「モードである」ということは、「コンプレックスがある」ということ
オードリー・ヘプバーンという人は、まさにコンプレックスの塊の人でした。以下、彼女自身が気にしていたコンプレックスを列挙していくと
- 歯並びが悪い
- えらが張っていて顔が四角
- 胸がぺったんこ
- お尻が小さく綺麗なウエストラインが生まれない
- 足が大きい
といった具合です。本作からオードリーは、本格的にユベール・ド・ジバンシィに衣装デザインしてもらうようになりました。そして『パリの恋人』の衣装のフィッティングをしていたある日、彼女はずっと気になっていた質問をユベールにぶつけました。
「私のスタイルがもっと良かったら、デザインしやすいでしょ?」。それに対してユベールは「オードリー、キミのバレリーナとして訓練された肉体と物腰。女優として培われた表現力。それ以上に何が必要なのですか」と答えました。
コンプレックスがあるからこそ、人は、懸命にそれを克服しようと努力します。そして、ただ外見にこだわることなく内面を見つめていくようになるのです。
オードリー・ヘプバーンの魅力とは?
みんな君の目に夢中だよ。
細すぎる肉体と、平べったい胸に悩むオードリーに対してジバンシィが言った一言。人は、短所に幻滅するのではなく、長所に魅了されるものです。
オードリー・ヘプバーンの魅力は、その歯並びを矯正しなかった所にあります。そして、えらを削らなかった所にあります(豊胸しなかった点も)。最終的にはシワを隠さず、ユニセフ親善大使として生きる道を選びます。
それが彼女にとっての人生に対する答えだったのでしょう。彼女は少なくともアンチエイジングには興味はなかったのです。人間の魅力とは、個性から生まれます。「汚れた顔の天使」が存在するように、人々にとって、あまりに美に固執しすぎることは、往々にして美からかけ離れる結果を生み出してしまうものなのです。
ジョー・ストックトンのファッション4
スワンドレス
- デザイン:ユベール・ド・ジバンシィ
- トレーン付きのピンクガウン
- タイトなサテン地のホワイトのベアトップコラムドレス
- オールバックにした額に光るティアラとイヤリング
- 白のサテンのロンググローブ
- 白のローヒールパンプス
ニューヨークのブックストアガールから、パリでファッションモデルとして、華麗なる転進を遂げる瞬間。まさにオードリーが一つ目の衣装を着たその時から、ユベール・ド・ジバンシィの衣装が登場するのです。
伝説となったオードリーのバルーン・フォト
チュイルリー公園のカルーゼル凱旋門前で撮影されたこのバルーン・フォト。後に、多くのファッション誌で模倣されることになるこの強烈なイメージのコンセプトは、風船にぶら下がって飛ぶ女性でした。
そのためリチャード・アヴェドンは、本当に飛んでいけそうなサイズの膨大な数の風船を求めたのでした。
このシーンは、間違いなくオードリー・ヘプバーンにとって『パリの恋人』を象徴する〝不滅のイメージ〟を生み出しました。それはファッションのみが生み出しうる非日常を作るということです。それをピエール・カルダンやパコ・ラバンヌ、クレージュが行う少し前に、『80日間世界一周』のジュール・ヴェルヌの世界観をミックスさせたSF×モードミックス・イメージにより提案したのでした。
コンセプトはこうです。「風船で飛んでしまいそうな軽やかな優雅さ」です。
ジョー・ストックトンのファッション5
リトルブラックドレス
- デザイン:ユベール・ド・ジバンシィ
- リトルブラックドレス、ショートスリーブ、ボートネック
- 円盤型のブラックハット
- エルメスの白のショートグローブ
- ブラックパンプス
ファッション・モデルには出来ないこと。
ポーズを決め表現することと、表情で物語を創造することの違い。ファッションフォトに「スタイル」を求めるか「ストーリー」を求めるかの違い。オードリーのこの一連のシーンに横たわるのは、ニューヨークのブックストアの店員が、数日後には、パリでファッション・モデルとして生きているというファンタジーなのです。しかし、人生において、誰にでも大なり小なりこういう経験は起こり得るのです。
