【イージー・ライダー】
Easy Rider 伝統や国家というものを否定し、「自然と本能の赴くままに生きる」というヒッピー文化が、1960年代後半にサンフランシスコから誕生しました。その独特なヒッピー・ファッションと共に、フリー・セックス&平和主義&アシッドトリップを楽しむライフスタイルは瞬く間に世界中に広がりました。
そのムーブメントは、1969年7月に全米公開された『イージー・ライダー』と、同年8月のウッドストック・フェスティバルによって頂点に達しました。
アメリカン・ニューシネマの代表作として必ずあげられるこの作品は、当時ハリウッドの大スターだったヘンリー・フォンダ(1905-1982)の息子であるピーター・フォンダ(1940-2019)と、ハリウッドから長い間追放されていたデニス・ホッパー(1936-2010)によって製作されました。
二人は当時、ハリウッドの中でも、大いなるフラストレーションを抱えていました。ピーターは、偉大なる父と、スターの道をまっしぐらに上っている姉に対するコンプレックス、デニスは、ジェームズ・ディーンに対する憧れと、自分自身の抑えきれない反逆精神がキャリアを潰していることに対する絶望感の中にいました。
そんな二人が、最後の賭けとしてこの作品を作ることにしました。主演を演じるだけでなく、脚本も担当し(『博士の異常な愛情』『バーバレラ』のテリー・サザーンも参加)、デニス・ホッパーは監督も兼任しました。ただし脚本と言ってもあらすじだけで、ほとんどをその場その場で即興で作り上げました。
撮影のために、撮影監督以外にスタッフを雇わず、ヒッピーを拾い集め、全くスケジュールを組まずに行われました。1968年3月から5月の間に行われた、四週間半の撮影は、デニスが酒を飲み、覚せい剤を常用する中で行われたため、混沌を極め、超保守的なテキサス州での撮影は避けられました。
当初、デニスは、『2001年宇宙の旅』(1968年)に触発され、3時間40分に及ぶ超大作にしようと意気込んでいました。しかし、編集作業が捗らず、最終的に完成した作品は94分でした。
この作品は、ピーター・フォンダが絶対に完成しないだろうと諦めていたにも関わらず、34万ドルの制作費で、6000万ドルの興行収入を上げ、1969年カンヌ国際映画祭新人監督賞を受賞し、第42回アカデミー賞でジャック・ニコルソンが助演男優賞と脚本賞にノミネートされるなど高い評価を得ました。
デニス・ホッパーとジャック・ニコルソンは、ミケランジェロ・アントニオーニを崇拝しており、本作の初上映に招待しました。アントニオーニは感銘を受け『さすらいの二人』(1975)の主役にニコルソンを起用しました。

あらすじ
ベトナム戦争、反戦運動、人種問題、JFK暗殺、ロック・ミュージック、コカインとLSD、フリーセックス、既存社会に反抗する若者たちが、ヒッピー化していた60年代末のアメリカの物語。
メキシコからコカインを密輸して大金を得たキャプテン・アメリカ(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、スタントマンの仕事を辞め、カスタムされたハーレイ・ダビッドソンを購入し、7日後にニューオーリンズで開かれる謝肉祭(マルディグラ)を目指し、チョッパーでロサンゼルスから大陸横断の旅を始める。
その風体からモーテルでの宿泊を拒否され、野宿をしたり、心優しきカトリック信者の農夫の家で昼食をご馳走になったり、気ままな旅を続ける途中で、ヒッチハイクをしていたヒッピーを拾い、彼らのコミューンで、自由を満喫します。
そして、再びチョッパーに乗り、一路南部へ。途中、ニューメキシコ州のラスベガスで警察に留置された時、留置場で酔いどれ弁護士、ジョージ・ハンソン(ジャック・ニコルソン)と出会い一緒にニューオーリンズに向かうことになる。
南部に近くなればなるほど、住民も排他的となり、ついにルイジアナ州で野宿していたところを襲われ、ジョージは撲殺されてしまいます。ついにニューオーリンズに着いた二人は、ジョージが行きたいと夢見ていた、南部最大の売春宿を訪れ、二人の娼婦(カレン・ブラックとトニー・バジル)と共に、マルディグラを見物するのだった。しかしまったく楽しめなかったので、墓地でLSDをキメ、バッドトリップします。
ニューオーリンズから離れ、次の目的地フォロリダを目指して旅をつづける二人。そんな二人に向けて、偶然彼らを見つけ気に入らなかったピックアップトラックから銃弾が放たれます。
ファッション・シーンに与えた影響

ヘルター・スケルター=最終戦争を信じ込んでいたチャールズ・マンソンが1969年8月9日にシャロン・テート事件を起こす寸前に見たある映画を、彼は逮捕後のインタビューで絶賛していました。
アメリカン・ニューシネマというある種、純粋なる善と悪がごったまぜになったジャンルを代表する作品に相応しい評価と言えます。『イージー・ライダー』という作品の中には、時限爆弾のように、時代を超えても、人々の中に眠る何かの導火線に火をつける、危険な魅力が存在するのです。
そんなこの作品には、衣装デザイナーは存在しません。脚本はあらすじと登場人物の名前しか存在しなかったため、俳優自身によって、キャラクター像を積み上げていく中で、自然に衣装は固まっていきました。そのため『イージー・ラーダー』のファッションは、60年代末の激動の時代の空気が持つ〝不滅の力〟と、ヒッピー文化の集大成と、バイク乗りの憧れが同居しています。
この作品がファッション・シーンに与えた影響は以下の3点です。
- キャプテン・アメリカのレザージャケット・スタイル
- ヒッピー文化を象徴するビリーのロックスター・スタイル
- アイウェアのカタログとして
アイウェアを含め、この作品は、より鮮明な動画で過去の名作が見れることになった今、バイク乗りだけでなく、あらゆるファッショニスタにとって〝不滅のバイブル〟となっています。
作品データ
作品名:イージー・ライダー Easy Rider(1969)
監督:デニス・ホッパー
衣装:記載なし
出演者:ピーター・フォンダ/デニス・ホッパー/ジャック・ニコルソン/カレン・ブラック
