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マドンナ伝説3(2ページ)

マドンナ
マドンナ
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マドンナ略歴

  • 1958年8月16日 ミシガン州ベイシティで生まれる(6人兄妹の3番目であり長女)。
  • 1977年 ミシガン大学を中退し、35ドルを片手に、グレイハウンドバスでニューヨークへ。
  • 1982年 「エヴリバディ」で歌手デビューを果たす。
  • 1983年 デビュー・アルバム『バーニング・アップ』を発売。全米で500万枚、全世界で1000万枚を売り上げる。
マドンナ略歴続き

 

デビューアルバム『バーニング・アップ』(1983年7月リリース)続き
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私はボーイトイが大好きなの!スタイル。

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「ボーダーライン」 1984年2月リリース。全米10位、全英2位

みんな80年代をけなすけど、あたしは80年代はステキな時代だと思ってたし、ボーイ・ジョージだってあたしに賛成するはずよ。

マドンナ

童貞と寝るのは好きじゃないわ。あれこれ教えなきゃならないでしょ?あたし気が短いのよ。

マドンナ

マドンナはこの曲により初めて全米トップ10の壁を突破しました。そして、有名な「BOY TOY」ベルトが登場します。「BOY TOY」とは、〝青年のためのおもちゃ〟という意味ではなく、〝愛人としての若い男〟という意味です。「アイドルは恋愛禁止です」と言ってる国のメンタリティが低いのか?高いのか?を考えるまでもなく、アメリカの凄さは、マドンナのような個性的な女性が、スーパースターとして君臨できる所にあります。

マドンナはデビューしてすぐに「私はオヤジよりも、若い美男子が好き」と主張しているのです。彼女のファン層は、同世代から下の女性になっていくのですが、この人の恐ろしい所は、男性のファンは、完全に切り捨てている所にあります。そして、その〝男性に媚びない〟姿勢が、意外な崇拝層を生み出したのでした。それは、ゲイ及びアンドロギュヌス層でした。

憂いのある70年代のエルトン・ジョンやディスコ・サウンドの影響を受けている「ボーダーライン」のMVにおいて、二つの新しい試みが行われました。それは、異人種間の恋愛というタブーをMTVの中でぶち破った作品であり、史上初めてカラーと白黒を混在させたMTVであるという点です。しかし、何よりもこのMVが重要な点は、マドンナがこの作品によって、初めて極めて特異なマドンナのファッション・スタイルを主張した所にあるのです(初期のマドンナ・スタイルが散りばめられています。)。

マドンナと言えば、スパッツからのぞく、白い脛です。

伝説のBOY TOYベルト。

1985年。日本。BOY TOYベルト。

このブラックカーゴパンツが素晴らしい!

十字架で、自分の生い立ちに染み付いている極端さを追い払おうとしてたのよ。壁にかけて、ダーツの的にするの。BOY TOYのロゴはジョークよ。初めてニューヨークに来た頃、男の子といちゃいちゃするもんだからそう呼ばれてたの。グラフィティ・アーティストはみんな、自分のニックネームをベルトのバックルにつけてたわ。

マドンナ

マドンナ・スタイル6 ボーイトイ・スタイル
  • デカリボン・キャップ(もしくは頭に巻きつけるヘアバンド)
  • ジージャン(もしくはラムレザーライダース)
  • 白のクロップトップ
  • ブラックスカートにブラックレギンス(もしくはブラックカーゴパンツ
  • ブレスレットの重ね付け
  • レースグローブ
  • BOY TOYベルト
  • 厚手のソックス
  • ハイヒールブーツ

特筆すべきは、ラムレザーライダースとブラックカーゴパンツの組み合わせの巧みさです。オープニングで足を上げるときのマドンナのブラックカーゴが美しい。

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『ボーダーライン』ライブ・パフォーマンス

スティッキー・アンド・スゥイート・ツアー。2008年、ブエノス・アイレス。