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『グロリア』Vol.1|ジーナ・ローランズとニューヨークのスラム街

ジーナ・ローランズ
ジーナ・ローランズ
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グロリア、あんたはすごい。タフで、クールで・・・やさしいよ。

劇場公開時のキャッチコピーです。この素晴らしいキャッチコピーがこの作品のすべてを伝えてくれています。決して、いまどきのハリウッドスターのように、アンチエイジングに励み、綺麗なオバサマではない主人公グロリア。元コールガールでマフィアの情婦だった彼女は、苦虫を噛み潰したような表情で、「子供は嫌いさ」なんて言いながらも、咥えタバコで子供を守り抜くのです。

1999年にシャロン・ストーンでリメイクされることになるのですが、これだけはどうしようもないくらいに、女優の格が違いすぎました。

ジーナ・ローランズのグロリアは、現れた瞬間で「なんだこのやさぐれたオバサンは?主人公にしては華がない」と感じさせます。一方、シャロン・ストーンの場合、綺麗なスタイルの良い女優が演じていると最初から感じさせます。

ジーナは・・・彼女の知らない人生を生きてきたその女性のリズムをつかむことができた。ジーナはとても不思議な女性だ。そして、僕が雇える役者の中では最高だ。

はじめるにあたって、彼女はこういうことを聞く。「私はこの映画で誰を好きになるの?どの人物がすきで、自分はどんな人物なの?」。一度、彼女の脚本を見たことがあるけど、書き込みで一杯だった。

彼女ははじめに役作りをすると、後は完全に脚本通りに演じるんだ。即興はほとんどしない。自分の頭や感情の中では即興しているのにね。誰もが勢いにまかせて演じるけれど、ジーナはひたむきで純粋なんだ。映画的にどうかとか、キャメラはどこかとか、見栄えがいいかなんてことは気にしない――ただ本物らしく見えるかどうかだけを気にするんだ。

ジョン・カサヴェテス

つまりこのカサヴェテス監督のコメントが、全てなのでしょう。ジーナ・ローランズは女性を演じ、シャロン・ストーンはグロリアを演じた訳なのです(ちなみに当初、グロリア役はバーバラ・ストライサンドにオファーされました)。

ウンガロのスーツを着て佇むグロリア。

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インディペンデント映画の母

ジーナ・ローランズ、30~31才、1961年

ジーナ・ローランズ、34~35才、1965年。

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ジーナ・ローランズ、36~37才、1967年。

ジーナ・ローランズ(1930-)は、アメリカのウィスコンシン州マディソンで母親は専業主婦、父親は銀行家の裕福な家庭に育ちました。のちに父親は価格管理局の支部長になります。1947年から50年のウィスコンシン大学在籍時からジーナはその美貌と優秀さで名を轟かせていました。

大学卒業後、演劇を勉強するために、ニューヨークに出ます。そして、名門アメリカン・アカデミー・オブ・ドラマティック・アーツ在籍時に、同級生のジョン・カサヴェテスと出会い、1954年に結婚します。

同年ブロードウェイの舞台で成功し、1957年にジーナは映画デビューしました。夫のジョンの方も、俳優として同時期、活躍していました(後に『ローズマリーの赤ちゃん』(1968年)に出演)。「私の最大の憧れの女優はベティ・デイビスです」と言うジーナは、その美貌を売りにする仕事にはまったく興味がありませんでした。そして、1968年以降夫のジョン・カサヴェテスが低予算で製作するインディペンデント映画に出演することになります。

彼女は夫の作品に12本出演しました。当時はほとんど一般的に評価されなかったカサヴェテスは、今では、インディペンデント映画の父として崇められています。そして、ジーナは、インディペンデント映画の母と呼ばれているのです。

ハリウッドの大手資本にコントロールされない即興などを取り入れた作品の数々。その情熱を力に変えた原動力は、一作目『アメリカの影』を監督した時のカサヴェテスのこの言葉に集約されています。

