エルメス

【写真で見る】エルメス香水大図鑑<23の香りを選抜>(3ページ)

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【写真で見る】エルメス香水大図鑑<23の香りを選抜>

エルメスの香水の全て
庭園のフレグランスの全て
コロン・エルメスの全て
エルメッセンスの全て

香水の世界において、エルメスが成し遂げた功績は、「フレグランスを芸術の領域にまで高めた」ことです。

それは、2003年に、ジャン=クロード・エレナが調香した「地中海の庭」からはじまりました。そんなエルメスというブランドについて説明する時に、実に端的な言葉をエレナは発しています。

フレンチ・ラグジュアリーの頂点。モード(ファッション)のメゾンではなく、馬具、絹、皮革製品、女性モード、男性モード、靴、ジュエリー、食器類、そして、香水づくりなど多くの分野で物づくりを行うメゾンであろうとする。「長持ちするものをつくる」ことを忘れない。

ティエリー・エルメスにより、1837年に創業されたエルメスが、最初の香水を創造したのは、1944年のことでした。香水史上最も謎の多い「オー・ドゥ・ヴィクトリア」という名の香水は、VIPのお客様へのプレゼントとして調香されました(調香師は不明)。

そして、1947年に、3代エルメス社長エミール・モーリス・エルメスにより、香水部門が設立されました。エミールの念願は、彼の死後、4代エルメス社長としてロベール・デュマ・エルメスが就任した1951年に達成されました。記念すべき初めての一般販売向けのフレグランス「オー・ドゥ・エルメス」の誕生です。

さらに、1961年に、エルメス初の女性向けフレグランス「カレーシュ」が発売され、香水部門を独立させました。そして、1979年には、エルメス最初のコロン「オーデ・コロン・ドゥ・エルメス」が発売されました。

ジャン=クロード・エレナ

時は経ち21世紀に入り、香水部門の売り上げがぱっとしない状況に対して、5代エルメス社長ジャン=ルイ・デュマは、シャネルのように香水で成功するためには、ジャック・ポルジュのような専属調香師が必要だと考えました。そして、当時の香水業界においては、画期的な〝マーケティングを一切無視〟した〝芸術性とフレグランスを融合〟させるというコンセプト=〝旅〟で生み出された香りの創造をジャン=クロード・エレナに依頼したのでした。こうして「地中海の庭」は2003年に生み出されました。

香水のトレンドなぞに左右されないという強い意志表明となった「地中海の庭」のセールスが快調な中、矢継ぎ早に第二弾を発売することが決定し、2004年にジャン=クロード・エレナがエルメスの専属調香師に就任することになりました。以後、「庭園のフレグランス」「コロン・エルメス」「エルメッセンス」といった人気コレクションを定着させ、2006年には、テール・ドゥ・エルメスが、エルメスの史上最高の売り上げを記録することになります。そして、2004年のエルメスの香水売り上げの6500万ユーロに対して、2009年には、1億3800万ユーロと約2倍の売り上げを上げることになったのです。

2014年には、エルメスの2代目専属調香師にクリスティーヌ・ナジェルが就任し、2016年までの2年間を、W調香師システムを取りながら、引継ぎを済ませ、エレナは調香師を引退しました。2016年以後、クリスティーヌが、エルメス唯一無二の専属調香師として、今に至り、話題作を発表しています。さてここに、エルメスを代表する23の香りを「写真」で紹介していきましょう。

1.地中海でなぜイチジク?

地中海の庭 ジャン=クロード・エレナ(2003)

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2.ファラオの呪いの香り


ナイルの庭 ジャン=クロード・エレナ(2004)

3.トンカビーンとヘイゼルナッツの神の香り


ベチバー・トンカ ジャン=クロード・エレナ(2003)

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4.あらゆるイケてる男たちへの捧げ物


ギャロップ・ドゥ・エルメス クリスティーヌ・ナジェル(2016)

5.反逆児がただひとつ創ったメジャー香水


イリス オリヴィア・ジャコベッティ(1999)

6.グレース・ケリーの香り


ケリー・カレーシュ ジャン=クロード・エレナ(2007)

7.エルメスで創ったジョー・マローン


オー・ドゥ・ルバーブ・エカルラット クリスティーヌ・ナジェル(2016)

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