リトル・ゼの最強ファッション=サイケ・シャツ。
リトル・ゼ・スタイル5
- サイケデリック柄の半袖シャツ
- 赤の短パン
「手か?足か?どっちが撃たれたい?」と年端もゆかない少年に恐怖の選択を強要し、「ステーキ。どっちか一人撃ち殺せ」と仲間の少年にも悪魔に魂を売る選択を強要する。そして、足を撃たれて泣きながら逃げる少年に「足をひきずるな!」と言い放つ鬼畜な青年リトル・ゼ。リトル・ゼを演じたレアンドロは、このシーンの撮影に異議を唱えたといわれています。「こんなシーンに意味があるのか?胸糞悪い」と。
しかし、このシーンがあるからこそ『シティ・オブ・ゴッド』は神話となったのです。他の国の映画では絶対に出来ない描写。子供が殺されるシーンが続出する作品。こういう風に記載するとどうしようもない作品だと思うかもしれませんが、犯罪とテロと戦争の低年齢化は現実の問題なのです。そして、私たちの国日本では、未成年の少女にミニスカートを履かせたり、キワドイ水着を着せて、集団で踊らせ、芸能人と持ち上げて、麻痺させて、お金を生み出す風潮があります。その感覚は、リオのストリートに立つ売春婦の低年齢化とそう変わらないものかもしれません。
ちなみに現在リオ・デ・ジャネイロは、ワールドカップ、オリンピックを最低な経済状態の中で強行したツケを払うかのような経済の悪化と犯罪の増加を招いています。3人に1人が、身内が殺害された経験を持ち、2005年以降、ブラジル全土において、犯罪率は鰻上りに上がっています。そして、リオ最大の麻薬組織コマンド・ベルメーリョを結成する三人のモデルが、このガキ軍団なのです。純粋悪の世代交代は行われてゆき修羅の国は、益々悪の低年齢化と生存競争の激しさに包まれているのです。
以下、本物のファヴェーラのギャングの現在のファッションです。
ブラジル・リオのギャングたちが写真に納まるときは、皆、Tシャツやスカーフ、キャップで、顔を覆っています。これは組織的なルールによるものであり、構成員は顔出しを禁じられているのです。そして、顔を出せないということ自体が彼らの中でのステータスであり、ポーズなのです。そういう意味においては、彼らが写真に撮られている姿は、ある種の様式美を兼ね備えています。
そして、日本のファッション誌においては、なかなか認めることが出来ない事ですが、ストリートとラグジュアリーのミックスの源流には、こういった犯罪ビジネスに関わる人間からインスパイアされた部分が多分にあり、逆に言うと、アメリカのヒップホップのスーパースター達(スヌープ・ドッグ等)がまさしくそうなのですが、過去の悪徳の肩書は、ストリート・ファッションの伝道者としての肩書に全く邪魔にはならないのです。
その他のリトル・ゼ・ファッション
リトル・ゼ・スタイル6
- 光沢のある黄土色のドレスシャツ
- インディゴブルーのデニムジーンズ
リトル・ゼ・スタイル7
- 2ライン入りのジャージ
リトル・ゼ・スタイル8
- 肩にカラシ色と白のラインの入った黄土色の長袖Tシャツ
- インディゴブルーのデニムジーンズ
リトル・ゼ・スタイル9
- アフリカン・パターンの半袖ボタンダウンシャツ
- ダークネイビーの短パン
最後にリアル・リトル・ゼ
エンディング・クレジットに、本当のリトル・ダイスとリトル・ゼとベネの写真とマネの動画が登場します。これが本作の最後を引き締める役割を見事に果たしています。実物のセヌーラ(人参)は、白人ではなく黒人でバターター(じゃがいも)と呼ばれていました。実際に、リトル・ゼはベネと共に、友人だった麻薬ディーラー達を裏切って虐殺し、シマを乗っ取り、最後にアイウトン・バタータ(1958-)との戦争に突入しました。
そして、1978年から4年間続いた“神の街”戦争は、1000人以上の死者を出す壮絶な戦争になり、結果的にリトル・ゼは逮捕され、賄賂で釈放された後、のちのコマンド・ベルメーリョの創設者たちに殺害されました。一方、バタータもタクシー運転手として、逃亡生活を送っていましたが、1989年に捕まり36年の刑を宣告され、15年後に保釈されたのでした。その時、彼だけがこの戦争の生き残りでした。
ブラジル映画史上、世界マーケットに、最も売れたこの作品が、世界に与えたインパクトは、21世紀のブラジル・イメージの三大インパクトの一つとなりました。
一つ目は、サッカー
二つ目は、ジゼル・ブンチェンをはじめとするスーパーモデル
そして、三つ目が、危険なファヴェーラ
なのです。危険な果実を含む国だからこそ、人々はこのブラジルという国にますます惹きつけられます。かつて、1960年代から70年代の高倉健の犯罪映画で「ブラジルに移住する」という夢が何度も語られたように、日本人にとってのブラジルは、真裏にある幻の国であり、だからこそ、なぜか深い憧憬と親しみを感じる国なのです。
本作は、2002年に製作されたにも関わらず今もなお輝きに満ち溢れています。その理由は、私たちはファヴェーラというものに対して、嫌悪を抱きながらも惹きつけられる今の日本人が失っている何らかの感情を感じさせられるからなのではないでしょうか?それはブラジル人モデルをファッション・モデルとして使いたがるハイブランドと同じ感覚なのかもしれません。私たちは、自分のテイストに明らかに、生命力と躍動感とちょっぴり非人道性を求めているのではないでしょうか?
それはつまり、ファッションも人生も、綺麗な水では生きていけない魚と同じということなのです。