(1957年の撮影時の)「僕たちには何もなかった、だから創造し、即興しなきゃならなかった」。

守られて何かを作っている人と、自分の力で何かを作ろうとする人とでは、その作品のパワーは違ってくるのです。

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逃亡する女性にウンガロを着せる。

1981年FWの準備するエマニュエル・ウンガロ。

ギャングから逃走する、赤の他人の少年を守る中年女性が主役の物語でありながら、グロリアはファッショナブルなワードローブにこだわります。彼女は服が大好きで、ヘアスタイルにもこだわりがあり、最高のものを買うお金を持っているのです。

この役柄を作り上げるため、まずカサヴェテスは、衣裳デザイナーのペギー・ファーレルに頼み、何人かのファッション・デザイナーの作品例を見ました。そして、バレンシアガの弟子であるエマニュエル・ウンガロのコレクションを選んだのでした。

そして、それらをジーナ・ローランズとグロリアのキャラクターに合わせて、ペギーに調整させ、スカートは大幅に短くし、肩にはパッドを追加しました。さらに、カサヴェテスはキモノガウンにもパッドを入れようとしたのでした。

それはグロリアの名前を伝説のハリウッドスター〝グロリア・スワンソン〟との一文字違いのグロリア・スウェンソンにしている所に集約されるのですが、カサヴェテスはグロリアを1980年代に生きる〝ブロンクスのスター〟としてヘアスタイルまで30年代風にアレンジしたのでした。

グロリア・スワンソン

グロリア・スワンソン

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パジャマとハイヒールにトレンチコートでくわえタバコ。

パジャマにトレンチコートというグロリアのスタイルにビックリする少年。

タバコを吸いながら、トレンチコートにハンドバッグ、パジャマにハイヒールを履いて登場するグロリア。そのやさぐれた雰囲気がはまり過ぎていて、彼女が登場して30秒も経たぬうちに、ジーナ・ローランズを忘れ、グロリアがそこにいると感じることになるでしょう。

そして、勢いで子供を匿ってしまうことになったグロリアのとまどい。子供は嫌いだが、猫を抱かしてあげたり何気に子供と仲良くしようとする、ただ突っ張って子供嫌いを演じるありがちな芝居との違い。その表情の繊細さから目が離せなくなります。

ジーナ・ローランズは、役柄の中を生きているのです。だからときどき、とても可愛らしく見えるのです。

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グロリア・スウェンソンのファッション1

トレンチコート・オン・パジャマ
  • マキシ丈のベージュのトレンチコート
  • ペールピンク・パジャマ
  • ベージュのオープントゥスリングバックサンダル
  • ベージュのショルダーバッグ
  • メビウスのダイヤリング。ゴールド
  • カルロス・ファルチのバッグ


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もっともニューヨークが危険だった時代


この作品の魅力は、史上最悪の治安を誇っていたニューヨーク・ブロンクス(18才以上の男性の失業率70%、女性の性病保有率が70%とも言われた)をリアルタイムで映し出しているところにあります。エマニュエル・ウンガロのファッションが、映画のスパイスとするならば、ロケーション撮影は、この映画の生命の樹だったわけです。

オープニングに、哀愁たっぷりのギターとサクソフォーンが流れる中、デカラジカセを肩がけする黒人が、バスに無賃乗車する姿が映し出されます。もうそういった描写一つとって見ても、カサヴェテスという監督の非凡さを伝えてくれます。「カメラさえあれば何も要らない」というのが口癖だった彼は、ニューヨークを切り取る芸術家とも言えます。

多くの監督が影響を受けたのは、カサヴェテスのストリートに対する感受性の高さでした。そして、それは21世紀のファッション・デザイナーにも大いなる影響を与えているのです(彼らはみんなカサヴェテスが大好きです)。


※グロリアの部屋に逃げるシーンで、クリーニング屋のように大量の服が映し出されます。これらは全てエマニュエル・ウンガロのデザインしたものでした。実際は映画の中で着た5倍もの衣装が用意されていました。ちなみにサンダルは、走っているうちに壊れるので、同じものを3足用意した。

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グロリア・スウェンソンのファッション2

赤いキモノガウン
  • エマニュエル・ウンガロの赤のキモノ・ナイトガウン、花柄
  • 常にゴールド・ポケットウォッチ・ネックレスを付けている
  • ベージュのショルダーバッグ


