煙草の煙に包まれた作品=永遠の瞬間を求める名もなき女の物語
『組んで155週目、初めて会った』という抜群の掴みのモノローグから、殺し屋と女エージェント(連絡係)と言葉が話せないモウの3人の物語が始まります。3年間一度も会わずに、連絡係とその殺し屋の関係を継続してきたこの二人。
1961年に建設された複合ビル重慶大厦(重慶マンション、チョンキンマンション、姉妹作である『恋する惑星』の原題は〝重慶エクスプレス〟)の中にある安宿のワンルームで生活する、生活感がほとんど感じられない名前のない女エージェント。この作品の登場人物には、金城武(=モウ=武)以外には名前がありません。
20世紀末最強のアジアン・ビューティー
切れ長だが、ポルトガル系のハーフだけあって東洋人離れしたその大きな目に、シャギーの入ったストレートの黒髪が魅力的なミッシェル・リー(1970-)。
そのファッションを形成するものはほとんどチープなケミカルであり、デカめのアクセサリー、カラフルなネイル、そして、煙草の香りで身を包んでいます。
無気力でけだるい雰囲気を漂わせながら、エネルギーを補充するかのようにただひたすらハイネケンと煙草を手に持ち、ぼんやりと麺をすすり、セックスには興味はなく(人間関係にも全く興味はなく)、ただオナニーに励むという実際のところ、そのモチーフは1990年代の日本をはじめとするアジア・欧米諸国のオタクの女性版的なキャラクターです。
そんな女エージェントが、生温い麺を無表情にすするように、「帰る時、彼に送ってと頼んだの。久しぶりでバイクに、そして人とこんなに近く、すぐ着いて降りるのは分かってたけど、今のこの暖かさは永遠だった」とモノローグして、バイクを運転するモウの煙草の煙と共にこの物語は終わりを迎えます。
1995年、エナメル・ボディコンの天使が、夜の香港に舞い降りた
大きなエディターズ・バッグを持った、派手なファッションに身を包んだ絶世の美女が登場します。彼女に名前はありません。そして、辺鄙な建物の屋上にある小屋で、突然せっせとベッドメイキングや床掃除を始めるのです。
どうやら、相棒の殺し屋が不在中に彼の隠れ家をせっせと掃除しているようです。
彼女の仕事は、組織と殺し屋を繋ぐ連絡係です。このキャラクターの造詣は、明らかに1993年からケイト・モスにより始まったウェイフルックとヘロイン・シックの流れを汲んでいます。
ちなみに当初、彼女の役柄は、覚醒剤中毒を強調するという方向で考えられていました。だからこそ、彼女が煙草を咥える冒頭と、ラストの麺を食べるときの煙草を持つ手が震えているのです。
女エージェント スタイル1
エナメルボディコン
- 黒のエナメル・ミニボディコン、サイドにスリット入り
- 黒のチェーンショルダーバッグ、パテントレザー
- 赤茶色のエディターズバッグ
- 黒エナメルのスティレットヒールパンプス
- チョーカー
- 黒の網タイツ
- クリニークの口紅
名もなき殺し屋=レオン・ライ
透明の美しいビニールカーテンが随所ではためく中、勇猛なという形容詞よりも、どこか寂しげに人々を殺害する殺し屋を演じるレオン・ライ(1966-)。その役柄は『恋する惑星』でブリジット・リンが演じた謎の金髪女の性別を逆転させたようなキャラクターであり、ウォン・カーウァイ監督いわくアラン・ドロンの『サムライ』をイメージしたものです。
彼のファッションは、全編に渡り、黒のジャケットに、白のランニングシャツ姿などモノトーンで統一されています。
女エージェント スタイル2
ピンクの豹柄ジャケット&スリップ
- ピンクのベルベットコットンの豹柄ジャケットを肩がけ
- 白地に黒の花柄レースのスリップ
作品データ
作品名:天使の涙 Fallen Angels 堕落天使 (1995)
監督:ウォン・カーウァイ
衣装:ウィリアム・チャン
出演者:ミッシェル・リー/カレン・モク/チャーリー・ヤン/レオン・ライ/金城武