びにみちあふれる。そんな情景が素肌に広がるように、鮮やかなアルデハイドの到来と共に、ヴァイオレットリーフ、ジュニパーベリー、スペアミントの新緑のきらめきと苦み、ブラックカラント、レッドベリー、ベルガモットの甘酸っぱさが、フレッシュな黄金のラッパスイセンのつぼみが揺れる、グリーンとイエローが弾けながら素肌に溶け合うようにしてはじまります。
ちなみにこのブラックカラントとレッドベリーは二酸化炭素抽出法により抽出されたものです(フルーティさよりもみずみずしさをはっきりと感じさせる役割を果たしています)。〝春の到来〟を白い花のブーケによって表現するのではなく、清々しい太陽の光の下で、官能的に身悶えするラッパスイセンによって表現しているところがこの香りの面白さです。
すぐに水仙畑のつぼみの花が開花するように、水仙(ナルシス・アブソリュート)とヒヤシンスの香りが踊り始めます。そして、イランイランとビーズワックスが、太陽の祝福を受けるラッパスイセンのように、しあわせの黄色い花の輝きをより鮮明なものにしてゆくのです。
それはまるで、ふわふわと白い雲が浮かぶ青空の下の新緑の牧草地の一角にある、水仙畑の朝露に濡れたラッパスイセンが、バニラ、ベンゾイン、ムスクのクリーミーな甘さを伴奏にして、大合唱をしているようです。
ただ美しいだけの春の香りではなく、女性が胸元や脚を軽く露出して外を歩きたくなるように、自然の中に存在する〝開放感〟を、丁寧に何層にも重ねていくように、球根から花へと移ろうラッパスイセンに、木々の香り、土壌の香り、周りの花々の喜びなどが、重ねあわされています。
一輪ではなく、広がりのあるラッパスイセンの香りのシンフォニー。それは春を迎えた女性の色香が溢れ出る瞬間と実に見事に調和する香りとも言えます。それは開花したい女性が身にまとうと、男性の本能に楔を打ち込むような匂いとなります。
この香りには、暗い要素は微塵も存在しません。小鳥と蜜蜂が奏でる春のよろこびの歌です。それはどこかあの『リボンの騎士』のラッパの中から小鳥が飛び立ち、花々が咲き乱れていく、オープニングのファンタジックなお花畑を連想させます。
間違いなく「春」を体現した香りの最高傑作のひとつであり、今となっては幻のペンハリガンの名香です。とても繊細ではかなくうつくしいボトルとボックスの水彩画のイラストは、英国のイラストレーターのメリッサ・ベイリーによるものです。
香水データ
香水名:オスタラ
原名:Ostara
種類:オード・トワレ
ブランド:ペンハリガン
調香師:ベルトラン・ドゥシュフール
発表年:2015年
対象性別:女性
価格:50ml/15,120円、100ml/21,660円
トップノート:ベルガモット、クレメンタイン、ジュニパーベリー、ミント、ブラックカラント・ブロッサム、ヴァイオレット・リーフ、グリーンリーヴス、アルデハイド、ピンクペッパー
ミドルノート:水仙、ヒヤシンス、イランイラン、シクラメン、サンザシ、ウィステリア、ビーズワックス
ラストノート:スティラックス、バニラ、ベンゾイン、ムスク、アンバー、ホワイトウッド