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『裏窓』Vol.1|グレース・ケリーとニュールック

グレース・ケリー
グレース・ケリー
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〝不滅のクール・ビューティー〟の誕生

21世紀においても〝不滅のクール・ビューティー〟として、世界中の女性にとって憧れの存在であり続けるグレース・ケリー(1929-1982)。彼女を最も輝かせた人は、オードリー・ヘプバーンにとってのユベール・ド・ジバンシィや、カトリーヌ・ドヌーヴにとってのイヴ・サンローランといったファッション・デザイナーではないひとりの男性でした。

それは夫のモナコ大公レーニエ三世ではなく、映画監督のアルフレッド・ヒッチコック(1899-1980)でした。『裏窓』は、『ダイヤルMを廻せ!』(1954)ですっかりグレースの魅力に惚れ込んだヒッチコックによる二度目の作品であり、五本目の出演作です。

『裏窓』により、グレースは、自分とは違う他人を演じるのではなく、自分自身の幻想を演じることで、その類なる魅力を開花させ〝ハリウッドの神話〟の世界の住人となったのでした。

ちなみに、当時、グレースは、エリア・カザン監督によるマーロン・ブランド主演の『波止場』のヒロイン役も打診され、両方の脚本を読み、共にとても気に入ったのですが、最終的には『裏窓』を選びました(『波止場』に出演したエヴァ・マリー・セイントはアカデミー助演女優賞を受賞し、1959年にヒッチコック監督の『北北西に進路を取れ』に出演することになります)。

モンテゴ・ベイ、ジャマイカ、1955年。©Howell Conant/Adelman Images,LP

一切、古さを感じさせない〝不滅のクール・ビューティー〟としての圧倒的な存在感。ハリウッド・ヒルズ、1955年。©Howell Conant/Adelman Images,LP

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モードの教科書のような、サスペンス映画。

スタジオ内に作られたアパートのセット。そこに作られた人工の夕陽。

スタジオ内にアパートを作り、リアルを排除することにより生み出されたリアル・ファンタジー。

足を骨折したフォトグラファーを演じるジェームズ・ステュアート。そのモデルは、ロバート・キャパです。

ティソの腕時計をつけている主人公。

ヒッチコックが作り出した『裏窓』というサスペンス映画の傑作が、奇しくも21世紀のモード界にまで影響を与え続けているという事実。〝本当かうそかわからないファンタジー空間〟を生み出すためにオールロケではなく、オールスタジオ・セット撮影を行ったヒッチコック。

ちなみにこの作品で、ヒッチコックは〝一本の映画をまるまるひとりの人間の視点から撮ってみるという〟実験的な試みを行いました。

1950年代のマンハッタンのグリニッジ・ヴィレッジ(当時アーティストの集まるエリアでした)のアパートに、夢のようなファッション・モデルが登場し、(足を骨折して)身動きできない主人公を助けるという設定は、ファッション・ムービーとして理想とも言える設定でした。

彼女が着る衣装のあらゆる色、あらゆるスタイルが綿密に計算されていて、彼は自分が決めたことに絶対の自信を持っていました。彼はグレースに淡いグリーン、あるいは白のシフォンを身に付けさせました。

イーディス・ヘッド

そんな非現実的な空間の中で、ヒッチコックが、何よりもこだわったのは、グレース・ケリーの衣装でした。まず最初にコスチューム・デザイナーのイーディス・ヘッドに要求したのは、「マイセンの陶器のような、間単には手に入らない高級品のイメージにしてほしい」というものでした。

彼の作品の普遍性は、リアルの排除にありました。美女がこれ以上ないほどに輝くために、ヒッチコックは生活感を排除しました。そして、サスペンスをファンタジーへと昇華させていったのでした。彼の映像世界の中では、人の死さえも、劇的な美女が衣装チェンジするためのきっかけに過ぎないのです。

かくして、リアルを排除し、エレガンスという言葉に、失われたファンタジーを取り戻したことが、ヒッチコックが21世紀においても〝不滅の存在〟であり続ける理由です。そして、この概念こそが、ラグジュアリー・ファッションの概念そのものなのです。