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21世紀の女たちのバイブル

タバコが似合うその横顔が、ジョディ・フォスターに似ている時があります。

正直言ってぼくは自分ではやりたくなかった。ぼくはあまりヒットしないような映画を作るのが好きなんだ。映画とはいえ、一家全員を皆殺しにするようなことは嫌だった。

ジョン・カサヴェテス

スラム街の築30年は過ぎているようなボロいビルディングに住むグロリア。元コールガールでマフィアの情婦。今はパジャマ姿で、友人の部屋を訪れコーヒーを飲むことを日課とする悠々自適な引退生活を送る身の上です。

おそらく壮絶な20代30代を過ごした上で勝ち取った生活なのでしょう。ただ猫と朝のコーヒーだけを愛する日々。絶対に面倒なことにはかかわりたくないと考えている40代後半の女性が主人公という、はっきり言うと抜群に冴えない設定。

さらにグロリアは、もはや女の武器が通用しない年齢のように見えます。彼女は、女性でありながら、色気といったものを武器にしそうにないのです(出来そうにもない)。

しかし、物語が進むにつれて、ハイヒールでカツカツと歩く足元はやけに色っぽく、ときおり見せる寂しげな表情が少女のように見えたりもします。それでいて、全体的に若く見せようというアングルでは撮影されていないので、極端に老けて見える瞬間もたくさん見せつけられ、観ている私たちが、個人的に、ふとした瞬間にグロリアの不思議な魅力に遭遇している錯覚に見舞われるのです。

そんな彼女が少年に愛を告白され、自分の中の女性を思い出してドキリとする瞬間の可愛らしさ。いつまで経っても女の武器にしがみついている惨めさとは対極にある、ふと疲れた表情で、タバコを吸う横顔に、ほとんどの若い男性はやられるであろう、枯れた女の魅力があるのです。

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グロリア・スウェンソンのファッション3

プリーツスカートスーツ
  • エマニュエル・ウンガロの明るいシルバーシルク・スカートスーツ。軽い肩パッド入り。スカートは狭いナイフプリーツ(幅の狭いひだ)。膝下までの丈
  • ショッキングピンク・ブラウス。花柄
  • 黒のショルダーバッグ
  • ベージュのオープントゥスリングバックサンダル

はじめてスミス&ウェッソンM60(シルバー)を撃つシーンに合わせて、このカラーのウンガロをジーナ・ローランズがチョイスしたらしい。更に言うと、70年代後半を象徴するシルクやサテンのディスコやナイトクラブをイメージさせるキラキラ感も伴っています。

グロリアは、どうしてこんなに拳銃が似合うのでしょう。

ジョン・カサヴェテスとジーナ・ローランズ。二人は実の夫婦です。

ジャケットの生地感がよく分かる写真。

この作品のすごい所は、49歳の女性が拳銃をぶっぱなしていてもなんら違和感を感じさせないところです。

グロリアは外出する時、絶対にスティレットヒールを履く女性なのです。

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目玉焼きもうまく作れない女。でもとても魅力的。

49才の女性が少年をマフィアから守るという設定を考えたジョン・カサヴェテスはすごい。そして、本作から『レオン』が受けた影響は多大です。

舌打ちしつつも、ギリギリの勇気をふりしぼって戦うその姿。目玉焼きもうまく作れない49歳の女性の人生。地下鉄で追いかけてきたマフィアにビンタをかまし、かまされた後の倒れ方の切れの良さ。イイ男はやられっぷりも良いという言葉を、そのまま女に置き換えて当てはまる女、それがジーナ・ローランズなのです。

憎まれ口を叩き合いながらも、二人(グロリアと少年フィル)が絆を固めていく時の経過。1980年という時代に、なぜグロリアはここまでフィルムノワールのようなファッションに身を固めるのだろうか?

ヒールを履くよりもスニーカーの方が楽なのに、逃走するときに目立つ色の服を着てどうするの?そんな疑問を吹き飛ばすほどとにかくクールなのです。なぜならこの作品は、1980年のハンフリー・ボガートを描いた作品なのだから…

作品データ

作品名:グロリア Gloria (1980)
監督:ジョン・カサヴェテス
衣装:エマニュエル・ウンガロ/ペギー・ファーレル
出演者:ジーナ・ローランズ