数日前には、今ここにいることなど考えられない自分に対する驚き。オードリーの作品が〝永遠に色褪せない〟のは、そういった役割を多く演じている点にあります。
彼女が日本においても、女性にとって〝永遠の憧れ〟である理由は、その「奥ゆかしさ」にあります。彼女の涙は、決してあざとくなく、ハイファッションと見事に溶け合い生み出される奇跡のシンフォニーに、私たちはどうしようもなく惹きつけられるのです。
そうなのです。彼女はどれほどラグジュアリーなファッションに身を包んでいようとも、その涙は本当の悲しみから生み出された涙と感じさせるところがあるのです。実際に写真を撮影していて、なぜか自分も涙を流してしまったというアヴェドンはこう語ります。
カメラの前のオードリーの天賦の才能に私は打ちのめされた。私には彼女をそれ以上の高みに連れて行くことは出来ない。なぜなら、彼女はもうそこに達しているのだから。私が出来ることは彼女を記録することだけだ。彼女は完全で、それ以上の形容は不可能だから。
ちなみに、アヴェドンはリップサービスがないフォトグラファーとして有名な人です。
「ディオールの帽子をかぶって泣く女性はいません」
リチャード・アヴェドンは、ファッション・モデルが涙を流す写真をはじめて撮った人と言われています。1949年8月に、『ハーパーズバザー』のためにディオールの帽子とコートを着てドリアン・リーが撮影された写真です。
編集長のカーメル・スノーの「ディオールの帽子をかぶって泣く女性はいません」の一言により、この写真は雑誌で使用されることはありませんでした。しかし、この一枚がきっかけになり、ファッション写真は感情を持つようになるのでした。
オードリーがファッション・フォト撮影中に涙を流すシーンは、この出来事からインスパイアされたシーンでした。
ジョー・ストックトンのファッション6
トラベラーズ・ルック
- デザイン:ユベール・ド・ジバンシィ
- ミンクのブラウン・コクーンコート
- クラシックなツイードのグレージャケット(トラベラーズ・モチーフ)とスカート
- 独特な形のブラウン・ハット
- グレースエードグローブ
- グレーパンプス、ローヒール
- パール・イヤリング
- 籐のトラベル・バッグ
- 愛犬のヨークシャテリア「フェイマス」
ジョー・ストックトンのファッション7
フローラルドレス
- デザイン:ユベール・ド・ジバンシィ
- シルクのフローラルプリントドレス、ボートネック、ショートスリーブ、ゴッホにインスパイアされたプリント、レイヤードスカート
- レモンイエローのロンググローブ
- レネ・マンシーニのカーフレザーパンプス。エクリュ・カラー
- 麦わらの女優帽
作品データ
作品名:パリの恋人 Funny Face (1957)
監督:スタンリー・ドーネン
衣装:ユベール・ド・ジバンシィ/イーディス・ヘッド
出演者:オードリー・ヘプバーン/フレッド・アステア/ケイ・トンプソン/ドヴィマ
- 【パリの恋人】オードリー・ヘプバーンの究極のファッション・ムービー
- 『パリの恋人』Vol.1|オープニング・タイトルとリチャード・アヴェドン
- 『パリの恋人』Vol.2|オードリー・ヘプバーンとブックストアガールルック
- 『パリの恋人』Vol.3|オードリー・ヘプバーンとエルメス
- 『パリの恋人』Vol.4|オードリー・ヘプバーンとリトルブラックドレス
- 『パリの恋人』Vol.5|赤いイブニングドレスのオードリー
- 『パリの恋人』Vol.6|オードリー・ヘプバーンとウエディングドレス
- 『パリの恋人』Vol.7|オードリー・ヘプバーンとリトルホワイトドレス
- 『パリの恋人』Vol.8|ドヴィマ 伝説のファッション・モデル
- 『パリの恋人』Vol.9|フレッド・アステアのエレガンス
- 『パリの恋人』Vol.10|フレッド・アステアのエレガンスPART2