だからこそ、『裏窓』をはじめとするグレース・ケリーのヒッチコック三部作は、モード界の尊敬を勝ち取っているのです。これらの作品に中で、〝エレガントに、もっとも浅ましい(あざとい)ことをやってのける〟というラグジュアリー・ファッションにおいても最も重要な精神が体現されているのです。

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キスシーンから登場するグレース・ケリー

ヒッチコック映画の特徴。それは前奏なしでラブシーンに入るということ。

ランプの灯りをつけながら自分の名を告げる劇的な登場シーン。

グレースの顔が実に不自然にカメラに近づいてくる幻覚的な映像。

グレース・ケリー演じるリサ・キャロル・フレモントという女性は「一度着た服は二度着ない人」です。蝶が舞うようなキスで登場するシーンの不自然なカット割りとコマのばしは、彼女の存在感を際立たせており、それは映画史に残るキスシーンと言われています。

そして、暗い部屋の3つのランプを点灯していくたびに浮き上がる美。「リサ」「キャロル」「フレモント」と3つのランプに自分の名前を重ね合わせ浮き上がってくる全身像。グレース・ケリーを紹介するときにもっとも使用される映像です。

ちなみにグレース・ケリーの登場がキスシーンであるというこのシーンは、27回執拗に取り直しされた末に生み出されたシーンでした。

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グレース・ケリーが生まれた作品。

グレース・ケリーの最も有名な写真のうちの一枚。

この作品でグレースのメイクは最終形態を迎えました。

ウォリー・ウエストモアにリップを直してもらうグレース・ケリー。

真の意味で〝グレース・ケリーが誕生した〟と言われるこの作品において、グレースの〝クール・ビューティー〟を生み出したのは、オードリー・ヘプバーンの数々の名作のメイクアップも担当したメイクアップ・スーパーバイザー、ウォーリー・ウエストモアでした。

エレガンスの表現において必要不可欠なものがメイクアップです。しかし、この作品のグレース・ケリーがどこまでも優雅なのは、(一眼レフの望遠カメラは存在しますが)スマートフォンなどの電子機器が存在しない世界だったからこそなのかもしれません。

美しくメイクアップをして着飾った女性がスマートフォンを持ち、一生懸命いじくっている姿はどこか滑稽に見えます。しかし、美しくメイクアップした女性が、アナログ環境で佇む姿は本当に絵になります。エレガンスとは時間を持て余しているときの所作の美しさなのでしょう。

なぜこの時代のハリウッドムービーには、神話的な存在美を持つ女優たちで溢れかえっているのでしょうか?それは、ただただ暇をつぶせる機械に囲まれていない女性がそこに居たから…だから、その女優は美しかったのです。

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グレース・ケリーが着るニュー・ルック。

同年製作されたオードリー・ヘプバーンの『麗しのサブリナ』のサブリナドレスを髣髴とさせるスカートのシルエットと刺繍。



上流階級出身で、パークアベニューに住む主人公の恋人リサに扮するグレース・ケリーは、その職業がファッション・モデルであるといういうことを一瞬にして知らしめるほどの贅沢な衣装を着て登場します。

ファッション・フォトを撮り終えたばかりのリサは「1100ドルのドレスよ」とこのドレスについて言及するのです。ちなみに1954年当時の1100ドルとは、現在の日本円に換算して150万円から200万円です。

このドレスの黒と白のバイカラーは、ヒッチコックがイーディス・ヘッドに厳命したものでした。最先端のファッション・モデルという役柄のイメージを観客に伝えるためには、クリスチャン・ディオールのコロール・ライン(8ライン)(1947年SS発表)=ニュールックをグレースに着せなければならないとヒッチコックは主張したのでした。

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ディオールのニュー・ルックとは?

