ボーダーライン
Borderline マドンナはファースト・アルバム『バーニング・アップ(原名:Madonna)』からの第四弾シングルとして1984年2月15日にリリースされたこの曲により、初めて全米トップ10の壁を突破しました。
憂いのある70年代のエルトン・ジョンやディスコ・サウンドの影響を受けている「ボーダーライン」のMVにおいて、三つの新しい試みが行われました(なんと日産・フェアレディZも登場します)。
それは、異人種間の恋愛というタブーをぶち破ったMVであり、さらに史上初めてカラーと白黒を混在させたMVでした(1984年2月12日から2月13日にかけてカリフォルニア州ロサンゼルスで、3万5000ドルの予算をかけてロケ撮影された)。しかし何よりもこのMVが革命的だったのは、映画のストーリーのような作品を作り上げた点でした。
さらに言うと、このMVが重要な点は、マドンナが積極的に脚本の段階から参加することによって、初めて極めて特異なマドンナのファッション・スタイルを主張した点にあります(初期のマドンナ・スタイルが散りばめられています)。
監督のメアリー・ランバート(1951-)とマドンナは、この後「ライク・ア・ヴァージン」「マテリアル・ガール」「ラ・イスラ・ボニータ」「ライク・ア・プレイヤー」で協力し、スーパースターとしてのマドンナのイメージを創造してゆきました(1989年に彼女は映画『ペット・セメタリー』を監督した)。
「ボーダーライン」のミュージックビデオを作った時、私はずっと待ち望んでいた、つまり壁を突然打ち破ることができたんです。なぜなら、ようやく人々は私の本当の姿を見ることができ、歌に顔を与えることができたからです。
マドンナ
概要


曲名:ボーダーライン
原名:Borderline
リリース:1984年2月
最高順位:全米10位、全英2位
「私はボーイトイが大好きなの!」
みんな80年代をけなすけど、あたしは80年代はステキな時代だと思ってたし、ボーイ・ジョージだってあたしに賛成するはずよ。
マドンナ
童貞と寝るのは好きじゃないわ。あれこれ教えなきゃならないでしょ?あたし気が短いのよ。
マドンナ
この曲のMVにおいて、スタイリストのマリポールと考えた有名な「BOY TOY」ベルトが初登場します。「BOY TOY」とは、〝青年のためのおもちゃ〟という意味ではなく、〝愛人としての若い男〟という意味です。
「アイドルは恋愛禁止です」と言ってる国のメンタリティが低いのか?高いのか?を考えるまでもなく、アメリカの凄さは、マドンナのような個性的な女性が、スーパースターとして君臨できる所にあります。
マドンナはデビューしてすぐに「私はオヤジよりも、若い美男子が好き」と主張していたのです。彼女のファン層は、同世代から下の女性になっていくのですが、この人の恐ろしい所は、男性のファンは、完全に切り捨てている所にあります。そして、その〝男性に媚びない〟姿勢が、意外な崇拝層を生み出したのでした。それは、ゲイ及びアンドロギュヌス層でした。


バーガンディのトラックスーツとブラックのジャージを着た青年は、まだ無名時代のジョン・レグイザモ(1960-)でした。ちなみにレグイザモが有名になってきた1989年に出演した『カジュアリティーズ』では、当時マドンナの夫だったショーン・ペンと共演しました。
マドンナ・ルック7 ボーイトイ・スタイル
- デカリボン・キャップ(もしくは頭に巻きつけるヘアバンド)
- ラムレザーダブルライダースジャケット(もしくはBOY TOYジージャン)
- 白のクロップトップ
- ブラックスカートにブラックレギンス(もしくはブラックカーゴパンツ)
- ブレスレットの重ね付け
- レースグローブ
- BOY TOYベルト
- 厚手のソックス
- ハイヒールブーツ
十字架で、自分の生い立ちに染み付いている極端さを追い払おうとしてたのよ。壁にかけて、ダーツの的にするの。BOY TOYのロゴはジョークよ。初めてニューヨークに来た頃、男の子といちゃいちゃするもんだからそう呼ばれてたの。グラフィティ・アーティストはみんな、自分のニックネームをベルトのバックルにつけてたわ。
マドンナ
特筆すべきは、ラムレザーダブルライダースジャケットとブラックカーゴパンツの組み合わせの巧みさです。オープニングで足を上げるときのマドンナのブラックカーゴがとても美しい。





ボーイトイ・ジージャン

伝説のBOY TOYベルト。



1985年。日本。BOY TOYベルト。
MV中に登場するアイコニックなスーパーマン・イヤリング

はじめの方に登場するスーパーマン・イヤリング

スーパーマン・イヤリングがはっきり分かる写真。
マドンナ・ルック8 ヴィヴィアン・ウエストウッド
ポップスターがハイファッションのスタイル・アイコンになる時代を切り開いたマドンナが、はじめてハイファッションと共に現れた瞬間が、以下の宣材写真と「ボーダーライン」のMVです。
ヴィヴィアン・ウエストウッド×キース・ヘリングの1983年秋冬「Witches(ウイッチーズ)コレクション」のスカートやデニムジャケットを着ています。







実は上下のセットアップなのです。

伝説のタンクトップ・オン・タンクトップです。




BOY TOYジージャン
オバマ大統領の前で歌うマドンナ


黒のシルクシャツ、レジメンタルタイ、フィンガーレスレザーグローブ、グレーのチェック柄のパンツ

2016年6月9日にジミー・ファロン司会の「ザ・トゥナイト・ショー」で「ボーダーライン」のスローなアコースティックバージョンを披露しました。そしてこのセットで、マドンナは当時の大統領だったバラク・オバマと会い、緊張のあまり、言葉を発することが出来ませんでした。
「ボーダーライン」TV&ライブ映像集
live The Dance Show 1984年2月
スティッキー・アンド・スゥイート・ツアー。2008年、ブエノス・アイレス。
