スプリングスノー
原名:Spring Snow
種類:オード・パルファム
ブランド:トバリ
調香師:不明
発表年:2018年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/13,200円、100ml/16,500円
究極の流し目を、『春の雪』に託した香り。
ふつうは下品だと思われている流し目が、彼女の場合はかすかに遅くて、言葉の端が微笑へ流れ、微笑の端が流し目へ移るという風に、表情全体の優雅な流動の裡に包まれているので、見ている人に喜びを与えた。
『春の雪』三島由紀夫
1575年に創業し、1965年に線香「青雲」のヒットにより、翌年より社名を日本香堂に改めた線香製造メーカーが2018年に生み出した日本発の香水ブランドそれが『TOBALI トバリ』です(2016年には京都・二寧坂に〝香十〟という店舗もオープンしています)。
『TOBALI=帳(とばり)』とは、覆い隠し、秘める布=空間を隔てて見えなくする垂れ絹のことです。谷崎潤一郎の『細雪』の4人姉妹のひとり雪子の持つ〝魅力をひけらかさず、敢えて内に秘める事により、奥ゆかしさの中から美は昇華する〟という、日本女性の独特の感性が導き出した〝秘める美〟をテーマとして2018年に一挙5作品が発売されました。
全ての香りに共通したベースノートとして「Hidden Japonism 834(合成ウード)」が使用され、〝色気と知性〟〝強さと情愛〟〝気品と狂気〟など、相反するイメージが表現されています。すべての作品は、クリエイティブデザイナー(ディレクター)の米津智之氏により生み出されています。
そのうちのひとつ「スプリングスノー」は、六代目中村歌右衛門様(1917-2001)に捧げられた香りです。生まれながらに左足が不自由だったハンデを乗り越え、戦後の歌舞伎界における女形の最高峰に登り詰め、1968年に人間国宝に認定され、(映画やテレビドラマには出演せず)生涯を通じて歌舞伎に専念した人です。
〝優美に秘める冷静〟=究極の流し目。生涯を真女形として過ごした、女性以上に女性らしい〝究極の女性の佇まい〟を表現することに生涯を捧げた男性のみが生み出すことの出来る、幻想的な<優美>さと、静かな<冷静>さを持つ、〝性を超越した瞬間の人間の美しさ〟を捉えた香りです。
日本の美=究極の女性美と奈良の尼寺=雪桜
この人の誠実さ、芸熱心には、今度の私の芝居(地獄変)に当たって、改めて頭が下がった。このファイトはどこから出て来るのだろう。おそらく、女形の様式のうちに抑圧された猛烈な男性の反抗であろう。十二月の墨染、先月の道成寺は、私がもし昔の劇評家なら、極上々吉と評するだろう女形の無双の美に輝いていた。
三島由紀夫
「スプリングスノー」を日本語に訳すと〝春の雪〟となります。それは、この香りのインスパイアの源である六代目中村歌右衛門様のことを昭和29年に『美しいと思う七人の人』の一人としてあげた三島由紀夫様の小説(1965-67)のタイトルともかけています。
大正初期の貴族の侯爵子息と皇族の妃殿下候補の令嬢の禁じられた恋が生み出す悲劇のものがたりなのですが、その果てに令嬢は月修寺に出家するのです。この月修寺のモデルは、奈良にある非公開寺院である尼寺・圓照寺です。
2月26日の朝、春の雪の降りしきる中、出家した聡子を月修寺で待つが門前払いで会えず、清顕は20歳の若さで肺炎で逝ってしまいます。二人がくちづけをはじめて交わしたのも春の雪の朝でした。
「スプリングスノー」は、桜が咲きはじめる中、季節外れの粉雪が舞い散るように、スパイシーなウコンサクラが肌の上に舞い降りる情景からはじまります。すぐに優美に咲く桜の上に降り積もる粉雪のようにクリーミーなお香の香りが、美しき春の一部を覆い隠してゆきます。
そして、ミルキーなホワイト・サンダルウッドが美を隠す白い結晶(歌舞伎白粉)の如く、カシミア・ウッドとベチバーと結びつきその美の中に凛とした静謐なる佇まいを生み出してゆきます。
やがて、合成ウードとムスキーなアンバーの滑らかな余韻の中、粉雪積もる中、桜は咲き乱れてゆくという、白い世界に覆われた桜花絢爛という、幻想的な世界へ身も心も持っていかれるのです。
最初から最後まで肌の上ではなく、肌の奥に感じる〝桜〟の香りが、「スプリングスノー」の奥ゆかしい、高嶺の花のような美しさを感じさせてくれます。まさに「優雅というものは禁を犯すものだ、それも至高の禁を」という三島文学の中での至純至高の一文を香りにしたような〝至高の雪桜〟の香りです。
香水データ
香水名:スプリングスノー
原名:Spring Snow
種類:オード・パルファム
ブランド:トバリ
調香師:不明
発表年:2018年
対象性別:ユニセックス
価格:50ml/13,200円、100ml/16,500円
トップノート:粉雪、ウコンサクラ
ミドルノート:ホワイト・サンダルウッド、カシミア・ウッド、ベチバー
ラストノート:アンバー、ムスク