クリスチャン・ディオールのニュールック、1947年。

ニュー・ルックとエッフェル塔。フォトグラファー:ルイーズ・ダール=ウォルフ。1947年。

私は、ニュールックがどのように受け入れられるかを予見できなかったが、それと同じくらいに、歓迎されることをほとんど想像していなかった。ただ、私の最善のものを実現しようと試みただけなのだ。

クリスチャン・ディオール(ニュールックについて)

「ニュールック」とは、クリスチャン・ディオール(1905-1957)が、1947年2月12日のファーストコレクションで発表した、コロール・ライン(花冠をイメージしたシルエット)を見た、ハーパーズ・バザーの編集者カーメル・スノーによって名付けられた用語です。

コロール・ラインとは、第二次世界大戦中につましい簡素な服装をするしかなかった女性たちの憧れを、戦後に最初に体現した柔らかい生地とふんだんな布地を使用した砂時計のようなフォルムのドレス・ラインが特徴でした。

そして、このコレクションにより、戦争により瀕死の状態だったパリのオートクチュールは、一夜にして蘇ったのでした。この状況をカーメルは「パリがマルヌ会戦で救われたように、ディオールはパリを救った」とまで言い切りました。

「ニュールック」という名称の面白さは、このスタイルが当時の女性にとって「ニュー」ではなく、寧ろココ・シャネルによってコルセットから解き放たれる前のスタイルへの回帰に過ぎなかった点にあります。つまり、自分ひとりで持ち運べず、着る事も出来ない王侯貴族のようなファッションをディオールは20世紀風に復活させたのでした。

このショーにおけるディオールの功績としてあまり語られない真実は以下の文章にあります。それは、マヌカンを大げさな身振りで登場させ、絶妙なタイミングで交代させるという派手なファッションショー(現在のファッションショーの基礎)の流れを生み出したことでした。

そのため、アメリカにおけるディオールのニュー・ルックに対する評価は、「最も優れたエレガンスの象徴そのもの」「モード界の革命」と絶賛される一方で、「実生活に即さないこのような服を、いったい誰が着るというのだろうか」「必要以上の布を使う浪費極まりない作品」という酷評で二分されていました(一枚のドレスに約40メートルのシルクを使用した)。

しかし、本作でグレース・ケリーがニュー・ルックを優雅に着こなしたことにより、これらの酷評は、一夜にしてなりを潜めたのでした。

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リサのファッション1

ニュールック・ドレス
  • クリスチャン・ディオールのニュールック・スタイルでありながら、実は、ユベール・ド・ジバンシィのセパレート・スタイル
  • 黒のローカット、オフショルダーのフレンチスリーブシャツ。ネックラインが前後V字型に、大胆に深くカットされている。胴部はタイトフィット
  • 対照的に裾が大きく広がったプリンセス・ラインの白のロングスカート。シフォンチュールでレイヤードを出し、スカートには蔓柄のビーズ刺繍が施されている
  • 黒のパテントレザーベルト
  • 白の(羽衣のような)シフォン・ショルダーラップ
  • 白のシルクグローブ
  • 首に一連パールネックレス、パールイヤリング、パールのブレスレットの3点セット
  • 黒のハイヒールのストラップサンダル
  • 黒のクラッチ

まずグレースの美しさをアピールして、その次に豪華な刺繍で金持ちの娘ということを見る人に納得させる。それがこの衣装のポイントなのです。

イーディス・ヘッド

恋人のためにマンハッタンの52丁目にある有名レストラン『21クラブ』(ワインはモンラッシェ)をデリバリーするリサ。リサは、恋人に危険な報道フォトグラファーの仕事ではなく、ダークブルーのフランネルのスーツを着て、ファッションフォトグラファーとして安全な仕事をして欲しいと望んでいたのでした。



グレース・ケリーのイメージ=それは必ず手袋をする。

グレース・ケリーという存在美について。エルメスによって知り、エルメスを忘れたときから始まる。

非常に珍しい写真です。

どこまでもテンション高く!グレースを演出するヒッチコック。

イーディス・ヘッドによるデザイン画。

作品データ

作品名:裏窓 Rear Window (1954)
監督:アルフレッド・ヒッチコック
衣装:イーディス・ヘッド
出演者:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/セルマ・リッター